第170話 頭文字R

 待機エリアもまた、混沌としていた。

 緊張感など皆無。あちこちで大声での雑談が聞こえてくる。


「見たかよ、あの面接官の子。桜ちゃんだっけ? マジでアイドル以上じゃね」

「へっ、もうチェック済みに決まってるだろ? 俺らが合格したら、ちょっかい出してやろうぜ」

「柴田なんてチート野郎、俺らの実力を見せれば、すぐに頭が上がらなくなるさ」


 俺がスタッフのフリをして近くを通っても、彼らは気にする様子もない。

 むしろ「邪魔だどけ」「埃が舞うだろ」と足蹴にしてくる始末だ。

 なるほど。クズしかいないな。

 俺は心の中のブラックリストに彼らの顔を登録していく。不合格、不合格、全員不合格だ。


 その時だった。


「おい! どこ見て歩いてんだよ!」


 怒号が響いた。

 見ると、ガラの悪そうな受験者の一人が、書類を運んでいたADAの女性職員に絡んでいる。どうやらぶつかって、書類をばら撒いてしまったようだ。


「す、すみません……!」

「すみませんじゃねえよ! 俺の勝負服に汚れがついただろ! どう落とし前つけるんだ、あぁ!?」

「ひぃ……!」


 職員が怯えて縮こまる。

 周囲の受験者は、ニヤニヤして見ているだけで誰も助けようとしない。むしろ——。


「おいおい、こりゃあ酷いなぁ」

「クリーニングどころじゃねぇよ。おいケガしてるんじゃねぇの」

「うん? ああ、そうだな。イテテ。これじゃあ試験も受からねぇ。お詫びに夜までしっかり介護でもしてもらわねぇとな」


 一緒になって囃し立てている。何なんだこの世紀末モヒカン野郎みたいな最低野郎どもは。最低過ぎるだろ。

 見た目では伝わらない性格を見ようと不合格にしなかったが、悪手だったようだ。


 俺は介入しようと足を踏み出した。

 だが、それより早く。

 一人の男が、二人の間に割って入った。


「……下らんな」


 低く、洗練されたバリトンボイス。

 そこに立っていたのは、驚くほどスタイリッシュな男——一目見て分かった。自称『R』だった。


 チャコールグレーの細身のジャケットに、仕立ての良いスラックス。インナーには清潔感のある白シャツを合わせ、足元は磨き抜かれた革靴。

 その着こなしは完璧で、パリコレのランウェイを歩いていても違和感がないほどスマートだ。

 粗暴な雰囲気の中で、気品さがより目立っている。

 ――首から下は。


 問題は、顔だ。

 その端正であろう顔立ちは、業務用の分厚いマスクと、表情を一切読み取らせない濃いサングラスによって完全に覆い隠されていた。

 「超有名人がお忍びで来ている」のか、あるいは「極度の潔癖症の不審者」なのか。

 そのあまりのギャップに、周囲の空気が一瞬止まる。


「あぁ? なんだテメェ、不審者か?」

「これから面接だというのに、随分と余裕があるな。そんな無駄なカロリーを消費している暇があるなら、志望動機の一つでも練り直したらどうだ? ……もっとも、貴様の脳容量では無理そうだが」

「なっ……!」


 Rはサングラス越しに冷たい視線を送る。

 その威圧感は、単なる高位の探索者のそれを超えていた。

 男は気圧され、捨て台詞を吐いて逃げていった。


「チッ、覚えてろよ!」


 男が去った後、Rはその場にしゃがみ込み、散らばった書類を拾い集める職員に手を貸した。

 その所作もまた、洗練されている。


「……怪我はないか?」

「あ、ありがとうございます……! あ、あの、貴方は……」


 職員が頬を染めて見つめる。

 服装のセンスと紳士的な態度。マスク越しでも分かる知的な雰囲気。

 普通なら、ここで恋のフラグが立つ場面だ。

 だが、Rは真顔で——サングラスだけど——こう言った。


「……足音が乱れているな。骨盤が左に3ミリ歪んでいる。自律神経にも影響が出ているぞ」

「えっ?」

「あとで矯正してやろう。多少痛いが、悲鳴を上げる暇もなく終わらせる」


 Rはボキボキと指を鳴らした。

 職員の顔色がサッと青ざめる。


「ひっ……け、結構ですぅ!」

「……ふむ?」


 職員は逃げるように去っていった。

 一部始終を見ていた俺は、柱の陰で冷や汗を拭った。


(……いい人なんだろうけど、怖い!)


 服装は完璧なのに、言動と顔面装備が全てを台無しにしている。

 しかも本人はそれに気づいていない。「なぜ逃げられたのだろう?」と不思議そうに首を傾げている天然っぷりだ。


 変人度が突き抜けている。

 だが、あの正義感と実力は本物だ。これは期待できる……か?


 ◇


 そして、ついにRの面接の順番が回ってきた。

 俺は急いでバックヤードに戻り、モニターにかじりつく。


 ガチャリ。

 面接室のドアが開き、Rが入室する。

 そのスマートかつ異様な風体に、桜が小さく息を呑んだ。


「ひっ……」


 表情が「不審者が来た」と言っている。

 無理もない。

 服装だけ見ればエリートビジネスマンだが、顔を見れば銀行強盗だ。

 だが、Rは優雅に一礼し、堂々と椅子に座った。


「エントリーナンバー109、Rだ。よろしく頼む」


 名前すら名乗らない。

 白雪さんが引きつった笑顔で進行する。


 というか声がさっきと違う。

 何らかの方法——スキルかアーティファクトか機械ボイスチェンジャーか——で、声を変えているようだ。


「えーっと、Rさん……ですね。では、志望動機をお聞かせください」


 Rは腕を組み、サングラスの奥で目を細めた……ような気がした。

 そして、重々しく口を開いた。


「……愛する者を、守るためだ」


 キリッ。

 効果音が聞こえそうなほどのキメ顔。


「……はい?」

「この世にはびこる害虫から、私の大切な花園を守る。それが私の使命であり、このギルドに入らねばならない理由だ」


 桜がポカンとしている。

 白雪さんは「あ、こいつヤバい」という引きつった笑顔になる。

 ティアは素知らぬ顔でやり取りを眺めていた。


 いくつか言葉を交わす中で、桜が何かを感じ取ったように首を傾げた。

 バレるか?

 俺がヒヤヒヤしていると、ティアがニヤリと笑みを深めた。


「ほう……。面白い魂じゃのう」


 ティアはRの奥底にある、狂気にも似た純粋な執着を見抜いたらしい。

 彼女は身を乗り出し、Rに問いかけた。


「口だけなら何とでも言える。愛だの使命だの、そのような曖昧なもので我がギルドが務まると思うてか?」

「言葉よりも行動で示そう」


 Rは立ち上がり、白衣を翻した。


「この後、実技試験があるのだろう? 私の力が『口だけ』かどうか、その身で確かめてもらえば良い」

「ククク……言うではないか」


 ティアが楽しそうに立ち上がる。


「よし、実技試験へ移行だ!」

「ちょ、ちょっとティアちゃん。面接は!?」

「もう飽きた! 次は儂の番じゃ!」


 変態対最強神龍。

 このカオスな採用試験のメインイベントが、始まろうとしていた。

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