第169話 面接試験
採用試験当日。
会場となった『岡山ドーム』は、一種異様な熱気に包まれていた。
「……あの、白雪さん。これ、何のフェス?」
関係者入り口からこっそりと会場入りした俺は、会場の様子を見て引きつった笑みを浮かべた。
ドームの外周には、なぜか屋台が立ち並び、焼きそばやたこ焼きの香ばしい匂いが漂っている。
そして、ドームの狭い観客席には数百人のギャラリーが詰めかけ、ペンライトや『浩之』と書かれた団扇を持っている者までいた。
「フェスではありません。採用試験です」
本日の司会進行役を務める白雪さんが、ADAの制服に身を包み、冷静に答える。
「なぜか情報が漏れてしまいまして。『ランクワンのギルドが、ADA監視下で公開採用試験を行うらしい』と。おかげでメディアや野次馬が殺到しました」
「情報漏洩、早すぎない?」
「もう、それについては誠心誠意、平身低頭で謝罪します……。
ADA広報部から泣きつかれたんですよ。『もう止められないから、いっそイベントとして管理させてくれ』と。
ですので、こちらからの『お願い』を円滑に進めるため、撮影およびSNS投稿の禁止を条件に、観客席の開放を許可しました。もちろん、面接室への立ち入りは厳禁ですが」
なるほど。
俺としては静かにやりたかったが、ADAが仕切ってくれるなら警備の手間が省けるか。
それにダンジョンの管理権というトンデモ要求をする身だ。多少の融通くらい利かせた方がいいか。
まぁこれまでのことを考えると、撮影やSNS投稿禁止ルールは簡単に破られてしまうんだろうけどね。もうここまで来たら別にいいやと思ってしまう。
「司会は私が務めます。副代表である桜さんには面接官という重責がありますし、主催がADA名義ですので私が前に出た方が角が立たないでしょう」
「助かります。頼ました」
俺は白雪さんに感謝しつつ、持ってきた紙袋を開けた。
中に入っているのは、よれよれの帽子にマスク、そして黒縁眼鏡だ。服装はいつものパーカーにジーンズという、『ランクワン』像からかけ離れたものにしてある。
「じゃあ、俺は予定通り『裏方』に回るから。桜とティアともどもよろしくお願いします」
「……本当にその格好で行くんですか?」
「ええ。こっちの目の届かないところで、本性は出てきますからね」
俺は面接の様子を伺いながら、変装して参加者側に紛れ込む予定だ。
内側に入ることで、ヤバいヤツかどうかを見極める。正直、頭の良さとか実力の高さとかよりも、性格の方が大事だからな。
もちろん実力は高いに超したことはないけど、性格が悪いやつと一緒に働くのは苦痛過ぎる。
折角自分のギルドをつくったんだ。変な気は遣いたくなかった。
あ、あと、イケメンもいらないかな。
◇
試験の流れはシンプルだ。
まずは個室での『面接』。これをパスした者が、アリーナでの『実技試験』へと進める。
俺は面接室に仕掛けた隠しカメラの映像を、バックヤードの掃除用具室でモニタリングしていた。
そして開始から数十分後。
俺は頭を抱えていた。
(……ひどい。ひどすぎる)
モニターに映る光景は、地獄だった。
そこには、日本の将来――ひいては人類の倫理観を憂いたくなるような、欲望のパレードが繰り広げられていたのだ。
『へへっ、実物は映像よりも可愛いねぇ、桜ちゃん』
画面の中、派手な金髪にピアス、やたらと着崩した装備を纏った男が、机に身を乗り出して桜に顔を近づけていた。
面接官と受験者という距離感を完全に無視している。
『俺さ、こう見えて実力派なんだよね。まだランクは中位だけどさ。ぶっちゃけ【
『はぁ……ありがとうございます……』
桜の愛想笑いが、ピクピクと引きつっているのが画面越しでも分かる。
彼女の目が「勘弁して」と訴えているが、男はそれを「照れ」だと解釈したらしい。さらに前髪をかき上げ、キメ顔を作った。
『だからさ、合格したら、お祝いに二人でディナーとかどう? 俺、西麻布にいい店知ってるんだよね。おじさんたち抜きで、若いもん同士楽しもうよ。シバタなんていう加齢臭がしてそうなおっさんなんて放っておいてさ』
『不合格です』
『え?』
『不合格です。お引き取りください』
桜のその声は、氷点下のように冷たかった。
彼女は有無を言わせぬ速度で手元のボタンを押し、ドアを指差す。男は「は? なんで?」と呆けた顔を晒したまま、警備員となっているADA職員に摘み出されていった。
——ここは合コン会場じゃないんだぞ。
『志望動機? フン、単刀直入に言おう』
次に現れたのは、腕を組み、椅子にふんぞり返った偉そうな男だった。
彼は面接官である三人を見下ろすように鼻を鳴らすと、とうとうと語り始めた。
『俺はこのギルドの現状を憂いているんだ。柴田浩之……奴は運だけであの地位に上り詰めた、ただの成金だろう? リーダーとしての資質も、カリスマ性も感じられない。そんな奴がトップなんてもったいない』
『ほう……?』
中央に座っていたティアが、面白そうに――しかし瞳の奥に剣呑な光を宿して目を細める。
だが、男はその殺気に気づかない。自分の演説に酔いしれている。
『だから俺が入ってやる、と言っているんだ。俺の持つ真のリーダーシップと帝王学で、このギルドを正しい方向へ導いてやる。感謝してほしいくらいだな』
『ククク……。矮小な羽虫が、随分と大きく出たものじゃのう』
ティアの口元が三日月形に裂けた。
ドッ、と部屋の空気が重くなる。
モニター越しですら肌が粟立つような、神龍としての『威圧』が漏れ出していた。
『貴様のような勘違いをした愚か者が、どの口でリーダーを語る? ヒロユキの足元にも及ばぬ分際で、その首、胴と繋がっている必要があるのか?』
『ひっ……!? な、なんだこの圧は……!?』
『ティアちゃん! 抑えて、抑えて! ここで殺したら書類手続きが面倒になっちゃうから!』
桜と白雪さんが慌ててティアの肩を掴み、殺意を物理的に抑え込む。
男は腰を抜かし、這うようにして逃げ出していった。
……あいつ、命拾いしたな。ティアを怒らせて生きて帰れただけマシだと思え。
『あのぉ〜、私ぃ、昔からずーっと柴田さんのファンだったんですぅ〜』
続いて現れたのは、香水の匂いが画面越しに漂ってきそうな、濃厚なメイクの女性だった。
よくSNS界隈に現れる、自撮りとお食事とナイトプールが好きそうな、港区系女子といった美人さんだ。
彼女は猫なで声で話しつつ、視線だけで桜を値踏みするように舐め回した。
『桜さんってぇ、確かに可愛いですけどぉ、ちょっと子どもっぽいっていうかぁ? やっぱりぃ、ランクワンのパートナーには、もっと包容力のある大人の女性が必要だと思うんですよねぇ〜?』
『……』
桜はニコニコしている。
口元は完璧な笑顔の孤を描いている。
だが、目が笑っていない。ハイライトが消えている。
『私ならぁ、柴田さんを公私ともにサポートできますしぃ、夜のケアもバッチリなんですけどぉ。まぁ、お嬢ちゃんにはまだ早いかなぁ?』
あからさまなマウント。そして露骨な愛人枠狙い。
白雪さんが「こいつはダメだ」と書類に不合格という文字を書き加えようとした、その時だった。
『ふふふ、そうですね』
桜が、鈴を転がすような可憐な声で笑った。
そして、小首をかしげてニッコリと言い放つ。
『でも残念です。柴田に『熟女趣味』はないと思いますよ? お母さんみたいな年齢の方にケアされるのは、ちょっと引いちゃうんじゃないかな? 私みたいな若い女の子が好きなんです、彼』
『ぶっ……!?』
「ぐふっ!?」
女性の顔が引きつり、厚塗りのファンデーションに亀裂が入った気がした。
熟女。お母さん。
桜の放った一撃は、的確に相手の急所を貫いていたようだ。
ついでに、俺の心にも重い一撃をくれている。
俺はロリコンではない!
『なっ、なによ生意気な小娘が……!』
『はい、お引き取りください。次の方!』
桜は満面の笑みで追い払った。
……怖い。
普段はあんなに優しい桜が、俺に関することになると修羅の顔を見せる。
嬉しいけど、背筋が少し寒くなったのは内緒だ。
しかしなぁ……。
次から次へと現れる、欲望と勘違いと下心のパレード。
こいつら、本当に働く気があるのか?
ギルドに入りたいんじゃなくて、【空飛ぶ大福】ギルドというブランドを利用したいだけじゃないか。あるいは桜にお近づきになりたいか。滅さなければ……。
俺はモニターの電源をそっと切る。
これ以上見ていると、人間不信で胃に穴が開きそうだ。
こんなヤツらの相手をしなければならなかったADAの皆さんには、本当に申し訳ない気持ちになった。
「……現場の様子を見に行くか」
俺はしっかりと帽子を被り直し、受験者たちが待機しているアリーナの待機エリアへと向かった。
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