第168話 時限爆弾
方針が決まったところで、俺は早速、書類選考に取り掛かった。
デスクの左手には、ADA窓口から持ち込まれた物理的な履歴書の山。右手には、電子申請データのリストが表示されたタブレット。
そして足元には、段ボールで作った『合格』『不合格』の箱が二つ。
一つずつ読んでいくと、普通なら数日はかかる作業だろう。
だが、俺には秘策がある。
「【解析】さん、よろしくお願いいたします」
俺は小声で呟き、スキルを発動させる。
履歴書に貼られてある顔写真を『視る』ことで、表面的な情報の裏にある真実が浮かび上がってくる。
まずは手元の履歴書の山からだ。
一枚目。
写真には、どこにでもいそうな地味な男性が写っている。
『佐藤 健太』、28歳。前職は食品メーカーの営業。志望動機は『貴ギルドの理念に共感し〜』と、非常に堅実だ。
……なんだよ、ウチのギルドの理念って。そんなの考えたこともないぞ。
まぁそれはともかく、普通なら、真面目そうな好青年として面接では好印象だろう。
だが、【解析】のウィンドウは残酷な真実を告げていた。
【氏名:アーサー・沢山・スミス】
【所属:CIA極東工作部・外部協力員】
【技能:潜入、盗聴、暗殺術】
【目的:柴田浩之の監視および技術奪取】
「……うわぁ」
俺は思わず声を漏らした。
全然、見た目じゃ分からない。本当に特徴のない、街ですれ違っても記憶に残らない顔だ。
でも、だからこそ
リアルな諜報員ってのは、こういう「隣にいそうな良い人」の顔をして近づいてくるんだろう。勉強になるなぁ。
俺は「お疲れ様です」と心の中で呟き、履歴書をヒラリと『不合格』箱へ放り込んだ。
二枚目。
今度は少し派手な、栗色の髪をした女性だ。
元保育士。笑顔が素敵で、子供が好きそうな優しそうな雰囲気。志望動機は「疲れている皆さんを癒やしたい(意訳)」。
【所属:宗教団体『終末の真理』実行部隊】
【前科:爆発物取締罰則違反(不起訴)】
【特記事項:洗脳済み。自爆テロの危険性あり】
「……怖っ!!」
背筋が凍った。
保育士の笑顔の下に爆弾魔の顔が隠れているなんて、誰が想像できる?
というか、なんでそんな過激派がウチのギルドに来たがるんだ。『終末』とか言ってるなら、のんびり皆を癒やしてる場合じゃないだろ。
これも即、『不合格』箱へシュート。
「……」
ダメだこれは……。
ちょっと気持ちを変えるかぁと、今度は右手のタブレットに手を伸ばす。電子データの山だ。
画面をスクロールしていく。
【氏名:嵐山 一秋】
【所属:フリーランス】
【職歴:元ダイヤウルフギルド探索者】
写真を見る限り、歴戦の猛者といった風貌だ。即戦力に見える。
だが解析結果は――
【賞罰:ギルド資金横領(3件)、メンバーへの暴行・恐喝】
【状態:闇金による借金5,000万円、逃亡中】
「……ウチを隠れ蓑にする気満々だな」
画面上の『不採用』ボタンをタップ。
次。
IT企業社長。えらくキザな優男だ。
志望動機は『君のギルドに、私の経営手腕という魔法をかけたい』……。
きもっ!
ちなみに解析の結果は【結婚詐欺師】、【目的:柾木 桜への接触および資産狙い】
よし。こいつは闇に滅してやろう。
こんな感じで、紙を『不合格』箱へ投げ入れ、タブレットのボタンをタップする。
そのリズミカルな動作は、まるで熟練の工員のような手際だった。
「不合格、不合格、不合格、……お、保留。うーん、不合格」
そのあまりのスピードと雑な仕分け作業に、横で事務作業をしていた白雪さんが怪訝な顔をする。
「ちょっと柴田さん、早すぎませんか? ちゃんと読んでます?」
「読んでるよ。行間をな」
「行間ってレベルじゃない速度ですが……。例えばさっきの彼、営業経験者で人当たりも良さそうでしたよ? なぜ不合格に?」
白雪さんが『不合格』箱から、最初の一枚――スパイの履歴書を拾い上げる。
「ああ、そいつですか? なんかスパイの匂いがします」
「……はい?」
「勘です。そいつ、たぶん諜報機関の回し者だと思います。なんだか怪しい感じがするんですよね」
「はぁ……スパイの匂い、ですか……」
白雪さんは呆れたようにため息をついた。
完全に、適当に仕事をしていると思っている目だ。
彼女は疑わしげに俺が弾いた履歴書を数枚手に取り、スマホを取り出した。
「……少し、裏を取ってみますね。ADAの情報網を使えば、ある程度の素性は洗えますから」
そう言っていくつかのデータをどこかへ送信した、数十分後。
返信を受け取った白雪さんの顔色は、驚愕に染まっていた。
「……信じられません」
「どうしました?」
「柴田さんが弾いた方々、全員『クロ』でした。国際指名手配犯の偽名、他国の大手ギルドからの工作員、反社会的勢力との繋がり……巧妙に隠されていましたが、念には念をと調査した結果明らかになったようです」
白雪さんは、信じられないものを見る目で俺を見た。
「一体どうなっているんですか、その嗅覚……。ウチの分析官でも、ここまで見抜くのは不可能ですよ?」
「まあ、たまたまですけどね。もしかしたら幾度となく死線を越えたことで、何かを得たのかもしれません」
それっぽいことを言ってみたが、死線なんて越えたことないし、完全にズルしてます。すみません。
とにかく俺が嘯くと、白雪さんは「すごぉ……」と小さく呟き、背筋を伸ばした。
「わかりました。書類選考は柴田さんにお任せします。性格や人格については?」
「そこは見ません。書類じゃ性格なんていくらでも偽装できますからね。そこは面接で、みんなが直接見て判断してください」
こうして、俺は超高速で地雷案件を処理していった。
スパイ、犯罪者、過激派、ストーカー。
1000人の中に、まともな人間が少なすぎる。日本の治安はどうなっているんだ。
作業開始から数時間。
候補者が残り50人を切ったあたりで、俺の手が止まった。
「……ん?」
モニターに表示された、一枚の履歴書。
そこに貼られた証明写真が、あまりにも異様だった。
顔の半分を覆う医療用マスクに、目元を隠す濃いサングラス。どう見ても不審者だ。
「うわ、何この人。写真からしてヤバそう……」
覗き込んだ桜が顔をしかめる。
名前は『R』。まさかの
志望動機欄には、達筆すぎる文字で一言だけ。
『衛生管理の徹底。ならびに、害虫駆除』
「害虫駆除……? ダンジョンの魔物を退治するってことかな?」
桜が訝しげに書かれてある内容を眺めていた。
確かに怪しい。だが、俺が気になったのはそこじゃない。
何か懐かしいような、この独特な雰囲気。
俺は【解析】を用い、男の情報を覗き込んだ。
――その瞬間。
「ぶふっ!?」
俺は噴き出しそうになるのを、全力で飲み込んだ。
表示されたウィンドウに並ぶ文字列。
そこに記されていた【氏名】や【家族】そして現在の【精神状態】を見た俺は、思わず二度見、いや三度見した。
(……嘘だろ、おい!?)
俺は隣で「ひろくん?」と首を傾げる桜と、画面の中の不審者を交互に見る。
マジか。
なんでウチのギルドに応募してくるんだ。
そして、志望動機の『害虫駆除』の意味を理解した瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。
害虫って、もしかして——。
(……ここで不合格にするのは簡単だ)
俺の脳内で緊急警報が鳴り響いている。
こいつを入れるのはリスクが高すぎる。時限爆弾を抱え込むようなものだ。
だが。
俺の中に、ちょっとしたイタズラ心が芽生えた。
何も知らない桜と、正体を隠して潜入しようとしているこの男。
二人が面接会場で対面した時、一体どんな化学反応が起きるのか……。
びっくりはするかもしれないが、喜んでくれるんじゃないだろうか。
――見てみたくはないか?
それに、彼の実力は本物だ。戦力的には喉から手が出るほど欲しい人材であることに間違いはない。
うん。これは必要な採用だ。決して、面白さだけで決めた訳じゃないんだ。
「……いや、待てよ桜。この人、経歴はすごいぞ。医師免許持ちで、高ランクの探索者だ。
アメリカの【フライドチキン・ボーイズ】ギルドってとこでもバリバリやってたらしい」
「【フライドチキン・ボーイズ】ですか? アメリカのトップギルドですね」
俺たちの会話を横で聞いていた白雪さんが、振り向いて教えてくれた。
そんなトップギルドを辞めてまで来るなんて、彼の本気を感じるぜ。
なぜだか、背筋に冷たいものが流れた気がした。
「えっ、お医者さんなの? こんな格好で?」
「『人は見かけによらない』って言うだろ? 医療班は貴重だ。とりあえず、面接で話を聞いてみる価値はあるんじゃないか?」
俺は震える声を押さえ込み、もっともらしい顔で提案する。
「うーん……なんか心の奥から拒否したい気持ちがあるんだけど……ひろくんがそう言うなら……」
桜が渋々頷いたのを確認し、俺は素早く履歴書を『合格』の箱へ滑り込ませた。
誰も気づいていない。
この箱の中に、とんでもない核弾頭が紛れ込んだことに。
当日の面接が楽しみだ。
これはきっと面白くなるぞ……え、なるよね? 俺、もしかして地雷を自ら踏みに行ってしまったかなぁ……。
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