第167話 試験内容

 日本政府とADAを巻き込んだ一大茶番劇――もとい、黄泉比良坂ダンジョン管理権取得プロジェクトが成功裏に幕を開けた翌日。

 我が家兼【空飛ぶ大福】ギルドの拠点事務所兼は、書類の山に埋もれていた。


「……これ、全部?」

「はい。第一次募集の応募データ、およびADAの窓口に直接持ち込まれた履歴書の総数、1,254件です」


 白雪さんが、まるで辞書のような厚みのファイルをデスクに積み上げる。

 画面上の未読メール件数も、見てはいけない桁数になっている。

 彼女は、徹夜明けのADA職員たちから託されたデータを統合し、ここまで持ってきたのだ。その顔には「あとは任せましたよ」という無言の圧があった。


 手元の履歴書を一枚手に取り眺めてみる。

 全ての項目に枠一杯の文字が所狭しと書かれてあった。


「……」


 ——これを千枚以上見る……だと……?

 そっと戻して、見なかったことにした。意味のない行為だとしても、時に男は戦わないといけない時があるのだ。


「ADA管理部長である伊達からの伝言です。『なんとか30名程度まで絞ってほしい。試験内容の策定も含め、大至急頼む』とのことです」

「30人……1000人以上落とすのか」


 俺は絶望と共に、天井を仰いだ。

 いや、確かに人手は欲しい。

 だが、千人のエントリーシートを読み込む? 無理だ。俺の脳が拒絶反応を起こしてストライキを始める未来が見える。


 伊達さん、なんてことをしてくれたんだ。この量を読めと言うのか。

 そんな理不尽に対する怒りがわく。

 だが同時に、俺の背筋に冷たいものが走った。


(……これだけの人間が、一斉にADAの窓口や電話回線に殺到したのか?)


 想像してみたら恐怖だ。

 自分の会社に、ある日突然、アポ無しの来客が数百人押し寄せ、電話が数百件鳴り響く光景。


 それはもう業務妨害なんてレベルじゃない。災害だ。白雪さんの同僚達がノイローゼ寸前になるのも無理はないし、白雪さんの目が死んでいるのも納得だ。

 正直、申し訳なさで胸が痛む――ところだったが。


(……いや、待てよ。この書類の山を俺に丸投げしたってことは、この苦労も俺が背負うってことだろ?)


 この膨大な事務作業。終わりの見えない単純労働。

 これを押し付けられたことで、俺の中でバランスシートが書き換わった。

 うん。やっぱり大変だこれ。


 黄泉比良坂ダンジョンの管理権を、半ば脅迫じみたマッチポンプで分捕ったことへの罪悪感――それが今、急速に霧散していくのを感じる。

 これだけ働かされるなら、ダンジョンの一つくらい貰ってもバチは当たらないよな。よし、トントンだ。


「あのー、ひろくん? これ全部読むの? 私、目が回りそう……」


 隣でタブレットを覗き込んでいた桜も、画面を埋め尽くす文字の羅列に目を回している。

 ティアに至っては、「我は文字を読むと眠くなる呪いにかかっておる」とふざけたことを言ってポテチの袋に逃避していた。

 というかお前、日本語読めるのね。


「……よし、分担しよう」


 俺は決断した。

 リーダーたるもの、適材適所の采配こそが肝要だ。


「書類選考は俺がやる。俺の目利きで、危険分子や適性のない人間を弾く」

「お一人でですか? かなりの量ですが」

「ああ、任せろ。その代わり――」


 俺にはとってきおきの秘策があった。千人だろうが万人だろうが、履歴書をくらいなら、多分イケるはずだ。

 ビシッと、桜、白雪さん、ティアの三人を指差す。


「試験本番は、君たちに任せる」

「えっ、私たちが試験官?」

「ああ。これから一緒に働くことになるんだ。俺が選ぶよりも、実際に現場で顔を合わせる君たちが『この人なら一緒にやれる』と感じた人を採用してほしいんだ」


 もっともらしい理由を並べるが、本音は「面接で一日中座ってニコニコ愛想を振りまくのが面倒くさい」からというのが多分にあることは内緒だ。


「……主よ。口ではいい事を言っておるが、目が死んでおるぞ。単に面倒なだけじゃろう?」


 ティアがジト目で俺を見透かしてくる。

 ギクリとしたが、隣の桜は「もう、ひろくんったら……」と苦笑しつつも、慈愛に満ちた母のような眼差しを向けてくれた。


「仕方ないなぁ。ひろくん、人見知りだもんね。わかった、私がしっかり人柄を見るから任せて!」

「ありがとう桜。愛してる!」

「私も!」


 イチャつく俺たちをスルーして、白雪さんが冷静に頷いた。


「なるほど……。一理ありますね。マスターが選んだとしても、現場と相性が悪ければ元も子もありませんから」


 なぜか白雪さんが納得してくれていた。


 まあ実際に、この三人にはそれぞれ特筆すべき『眼』がある。


 桜には『人を見る目善人レーダー』がある。

 彼女の純粋な性格と育ちの良さは、悪意や下心を持つ人間を本能的に忌避し、逆に善人を嗅ぎ分ける不思議な直感として機能する。

 彼女が「いい人そう」と言えば、だいたい間違いない。


 ティアには『強者を見る目』がある。

 永い時を生きた神龍としての経験則だ。相手の魔力量や立ち居振る舞いから、その本質的な強さや胆力を見抜くことにかけては右に出る者はいない。


 そして白雪さんには『社畜——ごほん。社会人適正を見る目』がある。

 ADAという巨大組織で揉まれ、上司と現場の板挟みに遭いながら上手く生き抜いてきた彼女には、理不尽な業務に耐えられるか、組織の歯車として機能するかを冷徹に見極める人事スキルが備わっている。……はずだ。


 この三人のフィルターを通せば、多角的かつ完璧な選考ができるだろう。


「じゃあ、試験内容はどうするの? 農作業がメインだから、体力測定とか?」

「うむ。ダンジョンに入る以上、最低限の自衛能力は必須じゃろう」


 ティアがポテチを齧りながら口を挟む。

 確かにそうだ。いくら俺が魔物の出現率を弄るとはいえ、そこはSランクダンジョンだ。万が一の事故や、不測の事態で死なない程度の強さは欲しい。


「よし、試験は面接と実技試験にしよう。実技試験は『模擬戦』だな」

「模擬戦?」

「ああ。試験官はティアだ」


 俺が指名すると、ティアはニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。


「ほう? 我が相手をしてよいのか? 死人が出るぞ?」

「そこをなんとか手加減してくれ。そうだな……『ティアの一撃を耐えられたら合格』とかどうだ?」

「一撃とな? ……ふむ、デコピンくらいか?」

「いや、デコピンでも頭が吹き飛ぶだろ。こう、優しく撫でるような……『あ、ちょっと風が吹いたかな?』くらいの衝撃波で頼む」

「注文の多い主じゃのう。まあよい、受験者の耐久テストじゃな。骨の一本や二本は覚悟してもらうぞ」


 ティアが楽しそうに腕を回し始めた。

 ……受験者の皆さん、ご愁傷さまです。各自、保険証の準備をお願いします。

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