第166話 悪魔のプレゼンテーション【緊急対策会議】②

「失礼しました。あまりにも現状認識が甘いもので、つい」

「なんだと!?」

「皆様、モニターをご覧ください」


 白雪は手元のタブレットを操作し、会議室の巨大スクリーンに映像を映し出した。

 そこには、赤黒い結界に覆われた黄泉比良坂の入り口と、その前に立つ一人の男――ラフな姿の柴田浩之の姿があった。


「これは先日撮影された映像です。異変を聞きつけた柴田氏が、現地調査に向かった際のものです」


 映像の中で、浩之は何気ない動作で結界に触れる。

 すると、他の探索者を弾き飛ばしていた結界が、彼に対してだけは無反応――いや、まるで主を迎え入れるかのように波打ち、彼を内部へと招き入れたのだ。


「なっ……入ったぞ!?」

「結界が反応しない……どういうことだ?」

「ご存知の通り、柴田氏は以前、このダンジョンで『転移陣機能』を解放しています。つまり、彼はダンジョンのシステムそのものに何らかのアクセス権、あるいは親和性を持っている可能性が極めて高い」


 白雪は大臣の顔を真っ直ぐに見据えて告げる。


「現在、黄泉比良坂ダンジョンに入場可能なのは、世界でただ一人、柴田浩之のみです。ADAの解析班も、自衛隊の特殊部隊も、あの結界を突破することはできません。……この状況で、無理難題を押し付ければどうなると思いますか?」

「ど、どうなるというのだ」

「柴田氏はこう言うでしょう。『じゃあいいです』と」


 白雪の言葉に、伊達が深く頷く。


「そうです。柴田さんは金にも権力にも執着がありません。彼が望んでいるのは自身の生活の安寧という一点のみ。

 国が過大な要求を突きつければ、彼は面倒くさがって交渉を打ち切り、家に帰って寝てしまうでしょう」

「そ、それがどうした! 交渉決裂ならそれでも……」

「おわかりになりませんか?」


 伊達が珍しく怒りという感情を声に載せた。


「交渉が決裂すれば、黄泉比良坂は『誰も入れない、中身のわからないブラックボックス』として、永久に島根県に残ります。

 もしかしたらついにスタンピードが起きてしまうかもしれない。あるいは未知の瘴気が漏れ出してくるかもしれない。

 そんな時限爆弾を、我々ADAと国だけで抱え込むことになるんですが、よろしいのですか?」

「そ、それは……」

「管理責任を問われるのは誰でしょう? 万が一の災害時、責任を取って腹を切るのはここにいる我々です」


 伊達の言葉が、高官たちの心胆を寒からしめた。

 そうだ。

 柴田浩之に任せれば、何かあっても「民間の暴走」としてトカゲの尻尾切りができる。

 だが、国が管理を続け、そこで事故が起きれば、それは国家の失態だ。


「……ぐぬぬ」


 大臣が呻く。

 リスクを取りたくない。でも甘い汁は吸いたい。

 そんな浅ましい葛藤を見透かしたように、白雪が助け舟を出した。


「ご安心ください。柴田氏からの要求は、極めてシンプルかつ紳士的なものです」


 彼女は指を二本立てる。


「一つ。事態解決後、黄泉比良坂ダンジョンの『指定管理者』として【空飛ぶ大福】を認定すること。あくまで『管理代行』であり、所有権は国に残したまま、現場のリスクヘッジを彼らに丸投げできます」

「ふむ……丸投げ、か」

「そして二つ目。今後、管理の過程で同ダンジョンから産出される資源については、優先的に日本国内へ供給し、市場の安定化に寄与するとのことです」

「……む?」


 高官たちの表情が揺らいだ。

 それは国にとって、悪い話ではない。むしろ、得体の知れないダンジョンを自分たちで抱え込むリスクを回避しつつ、資源の利権だけは確保できる。

 柴田浩之という劇薬を制御下に置くことは不可能だが、彼の方から「国益に協力する」と言ってきているのだ。


 だがそんな時勢を読めず、己の欲望に忠実な者もいる。

 声高々に『対価』を求めてきていた大臣だ。


「それではこちらに旨味がないではないかっ!?」

「課税で十分かと思いますが? それも『ゼロ』になるよりはマシかと」


 白雪はニッコリと、しかし目は笑っていない笑顔で詰め寄る。


「さあ、どうされますか? プライドを守って国家の危機を招くか、実利を取って安全を買うか」


 ADA、政府、そして【空飛ぶ大福】。

 三竦みのようでいて、実質的な主導権は最初から「鍵」を持つ側にしかなかったのだ。


「だが——」

「そこまでだ」


 静かな、しかし雷鳴のように響く声が、議論を断ち切った。

 大槻だった。

 彼はゆっくりと立ち上がり、鋭い視線で会議室を一瞥する。


「議論の余地などない。我々の最優先事項は何か? 国民の生命と財産の保護だ。メンツや利権ではない」


 大槻は大臣に向き直る。


「大臣。もし黄泉比良坂が暴走した場合、我々の戦力で抑え込める保証はありますか?」

「そ、それは……やってみなければ……」

「私は現場を知っている。無理だ。ダンジョンの深層には、我々の常識を超えた『何か』がいる。それを単身で制圧し得るのは、世界広しと言えど僅かに限られる。その僅かが柴田浩之だ」


 断言。

 現場最強の男が言うのだ、誰も反論できない。

 大槻は伊達と白雪に視線を移し、小さく頷いた。


「伊達、白雪。お前たちの提案を支持する」

「ありがとうございます」


 大槻は再び大臣に向き直り、決断を迫った。


「……よろしいですな?」


 大槻の厳しい視線に、大臣は苦虫を噛み潰したような顔で、しかし力なく頷いた。


「……わかった。認めよう」


 大臣が、苦渋の表情でテーブルを叩いた。


「黄泉比良坂ダンジョンの調査および暫定管理を、【空飛ぶ大福】ギルドに特例として委託する! ……ただし! くれぐれも暴走しないよう、ADAは監視を怠るなよ! 何かあれば即刻契約解除だ!」

「はい。善処します」


 伊達が力なく答える。

 監視などできるわけがない。相手はランクワンだ。

 だが、とりあえず、ダンジョン暴走や政治的責任問題など起こり得る最悪の事態は回避された。


(また柴田さんか……。私の胃壁は、いつまで持つのだろうか……)


 伊達はそっとポケットの胃薬を握りしめた。

 隣で白雪が、どこか楽しげに、しかし冷徹に書類を整えているのを見て、彼は「この部下も大概だな」と心の中で嘆息した。


 こうして、日本政府公認の下、黄泉比良坂ダンジョンは事実上、柴田浩之の「私有地」となったのだった。

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