第165話 悪魔のプレゼンテーション【緊急対策会議】①

 東京、千代田区。

 ADA日本支部ビルの最上階にある特別大会議室。

 普段は日本のダンジョン政策を決定する静謐な空間が、今は怒号と悲鳴に近い議論の坩堝と化していた。


「黄泉比良坂ダンジョンが『拒絶』しているだと!? そんな馬鹿な話があるか!」

「事実です! 入り口に発生した未知の結界により、一切の侵入が不可能です! 物理攻撃、魔法攻撃、すべて無効! 解析班もお手上げ状態です!」

「中の探索者はどうなったんだ!」

「奇跡的に、異変発生時に内部にいた全パーティーが入り口へ強制転移されています。死傷者ゼロ。……まるで、誰かが意図的に吐き出したかのように」

「スタンピードの前兆か!? ついに起こるのか!?」


 円卓を囲むのは、内閣府の特命担当大臣、防衛省幹部、経産省の資源エネルギー庁長官、そしてADAの理事たち。

 彼らの焦りはもっともだった。


 ダンジョンとは、現代社会におけるエネルギーと資源の供給源である。だが、それは同時にダンジョンから産出される資源なしには、現代社会は成立しなくなっていると同義でもあった。


 謂わばダンジョンは、人類を脅かす時限爆弾でもある。

 特に黄泉比良坂のような高位ダンジョンが産出する資源は、質も量も他のダンジョンとは比較にならない。

 まさに国家の存亡に関わるダンジョンという訳だ。


 その喧騒の中、円卓の上座に座る一人の男だけが、沈黙を守っていた。

 ADA日本支部管理官、大槻 厳。

 白髪交じりの短髪に、彫りの深い顔立ち。その鋭い眼光は、騒ぎ立てる政治家たちではなく、手元の資料一点を見据えている。

 現場叩き上げの実力者であり、実質的な日本のダンジョン管理のトップだ。


 そこへ、会議室の扉が重々しく開いた。


「失礼します。ADA岡山支所の伊達部長と、特任事務官の白雪氏が到着されました」

「——入れ」


 今まで会議を黙って見守っていた大槻が、初めて声をあげた。

 職員の案内で、二人の男女が入室する。


 やつれた顔で胃のあたりを押さえる中年男性――伊達将範。

 そして、その後ろに控える、ほんわかした雰囲気を持つ女性――白雪。

 二人は部屋の中央に進み出ると、深々と一礼した。


「報告を聞こう」

「単刀直入に申し上げます」


 簡単に現状を報告した伊達が重い口を開いた。その声には、これから投下する爆弾の重さを知る者特有の疲労感が滲んでいる。


「黄泉比良坂ダンジョンの異変解決、および今後の管理・運営について……あるギルドに全権を委任することを提案いたします」

「ギルドに委任だと? どこの大手だ? 【天槍】か? それとも【王獅子】か?」


 経産省の長官が身を乗り出す。

 伊達は一度だけ目を閉じ、覚悟を決めてその名を口にした。


「いえ。……【空飛ぶ大福】ギルドです」


 その瞬間。

 会議室の空気が、絶対零度まで凍りついた。

 先ほどまでの喧騒が嘘のように消え失せ、全員が言葉を失う。

 数秒の沈黙の後、爆発したように悲鳴が上がった。


「またアイツかああああああああっ!!」

「柴田かっ! あの歩く災害指定区域が、今度は何をしたんだ!」

「新宿で暴れて、国道を半壊させたばかりだろうが!」

「バチカンの次は日本政府を脅す気か!?」


 大臣が顔を真っ赤にして叫ぶ。

 戦々恐々。まさにその言葉が相応しい。

 この場にいる全員が知っていた。

 柴田浩之という男が、世界を救う英雄であると同時に、既存のルールや常識を平然と踏み砕く規格外の存在であることを。


「お、落ち着いてください! これは妥当な案であるとこちらは考えております!」


 伊達が必死になだめるが、大臣は机を叩いて吠えた。


「落ち着いていられるか! 一民間ギルドにSランクダンジョンの管理権だと? 国家の主権に関わる問題だ! 絶対に認められん! どうしてもと言うなら、相応の『対価』が必要だ!」

「対価、ですか?」

「そうだ! 管理権を認める代わりに、ダンジョンから産出される全資源の9割を国庫に納入させろ! さらに、奴が隠し持っているアーティファクトの全貌を開示させろ! それくらいの条件を飲ませて初めて、交渉のテーブルについてもいい!」


 強欲。

 この期に及んで、彼らはまだ「自分たちが上」だと思っている。

 柴田浩之という力の大きさを理解せず、既存の権力構造の中で彼を飼い慣らせると思っているのだ。


 その浅はかな発言を聞いた瞬間。

 一歩後ろに控えていた白雪が、ふっ、と冷ややかな笑声を漏らした。


「……何かおかしいかね、事務官くん」


 大臣が不快そうに睨む。

 白雪は一歩前に進み出ると、よく通る涼やかな声で言葉を放った。


「失礼しました。あまりにも現状認識が甘いもので、つい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る