第164話 鎖された黄泉
島根県、東出雲町。
かつて神話の舞台となったその地に、現代の異界――黄泉比良坂ダンジョンの入り口である巨大なしめ縄が括られた割れた岩石があった。ダンジョンの【
時刻は午後三時。
本来なら観光客や探索者で賑わうはずの時間帯だが、今のここには閑古鳥が鳴くような静寂が漂っていた。高難易度認定であるSランク指定に伴う探索者の激減。
皮肉なことに、今の黄泉比良坂ダンジョンは、その名の通り死者に相応しい静けさを取り戻していた。
俺は光魔法で気配を完全に遮断し、受付のADA職員や警備員の死角をすり抜けて、ダンジョンの内部へと侵入した。
いつも変わらない
「……相変わらず、陰気な場所だな」
小部屋の中央には、黒曜石のような素材で作られた
俺は周囲に誰もいないことを確認し——まぁダンジョンに一緒に入った人しかこの部屋には来られないから誰もいないんだけども——
「さて、やるか」
俺は息を深く吸い込み、その冷たい石の表面に手を触れた。
瞬間。
ブゥン、と空気が震えるような重低音と共に、視界が歪む。
古代の石碑から、青白い光の粒子が噴き出し、俺の網膜に直接語りかけるように、空中に幾何学的なウィンドウを展開した。
苔むした石畳と、宙に浮くホログラム。
神話的風景とSF的技術が融合したような、奇妙で、しかし絶対的な支配力を感じさせる光景だ。
《システムアクセス……認証完了》
《ようこそ、管理者:H.Shibata(権限:限定的)》
脳内に直接響く無機質な日本語アナウンスと共に、広大なメニューリストが表示される。
だが、その大半は俺を拒絶していた。
【■■■■■作成】……[選択不可]
【階層追加】……[選択不可]
【物理法則】……[ERROR: 権限が不足しています]
【#$%"&制御】……[ERROR: データ破損]
グレーアウトした項目や、ノイズが走って判読不能な文字が並ぶ。
やはり、俺はちゃんとした管理者ではないらしい。ダンジョンの根幹に関わる機能は、分厚いプロテクトに守られているか、あるいは破損しているようだ。
だが、今の俺に必要な『管理用』の機能は、しっかりとアクティブになっていた。
【構造改変(制限あり)】
>環境強度の変更
【魔物生成(制限あり)】
>
【資源管理】
>ドロップテーブルの再抽選(※環境適正のある資源のみ)
【入場規制】
>ホワイトリスト/ブラックリスト設定
【緊急排出】
>対象者の強制転移
「十分だな。これだけあれば、やりたいことはできる」
俺はウィンドウを操作し、【緊急排出】のタブを開く。
ダンジョン内部のスキャンデータが立体的に表示される。
広大な階層マップの中に、人間の生体反応を示す光点は……驚くほど少なかった。
《現在侵入者数:4名(1パーティー)》
《現在位置:第3層》
「……1パーティーだけかよ」
平日とはいえ、Sランクダンジョンにたった一組。
ここの過疎り具合は深刻だ。まあ、追い出す側としては手間が省けて助かるが。
「悪いな、名も知らぬ探索者たちよ。君たちの冒険はここまでだ。……カツ丼のために許してくれ」
俺は涙を堪え、くそぅと言葉を噛み潰しながら小さく謝罪し、実行ボタンを押した。
ポチッとな。
《コマンド実行:緊急排出プロセス開始》
システムが唸りを上げる。
ダンジョン全体の魔力流が大きく脈打ち、第3層にいた4つの光点が、瞬時にしてマップの外――つまり【門】前へと弾き出されるのが見えた。
《排出完了》
「よし、次は閉鎖だ」
間髪入れずに【入場規制】を選択する。
設定項目から『全拒否』を選択し、特例(ホワイトリスト)として『H.Shibata』と桜や白雪さんといった俺のギルドに関係ありそうなメンバーのIDを登録する。
どうやら、これ一度でもオベリスクにふれたことがある人の名前は全てリスト化されているようで、いくらスクロールしてもリストが終わらなかった。
ご丁寧に検索ウインドウまで準備されていたので助かったが、使いづらいな。
ちなみに同姓同名に関しては、登録場所や、登録した覚えのない年齢や、なんと顔写真まで情報として出てきているから間違えようがなかった。
《【入場規制】展開中……》
地響きと共に、ダンジョンの入り口、巨大な岩の割れ目に、赤黒い半透明の膜が生成されていくのが、モニターウインドウから見て取れた。
それは物理的な壁であり、概念的な拒絶の壁だ。
認められた者以外の何者も通さない、神域のロックダウン。
「完了、か」
俺は
光魔法と以前、蛇崩とかいう【王獣の牙】幹部が使用していたスキルを参考に習得した『認識の死角』を活用し気配を殺す。
すぐに騒ぎが聞こえてきた。
「い、痛ってぇ……! なんだよ急に!」
「いきなり景色が変わったぞ!? 転移トラップか!?」
男たちの慌てた声が響く。
さっき排出された4人組のパーティーだ。装備を見るに、中堅どころといった感じか。まだ混乱しているようで、キョロキョロと辺りを見回している。
「おい、ここ入り口だぞ! 戻ってきちまった!」
「なんで!? まだ3層だったのに!」
「くそっ、装備を置き忘れた! 取りに戻るぞ!」
リーダー格の男が、再び【門】をくぐろうと駆け出した。
だが。
「うわあっ!?」
鳥居の間に張られた赤黒い膜に触れた瞬間、激しいスパークと共に男が弾き飛ばされた。
尻餅をつく男。唖然とする仲間たち。
「な、なんだこれ……結界!?」
「おい、通れないぞ! ビクともしねぇ!」
剣で叩いても、魔法を撃っても、結界は波紋ひとつ浮かべない。
完全なる拒絶。
彼らの顔に、恐怖の色が浮かび始める。
「管理事務所だ! ADAの人を呼んでこい!」
一人が脱兎のごとく駆け出していった。
それから数分後。
息を切らせたADAの職員が、警備員と共に走ってきた。
その顔を見て、俺は少し同情してしまった。
彼は以前、俺がこのダンジョンで『転移陣』を解放した時に居合わせた、あの現地統括官だったからだ。
「はぁ、はぁ……け、結界? そんな馬鹿な……もしかして、異変の前兆ですか!?」
職員は【門】の前まで来ると、赤黒い膜を見て絶句した。
「な……なんですか、この禍々しい色は……!」
「おいあんた! どうなってんだよ! 中に入れないぞ!」
「え、ええ……少々お待ちを……」
職員はおっかなびっくり手を伸ばす。
指先が膜に触れようとした瞬間、バチッという静電気のような音が鳴り、指が弾かれた。
「ひっ!?」
「どうだ!?」
「だ、ダメです……。こんなこと初めてだ……。何か根源的な……ダンジョンそのものが『拒否』しているような……」
職員の顔色が、青を通り越して土色になっていく。
彼は震える手で懐から端末を取り出し、どこかへ連絡を入れようとしたが、指が震えてうまく操作できていない。
「あわわ……ほ、報告しなきゃ……緊急事態宣言を……」
そして、彼は胃の辺りを強く押さえてうずくまった。
「うっ……い、胃が……また……部長に殺される……」
可哀想に。
ADA——特に岡山や島根の胃薬の消費量は、間違いなく日本一だろう。
すまない、名もなき職員よ。
君の胃痛は、日本の未来(と俺のカツ丼)のための尊い犠牲となるのだ。
……後で、匿名で差し入れでも入れておこうかな。
パニックが広がり始めるのを影から確認し、俺は満足して頷いた。
これで賽は投げられた。
国もADAも、この異常事態を無視できない。
そして、この『鍵』を開けられるのは、世界でただ一人、俺だけだ。
「……帰るか」
俺は背を向け、転移魔法の構成を練る。
次は白雪さんの番だ。俺たちは「吉報」を待つだけとなる。
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