第163話 マッチポンプ
白雪さんの口元に、黒い笑みが浮かんだ。
彼女はバッグからタブレットを取り出し、高速で指を走らせる。
「まず、ADAへの対応ですが、今回の採用騒動を利用します。
彼らにとって、今の志願者殺到はただの災害です。そこで、柴田さんが公式に『ADAの監視下で、大規模な採用試験を行う』と発表するのです」
「ADAの監視下で?」
「ええ。会場整理や警備をADAに協力させる代わりに、今回の騒動を『ADA主導のイベント』として処理させてあげるんです。
そうすれば、ADAの顔も立ちますし、今回の迷惑料もチャラにできます。その上で、色々とお世話になっている柴田さんの頼みです。何かしらの善処はしてくれるでしょう」
なるほど。ギブアンドテイクか。
「問題は、国への管理委託の申請ですね。ダンジョンを小規模な一民間ギルドに預けるなんて、前代未聞です」
「やっぱり無理ですか?」
「ええ。よほどの『理由』がない限り」
白雪は冷静に分析する。
やはり、正面から「俺の土地にしたい」と言っても通じないよね。
——よほどの理由、なぁ。
なら、切るしかないか。あのカードを。
「……白雪さん。ここで知り得た秘密は、絶対に守れますか?」
俺が声を低くすると、白雪は一瞬きょとんとした後、真剣な表情で頷いた。
「もちろんです。私は柴田さんの専属事務官ですから」
「実は……黄泉比良坂ダンジョンをクリアした時、世間には公表していない『特典』を得たんです」
俺は桜と目配せをし、半分本当で半分嘘の説明を口にする。
「黄泉比良坂ダンジョンに限定した話ですが、ダンジョンへの『入場規制』や『強制排出』の設定ができる権限……いわば、ダンジョンの鍵を俺が持っている状態なんです」
「……はい?」
白雪が、ポカンと口を開けた。
美しい瞳が限界まで見開かれる。
「入場規制? つまり、柴田さんの意思一つで、誰もダンジョンに入れなくできる、と?」
「そうです。特定の人間……例えば俺とギルドメンバー以外を、入り口で弾くことができます」
実際に確認した訳ではないけれど、ティアの話や俺の解析さんによると間違いないらしい。
設定するには黄泉比良坂ダンジョンの
数秒の沈黙の後。
白雪は「はぁ……」と深いため息をつき、妙に納得した顔をした。
「驚きましたけど……柴田さんなら、まあ、あり得そうですね」
「納得するの早くないですか?」
「
彼女の適応能力の高さに感謝しつつ、俺は本題に入る。
「この事実を、国に対するカードにできませんか?」
白雪は腕を組み、考え込んだ。
その瞳に、仕事人の鋭い光が宿る。
カシャン、カシャンと脳内で計算機を弾く音が聞こえてきそうだ。
「……いけますね。それを使えば、国を動かせます」
白雪が顔を上げ、笑みを浮かべた。
「柴田さん、その権限を使って、今すぐ黄泉比良坂ダンジョンを『閉鎖』してください」
「えっ、閉めるんですか?」
「はい。そして国がパニックになったところで、『原因調査と管理のため』と言って、我々が名乗り出るんです。
ADAからも後押しして貰いましょう。黄泉比良坂ダンジョンを走破し、『転移陣』を開放したギルドが請け負うなら安心だとでも言わせればこちらのものです。
いわゆるマッチポンプですが、今の国なら飛びつきます」
すごい。
完璧な作戦だ。
だが、桜が心配そうに口を挟んだ。
「でも……それってちょっとズルくない? 国を騙すというか脅すみたいなことして、後で問題になるんじゃないかな?」
「うん、まあ、確かに手口としてはヤクザに近いけど……」
俺は苦笑しつつ、指を折って数え始めた。
「でもさ、よく考えてみてくれ。今まで俺たちのおかげで、ADAも国も相当稼いでるよな?」
「えっ?」
「ほら、オークションに出した『スキルオーブ』。あれ一つで一千億だぞ? 手数料と税金だけで数百億が国庫に入ってるはずだ。それにアーティファクトで稼いだ分も、ちゃんと納税されているし」
「あ……言われてみれば」
「それに、ADAからの無茶な依頼――例えばサンダー・ベル討伐とか、ダンジョン調査とかも、文句一つ言わずに——あれ、言ったっけ? まあ、解決してきただろ? 俺、めちゃくちゃ『いい子』だったと思うんだよ」
胸を張って言った。
そうだ。俺は日本のGDPに貢献し、治安維持にも協力してきた、模範的な納税者なのだ。
「これだけ国に貢献してるんだ。今回、俺のささやかな老後の夢——『美味しいかつ丼のための農場』を作るために、ちょっとくらい国に動いてもらっても、バチは当たらないよな?」
俺の主張に、桜は「うーん」と考え込み、やがてぷっと吹き出した。
「ふふっ、確かに。ひろくん、ずっと頑張ってきたもんね。数百億も税金払ってる人が『畑がほしい』って言ってるだけだもん、それくらい可愛いお願いかも」
「だろ?」
俺たちが笑い合うと、白雪さんも頷いて補足を入れた。
「それに、国にとっても悪い話ではありませんよ」
「と、言いますと?」
「もともと黄泉比良坂ダンジョンは、柴田さん達の調査結果を受けて、Sランクという高難易度指定に変更されています。そのせいで、今は近づく探索者も激減し、ほぼ『死に体』のダンジョンになっていますから」
そこまで深いダンジョンではないからか、浅い層から出現する魔物が強すぎるのに、ドロップ確率が辛いようで旨味がないらしい。
近場にもっとお手頃の儲けやすいダンジョンがあるそうなので、黄泉比良坂への来訪者は増えることなく、今では閑古鳥が鳴いているようだ。
「国やADAとしては、利用者がいないダンジョンからは税収も上がりませんし、管理コストだけがかかるお荷物です。
そこへ柴田さんが『管理してあげる』と申し出るわけです。しかも、我々が管理すれば、転移陣のような新しい発見やダンジョン機能の解放、高価値なアーティファクトが出てくる可能性もある」
「なるほど」
「国からすれば、使われないまま放置するより、柴田さんに暴れてもらった方が遥かに利益が出るわけです。まさにWin-Winですよ」
白雪さんの完璧なフォローに、俺は深く頷いた。
正当性は確保されたと言っても過言ではないな。
まぁ、黄泉比良坂に行く人がいないなら、誰も損はしないということだ。俺が得をするだけ。
これは再び世の役に立ってしまうな。うん。
「よし、決まりだ」
俺は立ち上がった。
不労所得へのロードマップが、今、鮮明に描かれた。
「まずはダンジョンを閉鎖して、国やADAを慌てさせる。その間に求人を出して、人材を確保する」
「ええ。ちょうど今、外には『働きたくてウズウズしている』有象無象が山ほどいますからね」
白雪は手元のタブレットで素早くスケジュールを組んでいく。
「頼めますか、白雪さん」
「お任せください。書類作成とADAおよび本省への根回しは私の得意分野です」
白雪さんはニッコリと、頼もしい笑顔で言った。
ただ目は笑っていない笑顔だ。瞳の奥で、カシャカシャと計算機の弾かれる音がした気がした。
「ただし。今回の件、国との折衝も含めた『超』高度な事務手数料になります。
「……はい、マカオの上がりから弾ませていただきます」
「交渉成立です」
こうして、俺のまったり不労所得計画は、日本政府を巻き込んだ一大プロジェクトへと変貌しようとしていた。
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