第161話 黄金のかつ丼

 だが——。


「普通のやり方なら、な」

「え?」

「桜、その失敗理由、全部『制御できなかったから』だろ? もし、魔物の湧きも、環境の変化も、魔力の濃度すらもコントロールできる『管理者』が運営するとしたら?」


 俺は先ほど確認した、黄泉比良坂ダンジョンの管理者権限――【魔物生成】や【環境調整】を思い浮かべる。

 俺の権限は限定的だが、特定の区画を多少弄ることくらいはできる。

 ティアもそれに気づいたのか、「ほう」と目を細める。


「なるほど。お主の権限で『絶対安全かつ環境が固定された土地』を作り、そこで商売をするというわけか。それならリスクは激減するのう」

「そうだ。となれば、あとは『何をやるか』だが……」


 俺は腕を組み、天井を見上げる。

 金儲けはもちろん大事だ。

 だが、せっかく自分のテリトリーを持つのだ。どうせなら、俺たちの生活が豊かになるような、金以外の付加価値が欲しい。

 

 食。

 やはり、食だ。

 最近、外食ばかりで胃が疲れている。

 桜の手料理は美味いが、スーパーで売っている野菜や肉の質には限界がある。


「農場を作ろう」


 俺の提案に、桜が小首をかしげる。


「農場? ダンジョンで?」

「ああ。黄泉比良坂の第2層。『豊葦原(とよあしはら)の枯野』だったっけ?

 あそこは広大な平原エリアで、土壌もしっかりしている。今は枯れ草だらけの殺風景な場所だけど、俺の権限で環境を整えれば、立派な農地になるはずだ」


 俺の記憶にある第2層は、見渡す限りの荒野だが、日当たりは良く、近くに綺麗な水源もある。

 あそこを【安全地帯】に設定し、開墾すれば……。


「ダンジョン農場か……。悪くない思いつきじゃな」


 ティアが感心したように頷き、ポテチの袋を置いた。


「さっきの話にも出てきておったが、ダンジョン内に満ちる魔力は、動植物にとっても極上の栄養源なんじゃ。魔力を吸って育った野菜は、地上のものではあり得ないほど味が濃くなり、栄養価も跳ね上がる。

 例えばトマト一つとっても、食えば体力が回復し、肌が若返る『霊薬』クラスの代物になるじゃろうな。かつて我が————いた時代にも、ダンジョンの果実は『神の食べ物』として珍重されておったわ」


 ゴクリ、と喉が鳴る。

 若返るトマト。神の食べ物。


 そんなものが市場に出れば、世の健康オタクやセレブたちが札束を持って殺到するのは目に見えている。

 だが、俺の脳裏に浮かんだのは、もっと俗物的な、しかし根源的な欲望だった。


「野菜だけじゃない。牧畜もできるよな? 魔素を食べて育った豚……」


 想像する。

 ダンジョンの大自然の中、ストレスフリーで育ち、魔素をたっぷりと含んだ草を食んだ豚。

 その肉質は、きっとピンク色の宝石のような輝きを放ち、脂身は甘くとろける極上の霜降りに違いない。


 それを厚切りにして、サクサクの粗めのパン粉を纏わせ、高温のラードで揚げて、甘辛い秘伝の出汁と、これまたダンジョン産の濃厚な卵でとじる。

 土鍋で炊いた、一粒一粒が真珠のように輝くダンジョン米の上に、その黄金の塊を鎮座させる。


「究極のかつ丼……」


 俺は夢見心地で呟いた。

 箸を入れた瞬間、サクッという音が脳髄に響き、中から肉汁の泉が溢れ出す。

 口に運べば、豚肉の野性味溢れる旨味と、脂の甘み、出汁の塩気が口の中でワルツを踊り、俺の理性を粉々に砕くのだ。


「食べたい……! 俺は、俺自身のために、世界一美味いかつ丼が食べたい!」

「ひろくん、ヨダレ。すごい出てるよ」


 桜に冷静に指摘され、慌てて口元を拭う。

 だが、桜は少し心配そうな顔をして、タブレットを閉じた。


「でもひろくん、ダンジョンで勝手に農業なんてしていいのかな? 法律的に」

「うっ」

「それに、せっかく美味しいお野菜作っても、他の探索者に見つかったら勝手に収穫されちゃったり、荒らされたりするんじゃない?

 今の法律だと『ダンジョンにあるものは拾った人のもの』っていうのがルールだし。いくらひろくんが育てても、通りすがりの人が『ラッキー、トマト生えてる』って持っていっても文句言えないよ?」


 痛いところを突く。

 確かにそうだ。

 いくら俺がシステム的に魔物を排除しても、人間が入ってきて盗んでいったら防ぎようがない。

 俺の権限で『人間を入れない』ことも可能だが、それをやると「なんでここだけ?」と怪しまれる。


「となると……土地そのものの占有権を主張するしかないか」

「ダンジョンを、ギルドのものにしちゃうってこと?」

「うん。前例はあるのかなぁ?」


 俺の問いに、桜は少し考え込み、またタブレットを検索し始めた。


「うん、いくつかあるみたい。特に海外では、軍需産業が特定のダンジョンを丸ごと買い取って兵器実験場にしてたり、大手企業が管理してたり普通にあるみたいだね。日本でも、一部の大手ギルドが『管理委託』という形で、事実上の占有をしてるケースはあるよ」

「管理委託、か」

「でも、それには国とかADAとの複雑な契約が必要みたい。素人が勝手に『ここ俺の土地!』って看板立てても、誰も認めてくれないと思うし、最悪の場合、不法占拠で逮捕されちゃうかも」


 やはり、法の壁か。

 俺には世界最強の力はあるが、法律の知識は一般人レベルだ。小難しい契約書なんて見ただけで眠くなる。

 こういう時、頼りになる専門家が必要だ。

 法律に詳しく、ADAの内情を知り尽くし、そして俺たちの味方である人物が。


「……白雪さんに聞くか」


 壁掛け時計に目をやる。

 時刻は午後一時を回ったところだ。

 ADAからの出向職員である白雪さんは、今日はADAに顔を出してから出勤すると連絡があった。何か伊達さんから喫緊の用件があると呼ばれているらしい。

 午後からこの【空飛ぶ大福】ギルドに出勤してくることになっている。


「そろそろ来る頃かな。あの人なら、何か抜け道を知ってそうだ」

「うん、確かに!」


 ピンポーン。


 絶妙なタイミングでインターホンが鳴る。

 インターフォンパネルのカメラが白雪の姿を映していた。

 噂をすれば影、だな。

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