第160話 ダンジョンビジネス
「——とはいえ、人を集めて何をする気じゃお主は」
ティアのその一言は、鋭利な刃物のように俺の思考のど真ん中を貫いた。
ポテチをつまむ手を止め、金色の瞳で見上げてくる幼女神龍。
その視線は、純粋な疑問に彩られているがゆえに、逃げ場がない。
俺は口を開きかけ、そして閉じた。
視線が宙を泳ぐ。
不労所得。働きたくない。桜とのんびり過ごしたい。うふふあははとじゃれ合いたい。
その欲望のヴィジョンは明確だ。なんなら16K画質で脳内に描かれている。
だが、そのための具体的なプロセス、つまり『従業員に何をさせるか』という点については――。
「…………」
沈黙がリビングを支配する。
時計の秒針の音だけが、カチ、カチ、と無慈悲に響く。
俺は冷や汗を一筋流し、震える声で答えた。
「……な、何も考えてなかった」
「アホウじゃ」
「あはは……」
ティアの容赦ない一言に、桜はあははと苦笑いで否定してくれない。
桜は、可哀想な子を見る目で俺を見ている。やめて、その慈愛に満ちた、悪戯小僧を苦笑いで見守るお母さんのような視線は、俺のライフを削るから。
「い、いや待て! 違うんだ! ビジョンはあるんだよ! ただ、具体的に『これだ!』という業種がまだ定まっていないだけで……!」
「はいはい、わかってるよひろくん。じゃあ、過去の事例でも調べてみる?」
桜が苦笑いしながら、手元のタブレットを操作した。
「これ、過去にいろんな企業や大手ギルドが挑戦して、そして盛大に爆死した『ダンジョン活用ビジネス』の失敗事例集だよ」
どどーん、という効果音が聞こえてきそうな勢いで、悲惨な見出しが並ぶ。
桜がどこからか取り出してきた小さな指示棒をピシッと振るう。
その顔は、出来の悪い生徒に現実を教える教師のように真剣だ。
【事例1:地底湖の『若返りの湯』温泉リゾート】
「まずはこれ。ダンジョンの地底湖を使った温泉施設。キャッチコピーは『魔素の力で、お肌も細胞も若返る奇跡の湯』。お肌がツルツルになるって評判で、予約三年待ちの大人気だったんだけど……」
「魔物が出たのか?」
「ううん。泉質に含まれる魔力が濃すぎて、長湯したお客さんが『魔力酔い』を起こしちゃったの。重度の魔力酔いは身体に障害を残しちゃうんだって」
「マジか」
「トドメに湯船から水棲型の魔物が出現し始めて。営業停止&賠償金で運営会社は倒産だよ」
「……」
【事例2:ダンジョン・グランピング『星降る夜のキャンプ』】
「次はこれ。浅層のセーフティエリアを使った宿泊施設ね。安全地帯だから魔物は出ないし、星空のような天井鉱石が綺麗って評判だったんだけど」
「これは良さそうじゃないか? テント張るだけだし」
「甘いよひろくん。そのダンジョン、ごく稀に『地形変動』を起こすダンジョンだったの。ある朝、宿泊客が起きたら、テントを張っていたエリアごと孤立した浮島になっていて、三日間漂流」
「うわぁ……」
「トイレに行くことも、満足な食事もできず。救助費用だけで数億円かかったって」
「……地獄だな」
【事例3:ダンジョン・コワーキングスペース『魔境オフィス』】
「『魔力が満ちた空間で、クリエイティブな閃きを!』っていう謳い文句のシェアオフィス。IT企業がたくさん入居したんだけど……」
「これは? パソコンが爆発でもしたか?」
「もっと怖いよ。高濃度の魔力に晒され続けた結果、持ち込んだ最新鋭のAIサーバーやPCが変質化しちゃったの」
「……は?」
「PCが勝手に『ボク、モウ働キタクナイ』って呪いのメッセージを吐き出して、顧客データを人質に人間に反乱を起こしたの。オフィス中の電子機器が人間に襲いかかって、最後は全員、LANケーブルで縛り上げられて救助されたそうだよ」
「……それはさすがに怪談とか都市伝説的なやつだよね?」
【事例4:ダンジョン・ブートキャンプ『魔力強化ジム』】
「探索者向けの強化事業ね。『ダンジョンの空気を吸いながらトレーニングすれば、魔力が体に宿って強くなる!』っていう触れ込みのジム」
「理屈は合ってる気がするな」
「でもね、魔力って目に見えないでしょ?
半年通った会員たちが『全然強くなった気がしない』『筋肉痛になっただけだ』って集団訴訟を起こしたの。結局、『効果には個人差があります』じゃ通じなくて、詐欺罪で立件」
「なるほど……。ステータス画面でも見えない限り、成長の実感なんて湧かないもんな」
【事例5:大手食品メーカーによる『ダンジョン農場』計画】
桜が最後のスライドを表示する。そこには、無残に食い荒らされたトウモロコシ畑の写真が映っていた。
「最後はこれ。ダンジョンの広大な土地、魔力を含んだ土壌に目をつけて、広大なトウモロコシ畑を作ったの。成長速度は地上の十倍。味も最高。大成功に見えたんだけど……」
「……見えたんだけど?」
「美味しすぎたの」
「え?」
「魔力をたっぷり吸った野菜は、魔物にとっても最高のご馳走だったのよ。収穫の前日、その匂いを嗅ぎつけた数十匹のオークと巨大イノシシ型魔獣が、防護柵を破壊して雪崩れ込んできたの」
「……!!」
「スタッフは命からがら逃げたけど、畑は全滅。結局、『人間が美味しい野菜を作るための場所』じゃなくて、『魔物のための餌場を作っただけ』だったってオチ」
桜はタブレットを閉じ、心配そうに俺を見た。
「ダンジョンビジネスって大変そうだよ?」
完璧なプレゼンだ。
ぐうの音も出ない。
どれもこれも、共通しているのはダンジョンの環境を甘く見ていたことによる失敗だ。
魔力の影響、地形の変化、予期せぬ副作用。それらが制御不能なリスクとして襲いかかってくる。
だが——。
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