第159話 管理者

「これを見よ」


 表示されたのは、どこかシミュレーションゲームの管理画面に似たインターフェースだった。


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【ダンジョンマスターコントロール】


 《保有者》H.Shibata

 《対象》マーコダンジョン:ジオフロントダンジョン:エリアWE

 《状態》安定 / 無効


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「……は?」


 俺は目を擦った。

 《保有者》H.Shibata

 所有者オーナー? 俺が?


「お主はあの時、ダンジョンのモノリス《コア》を書き換えたじゃろう? あれは単なる制御権の奪取ではない。所有権の移転契約じゃ。

 つまり、あのマカオのダンジョンは、今や限定的とは言え、お主の私有財産ということじゃよ。正規な手続きでない以上保有者扱いじゃがな」

「な、なんだってええええええっ!?」


 俺はガバッとソファから跳ね起きた。

 あまりの勢いに、隣に座っていた桜が「きゃ」と驚く。すまぬ。


「ちょ、待て! 聞いてないぞそんなこと! 俺、ダンジョン持ってるの!? 個人で!?」

「まぁ無理矢理奪った訳じゃから知らぬのも仕方ないがな。管理者権限への繋がりもほぼ切れておるし。

 じゃが、しっかりとその魂には権限が刻まれておるからの。権能がほぼなくとも、間違いなくお主は所有者じゃ」

「どういうことだってばよ」


 管理者権限とか接続とか切れているとか。ダンジョンを所有するとか。

 その意味を脳が理解しようとしてショートしかけた、その時だ。


「……ん? なんじゃこれ」


 ティアが怪訝な声を上げ、ポテチを持つ手を止めた。

 彼女は空中に浮かぶウィンドウをスワイプし、タブを切り替えるような仕草をする。

 すると、マカオの情報の裏に隠れていた、もう一つのウィンドウが前面に躍り出た。


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【ダンジョンマスターコントロール】


 《管理者》H.Shibata / 限定管理者権限

 《対象》黄泉比良坂ダンジョン:ミソロジーダンジョン:エリアWYQ

 《状態》安定 / 有効


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「んなっ……!?」


 今度はティアが絶句した。

 あの不敵な神龍が、目を丸くして画面と俺を交互に見ている。


黄泉比良坂よもつひらさか……? おいお主、なぜあそこの権限まで握っておるのか!?」

「は? 黄泉比良坂って、出雲のダンジョンのことか? いや、俺は何も……」

「何もしていないはずがない! 見よ、この『限定管理者権限』の文字を!」


 ティアが画面を指差す。

 確かにそこには、マカオの『保有者』とは違う、『管理者』という文字が表示されていた。

 彼女は少し考え込み、ハッとしたように膝を打つ。


「そうか……お主、あの時【次元を食らうものディメンション・イーター】とやらを討ち滅ぼしたと言っていたな?」

「ああ、あの八岐大蛇を食べちゃった気持ち悪いヤツ? 確かに倒したけど」

「それじゃな! あれが——に成り代わったとすれば——もあり得るか……奴を倒したことで、管理者権限のパスがお主に譲渡されてしまったのじゃろう……呆れた奴じゃ。知らぬ間にダンジョンの管理権限を手に入れておるとは」


 ティアは「やれやれ」と肩をすくめるが、その顔には隠しきれない興奮が見えた。


「つまり、俺は二つのダンジョンの管理者ってことか?」

「正確には違う。マカオは『保有者』。黄泉比良坂は『機能制限付きの管理者』じゃ。お主ができることには差がある」


 ティアが指を振ると、画面上に比較リストが表示された。

 俺たちに分かりやすくするためか、権限の強い順に【マスター】、【管理者】、【保有者】の権能が順に並べられていた。


 一番権能が多いのがマスターだ。

 情報規制とやらで結構な虫食いが多いが、推察も含めると大枠は読み取れる。


 例えば、ダンジョンの地形、階層、環境などを、所持魔力に応じて作成、変更が可能な【構造改変】。魔力を消費し、任意のモンスターを生み出し配置する【魔物生成】などだ。

 面白そうな権能として、ダンジョンへの【入場規制】やダンジョンからの【緊急排出】といったものもある。

 要はダンジョンの創造主あるいは支配者として、まさに神のような力をもつようだ。


 次に俺の属する管理者権限。まぁ俺の場合は『限定的』らしいが。

 こちらは権能がほぼない。というかあっても限定的だ。

 【構造改変】は、既にある環境の強弱を変更できるくらいだし、【魔物生成】も生成数の数を上下させるくらい。

 【入場規制】や【緊急排出】も使えはするが制限があるようだな。


 唯一使えそうな権能が【資源管理】だ。ダンジョンにどのような『資源』を生み出させるか、ある程度選択できるらしい。

 ダンジョンの資源とは、魔石だけでなくファンタジーな鉱石や金属、ポーション類の原料となる薬草等を言う。

 ダンジョンの形状にあった資源を選択できるというわけだ。


 最後に保有者。

 こちらは権能は存在しない。ただ『上がり』を得ることができるというだけだった。


「ひろくん、『あがり』ってなに?」


 横で一緒に見ていた桜が、質問を投げかけてくる。


「んとだな。ダンジョンは、侵入者の放つ魔力などを吸収する力があるみたいだな。

 そのほとんどはダンジョンの維持で消費されるが、余った分はダンジョンのマスターの養分になるらしい。マスターの器に余裕がある限り、どんどん強大な魔力を得るようになるんだって。それを『上がり』って言うらしいけど——そうか。要は『進化』か」


「まさかダンジョンの謎の一つが、こんなところで解明されるなんて思わなかったね」


 俺の答えを聞いた桜は苦笑いだ。


「それにしても。マスターの権能を見てしまうと、なんか、俺の方はショボく思えるな」

「贅沢を言うでない。お主はダンジョンを————した創造主ではないのじゃ。あくまで、既存のシステムを乗っ取った強盗のようなもの。構造そのものをイジることはできん」

「ちぇっ。自分好みの温泉リゾートダンジョンに改造できたら良かったのに」

「だが、『場』と『魔力』が溢れるダンジョンを自由に使えるのじゃ。やりようによってはお主の目的である『金儲け』には十分すぎる機能じゃと思うぞ」


 ティアがニヤリと笑い、【資源管理】の項目を指差す。

 

 ……確かに。

 冷静に考えれば、これだけでも凄まじいことだ。

 ただでさえダンジョン資源は需要過多で供給が追いついていない。何をせずとも資源が入手できるなら、それは不労所得への第一歩ではないだろうか。


 さらにそこからダンジョンという広大な土地を自由に扱えるというのであれば、不労所得体制を確実なモノにできる……かもしれない。


「黄泉比良坂ダンジョンは、ほぼ主のモノじゃから資源は選び放題じゃ。莫大な利益になるぞ」

「……」


 俺は生唾を飲み込んだ。

 俺の脳内で、札束の雨が降り注ぐ映像が鮮明に再生される。

 

 チャリンチャリンどころではない。

 これは、札束の豪雨だ。


「不労……所得……!」

「おお、目が輝いておるぞ」

「やるぞ。やってやる。俺は、この二つのダンジョンを経営する。そして、世界最高の不労所得システムを構築して、一生このソファから動かない生活を手に入れてやる!」


 俺が拳を握りしめて宣言すると、桜が不安そうに、しかし核心を突く質問を投げかけてきた。


「経営って……でもひろくん、誰がやるの? 資源回収とか、見回りとか、問題対応とか」

「え?」

「マカオと島根でしょ? ひろくん、ここから動きたくないって言ってたのに、毎日通うの?」


 ……あ。

 俺は固まった。

 そうだ。経営には実務が伴うじゃないか。

 俺がやりたいのはオーナーであって、現場監督ではないんだよ。


 ティアが「くくく」と喉を鳴らして笑う。くそう、バカにしやがって。

 だが、俺のまったりスローライフという名の不労所得生活を叶えるためには何かしらの手を打たないといけない。


「……人を雇うか」

 

 だが、この時の俺はまだ気づいていなかった。

 この従業員ギルドメンバーを集めるという行為が、俺の平穏な日常を再び騒がしくするトリガーになるということに。


 窓の外では、春の風が強く吹き始めていた。

 それは、これから巻き起こる嵐の予兆だったのかもしれない。


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