第156話 システムの裏側

「……あそこは、ただの隠しエリアじゃなかった。

 ジェームズ、俺たちはダンジョンを『自然発生した災害』だと思ってるだろ?」

「ああ。それが定説だ」

「違ったんだ。あれは、明確な意図を持って設計された『システム』だった」


 俺は脳裏に焼き付いたイメージを共有する。


石碑モノリスに触れた時、膨大なデータが流れ込んできた。

 理解できない言葉ばかりだったけど、その中で読み取れたのは、『地球』、『魔力』、そして『循環』という単語」

「循環……?」

「ああ。俺の感覚だけど……ダンジョンは、地球という世界に魔力を定着させるための巨大なパイプラインみたいなものなんだと思う。

 大気中や地脈に、何らかの処理をして、地球に魔力を循環させる。

 とにかく、地球を『魔力のある星』へと作り変えるための装置……テラフォーミング・マシンに近い印象を受けた」


 ジェームズの表情が強張る。

 彼は腕をさすりながら、鋭い視線を俺に向けた。


「テラフォーミングだと……?

 じゃあ、魔物はなんだ? 俺たちが戦ってるモンスターは、その工事現場の作業員とでも言うのか?

 それに、ダンジョンから産出される資源はどうなる?

 魔石や、お前が手に入れたようなアーティファクト……我々人類が血眼になって求めている富も、全てシステムの産物だってのか?」


「分からない。けど、仮説なら立てられる」


 俺は脳裏に残る『循環』という言葉から推測を組み立てた。


「魔物は……システムを守るための『抗体』か、あるいは循環の過程で生じた『廃棄物』かもしれない。

 資源に関しては……魔石は循環する魔力が結晶化した『燃料』か、フィルターに詰まった『不純物の塊』だろうな」


「夢のない話だな。じゃあ、ドロップアイテムは?」

「……人間をダンジョンに引き込むための『撒き餌』だとしたら、どうだ?」


 俺の言葉に、ジェームズが息を呑んだ。


「撒き餌、か……。

 俺たちが欲に駆られてダンジョンに潜り、魔物を間引くことさえも、システムの想定内。

 俺たちはシステムの手のひらで踊らされ、管理・維持を手伝わされている家畜ってわけか」


 ジェームズは苦々しげに顔を歪めた。

 だが、まだ疑問が残っているようだ。


「だがヒロユキ。撒き餌までして、なぜシステムは俺たち人類を招き入れようとする?

 勝手に地下で稼働していればいいものを、わざわざ人間を呼び込む理由は何だ?」

「……二つ、仮説がある」


 俺は指を二本立てた。


「一つは、俺たちが『掃除屋』としての役割を期待されている。

 魔物は、魔力を濾過、循環する過程で生じた『不純物』あるいは『カス』のようなものだとして。

 それが溜まりすぎれば、フィルターは目詰まりを起こす。つまりダンジョンというシステムが不具合を起こす。

 システムはそれを防ぐために、人間に武器を持たせ、自発的にゴミ処理をさせているんだよ」

「なるほどな。俺たちは配管掃除のバクテリアってわけか。……で、もう一つは?」


「俺たちが『運び屋』という役割」

「運び屋?」

「ああ。植物が虫を使って花粉を遠くへ運ぶように……システムは人間を使って、高濃度の魔力を地上へ拡散させている。

 魔石も、素材も、アーティファクトも、全ては魔力の塊だ。

 俺たちがそれを地上へ持ち出し、加工し、生活の中で使うことで……地球の隅々まで魔力が満たされていく。

 つまり、テラフォーミングを加速させるための『触媒』として、俺たちは利用されているのかもしれない」


 ジェームズが息を呑んだ。

 その顔色は、先ほどよりも蒼ざめて見えた。


「……ッ、そうか。

 俺たちが文明を発展させようと、魔石を使えば使うほど……誰かの計画通りに世界が書き換えられていく、ということか」

「あくまで妄想的な仮説だけどね」


 ダンジョン資源による豊かな生活。

 その裏にある、静かなる侵食。

 俺たちは、その便利さと引き換えに、何か取り返しのつかない変化を受け入れさせられているのかもしれない。


 俺はさらに、ダンジョンの構造についても言及した。


「それと、ダンジョンには階層構造があるみたいだ。

 あのダンジョンは、マカオ周辺のエリアを統括するメインダンジョンというヤツらしい。

 メインサーバーとサブサーバーみたいに、メインダンジョンの下には、無数のサブダンジョンがぶら下がっている。

 おそらく、世界中のダンジョンがネットワークのように繋がって、地球全体を覆っているんだと思う」


 ジェームズは腕を組み、深く息を吐き出した。

 その瞳には、戦慄の色が浮かんでいる。


「……メインとサブ、か。

 おいおい、笑えねぇ話になってきたな。

 実はな、アメリカ政府……ペンタゴンの連中も、似たような仮説を立てていたんだ」

「えっ?」

「『プロジェクト・ガイア』。

 世界各地に出現したダンジョンの配置が、あまりにも幾何学的で、人工的すぎるっていう研究結果だ。

 グランドキャニオンの巨大ダンジョンと、エリア51の地下で観測されたエネルギー波形が同期している、なんて噂もある。

 ……お前の話を聞いて、点と点が繋がっちまった気がするぜ」


 ジェームズは苦々しげに顔を歪めた。

 世界最強国家がひた隠しにしている真実の断片。それが、俺が見た情報と合致する。

 やはり、ダンジョンは『誰か』あるいは『何か』によって設置されたものなのかもしれない。


「で、お前はその『管理者』になった、ってわけか?」


 ジェームズの問いに、俺は首を横に振った。


「一時的なものだよ。

 あの時は、たまたま俺の恩恵ギフトかスキルが何かしらの効果を発揮して、無理やり権限を奪取できただけだ。

 今はもう、あの感覚はない。自分の意思で管理者権限を得ることは不可能だと思う」


 これは半分本当で、半分嘘だ。

 確かに、管理者権限への接続が切れた感覚はあった。ただ、あくまでもそれは『切れた』だけで、その仕組み自体は俺の身体のどこかに眠っている。

 だが、それを言うつもりはなかった。

 こんなヤバそうな機能、ないことにしておいた方が身のためだ。俺自身、できることなら記憶から抹消したい。


「そうか。……なら、その方がいい」


 ジェームズは俺の目を見て、安堵したように息を吐いた。

 嘘をついているかもしれないと疑いつつも、それ以上踏み込まないでいてくれている。

 それが、彼の優しさだった。


「神様の真似事なんて、人間がやるもんじゃねぇよ。そんな重荷、背負い込む必要はねぇ。

 俺たちは、与えられたフィールドで足掻くだけで十分だ」

「ああ。肝に銘じるよ」


 ジェームズは立ち上がり、俺の肩をガシッと掴んだ。


「この話は、墓場まで持って行ってやる。

 アメリカ政府には『ダンジョン深層に、未知の古代文明の遺跡らしきものがあった』程度に、上手くボカして伝えておくさ。

 システムだのサーバーだの報告したら、お前が拉致監禁されちまうからな」

「……恩に着るよ、ジェームズ」

「気にするな。友人をモルモットにさせる趣味はねぇよ」


 ジェームズはニカっと笑い、病室のドアへと向かった。

 そして、去り際に振り返る。


「ヒロユキ。

 お前はもう、ただのランクワンじゃない。世界の『特異点』になっちまったのかもしれん。

 だが、忘れるなよ。お前はお前だ。

 ……またどこかで会おうぜ、戦友」

「ああ。また会おう」


 ジェームズはひらりと手を振り、病室を出て行った。

 戦友。

 その言葉の響きが、胸に熱く残った。


 俺は窓の外を見た。

 マカオの空は、今日も突き抜けるように青かった。

 世界は何一つ変わっていないように見える。

 だが、この空の下で、見えないシステムが静かに稼働し続けている。

 

 それでも、俺は生きていく。

 この厄介で、謎だらけで、けれど愛おしい世界で。

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