第154話 システムダウン

 世界が、反転した。

 俺の掌が【黒い石碑モノリス】に触れた瞬間、背後の戦闘音も、仲間の叫び声も、熱気さえもが遠のき、意識が強制的に別の領域へと引きずり込まれた。


 そこは、光の奔流だった。

 上も下もない。時間という概念すら曖昧な情報の海。

 俺の脳内にある【解析】という受け皿めがけて、銀河一つ分に匹敵するような膨大なデータが雪崩れ込んでくる。


「ぐ、ぅぅぅぅぅ……ッ!!」


 脳が焼ける。

 血管にマグマを流し込まれたような激痛が全身を走る。

 通常の人間の脳なら、コンマ1秒で廃人になっていただろう。だが、俺の【解析】が自動的に防波堤となり、情報の奔流を濾過し、俺が理解できる形へと変換していく。


 『……System Check... All Green...』

 『……Area ... Main Server... Connection Established...』


 視界を埋め尽くす、無数の文字列。

 ルーン文字のようであり、数式のようであり、あるいはプログラミング言語のようでもある。

 俺は必死に意識を保ちながら、その奔流の中から意味を探し求めた。


 このダンジョンは何だ?

 あの機械仕掛けの鳥は何だ?

 俺たちは、一体何の上に立っているんだ?


 問いかけに対する答えが、断片的なノイズ混じりの言葉となって浮かび上がる。


 『……Earth地球……』

 『……Mana魔力……Circulation循環……』


「……魔力の循環……?」


 その単語が、強烈な違和感と共に脳裏に焼き付く。

 ダンジョンは、ただ魔物や資源を生み出す迷宮ではない?

 地球という世界に魔力を循環させるための巨大なプラントがダンジョン?

 なぜ? 何のために?


 だが、思考する暇はない。

 今は、あの破壊兵器を止めることが先決だ。


 俺は情報の海を泳いだ。

 セキュリティの壁が幾重にも立ちはだかる。

 『拒絶』、『排除』、『消去』。

 モノリスからの攻撃的な意思が、俺の自我を削り取ろうとする。


 ――負けるか。

 後ろでは、桜たちが命を削って戦っているんだ。


 俺は歯を食いしばり、【解析】の出力を限界突破させた。

 こじ開ける。力ずくで、この堅牢な扉を。


 『……Warning警告... Intruder Detected侵入者を検知...』

 『……Analysis Skill解析スキル... Verifying検証中...』


 モノリスの抵抗が弱まる。

 俺のスキルが、システムの深層に到達した。

 文字化けの羅列が、徐々に意味のある文字列へと再構成されていく。


 『……Authority Confirmation...』

 『……Soul Signature... ID: H.Shibata... Matched.』


 俺の名前だ。

 なぜ? モノリスが俺と何を合致マッチさせた?

 疑問が氷柱のように胸に突き刺さるが、システムは無機質に処理を進める。


 『……Verification Complete.』

 『Limited限定的 Admin Authority管理者権限, Approved承認.』


 脳内で、何かが繋がる音がした。

 同時に、モノリスから放たれた青白い光が、俺の肉体を包み込む。

 細胞の一つ一つが書き換えられ、この空間の『異物』から『構成要素』へと昇華されていく感覚。


 理解した。

 今の俺は、この空間のルールそのものだ。


 ■


 現実世界。

 そこでは、絶望的な防衛戦が繰り広げられていた。


「ぐおォォォッ!!」


 ジェームズが苦悶の声を上げ、吹き飛ばされる。

 彼の自慢の筋肉の鎧は、無残にも焼け焦げ、左腕の肉がごっそりと抉り取られていた。

 物理攻撃無効。攻撃を受ければ消去。

 ジェームズ自身の肉体が削られていくしかない、理不尽な戦い。


「ジェームズ様ッ!!」


 エミリーが悲鳴を上げながら、引き金を引く。

 銃身が赤熱し、今にも融解しそうだ。

 彼女の放つ魔弾は正確に【朱雀】の関節部を捉えているが、着弾した瞬間に『無効化』され、傷一つつけられない。


「くそぉぉっ!!」


 最後の足掻きとばかりに、無理矢理の連射。

 しかし、全く効果を与えられないまま、エミリーは大切な銃を落としてしまう。


 幸運かどうか。

 銃が融解し暴発する前に、エミリーは精神力を使い果たし、気を失ってしまった。


「はぁっ、はぁっ、くぅ……ッ!」


 桜も限界だった。

 多重展開した《聖光の盾》は、ことごとく砕かれ、残るは最後の一枚のみ。

 鼻から鮮血が滴り落ちる。魔力枯渇のサインだ。


 対する【朱雀】は、無傷。

 機械仕掛けの神鳥は、冷徹な眼光で虫けらたちを見下ろしていた。


『脅威度、低下。殲滅シークエンスへ移行』


 無機質な思念が空間に響く。

 【朱雀】が大きく翼を広げた。

 その胸部コアに、これまでとは比較にならない高密度のエネルギーが収束していく。

 周囲の空間が歪み、白い床が振動で鳴動する。


 ――終わりだ。

 誰もが死を覚悟した。

 ジェームズが動かない左腕を抱えながら、それでもなお、桜とエミリーを背に庇うように立ち塞がる。


「……へっ、ここまでかよ。だが、安くは売らねぇぞ……!」


 【朱雀】の口が開く。

 放たれるのは、全てを無に帰す消滅の光。


 極太の熱線が、ジェームズたちを飲み込まんと放たれた。


 だが。

 その光が彼らに届くことはなかった。


 まるで時が止まったかのように。

 放たれたはずの熱線が、空中で静止し、ガラス細工のように砕け散ったのだ。


「……な?」


 ジェームズが目を見開く。

 砕け散った光の粒子の向こう側。

 そこには、一人の男が石碑モノリスに向かったまま立っていた。


 全身に青白い燐光を纏い、片手で熱線を『握り潰した』男。


「……ひろくん」


 ■


 俺は静かに振り返り、ボロボロになった仲間たちを見た。

 怒りが、腹の底から湧き上がってくる。

 だが、思考は氷のように冷徹だった。


「待たせたな。ここからは、俺のターンだ」


 俺は一歩、前に出る。

 それだけで、空間全体が俺の意志に従って震えた。


《警告。管理者権限の干渉を検知。攻撃が無効化されました》


 【朱雀】が混乱したように首を巡らせる。

 俺はゆっくりと、宙を歩くように【朱雀】へと近づいていく。

 足場などない空中に、俺が足を下ろすと同時に光の足場が生成される。


「悪いが、お前の『権能』は奪わせてもらったよ」


 俺は右手を掲げた。

 今までの俺は、システムという名のルールの下で踊らされるプレイヤーだった。

 攻撃が通じないのも、防御されるのも、それがこの空間の『設定』だったからだ。


 だが、今は違う。

 俺には権限がある。【全てはあなたの心のなかにある】のだ。

 『攻撃を通す』というルールを、俺が定義できる。


《対象を再評価。危険度、SSS。排除行動を再開。否定。対象から管理者権限を確認。不明、不明、不明!!》


 混乱したように【朱雀】が翼を羽ばたかせ、それでも無数の誘導ミサイルのような火球を放つ。

 だが、俺は避けなかった。


削除キャンセル


 俺が短く呟くと、迫りくる火球は、あたかも最初から存在しなかったかのように空中で消失した。

 物理的な破壊ではない。存在の消去だ。


 俺はさらに距離を詰める。

 【朱雀】が甲高い鳴き声を上げ、直接攻撃を仕掛けてくる。

 巨大な鉤爪が俺の頭上から振り下ろされる。

 ジェームズの腕を抉った、必殺の一撃。


 俺はそれを、左手一本で受け止めた。


 重金属がぶつかり合うような音が響く。

 俺の体は微動だにしない。

 俺の周囲に展開された『絶対防御領域』が、物理干渉を完全に遮断している。


「……こんなもんか」


 俺は冷ややかな目で、目の前の巨大な機械を見上げた。

 かつては絶望的な強敵に見えた。

 だが、裏側を知ってしまえば、こいつもただの『つくられたもの』に過ぎない。


「役目は終わりだ。還れ」


 俺は右手に、ありったけの魔力を収束させた。

 通常の魔法ではない。

 管理者権限によって増幅され、この世界への干渉力を付与された、殲滅魔法。


 大気中の電子が集まり、俺の手の中で太陽のような輝きを放つ。

 バリバリバリッ!!

 空間に亀裂が走るほどのエネルギー密度。


「墜ちろ――《神鳴・雷霆ディバイン・ケラウノス》」


 俺は光の槍と化した雷撃を、ゼロ距離で【朱雀】の胸部コアに叩き込んだ。


 音が、光に置き去りにされた。

 天地を揺るがす轟音と共に、黄金の雷光が【朱雀】の巨体を貫通する。

 装甲も、防御シールドも、再生機能も、全てが無意味だった。

 雷撃は世界そのものを焼き切り、【朱雀】を構築している全てを物理的に破壊していく。


『Critical Error... System Down...』


 断末魔のようなエラー音を残し、【朱雀】の体が内側から崩壊を始めた。

 炎が消え、幾何学的なパーツが砂のように崩れ落ち、光の粒子となって霧散していく。


 数秒後。

 そこには、何も残っていなかった。

 圧倒的な静寂だけが、虚空の空間に戻ってきた。


「……終わった、か」


 俺は、纏っていた青白い光が消えていくのを感じた。

 同時に、管理者権限の接続が切れたのが分かった。

 無理やりこじ開けた反動だろう。


 ズキン、と脳の奥で強烈な痛みが爆発した。


「ぐっ……」


 視界が暗転する。

 体が鉛のように重い。

 ああ、これが魔力枯渇ってヤツか。


 俺は膝から崩れ落ちた。

 意識が遠のく中、遠くで仲間たちが駆け寄ってくるのが見えた。


「ひろくん!!」

「ヒロユキ!!」


 エミリーが倒れているけど、生きているのは分かった。 

 ああ、みんな無事だったか。よかった。


 俺は安堵と共に、深い闇へと落ちていった。

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