第149話 マーコダンジョン

 マカオの空は、昨夜の重苦しい曇天が嘘のように晴れ渡っていた。

 南国特有の湿気を孕んだ風も、今日ばかりは冒険の幕開けを祝うファンファーレのように心地よく感じる。

 これも全て桜が来たお陰だな。


 俺たちはマカオ半島から長い橋を渡り、コタイ地区の外れにある【マーコダンジョン】――通称【黄龍の迷宮】へとやってきた。

 その名前の由来は、マーコダンジョンのマスターに由来するそうだ。

 まぁこれから倒しに行くわけなので、その時に分かるだろう。


「ここがダンジョン? なんだかテーマパークみたいだね」


 隣を歩く桜が、目を丸くして周囲を見回す。

 彼女の言う通り、ダンジョンの入り口周辺は完全に観光地化されていた。


 極彩色で彩られた中華風のゲートをくぐると、『黄龍まんじゅう』や『迷宮クッキー』を売る屋台が軒を連ね、記念撮影用の巨大なドラゴンのオブジェの前では、世界各国の観光客がポーズをとっている。


 殺伐とした日本のダンジョンとは違い、どこか陽気でお祭り騒ぎのような雰囲気が漂っていた。


「まあ、ここは低難易度ダンジョンとして有名みたいだよ。

 10階層までの浅い構造で、浅層であれば出てくる魔物も弱い。初心者向けのレベリングスポットとして人気なんだって」


 俺が昨日仕入れた知識を披露すると、後ろを歩いていたジェームズがニヤっと笑った。


「ニューヨークの【ブルーノートダンジョン】と似たようなもんだな。ボスもただデカいトカゲだし、初心者の登竜門ってやつだ。

 ……まあ、今回はその『先』があるって話だがな」


 ジェームズの視線が、俺の背中のリュックに向けられる。

 そこには、昨夜オークションで落札した石板――【深層ゲートキー】が入っている。


「ああ。楽しみにしてて。上手くいけばきっと面白くなるはず……多分、きっと」

「なんで尻すぼみになっていくんだよ。そこは堂々と頼むぜ。久々に血が騒ぐ」


 ジェームズはボキボキと指を鳴らす。

 その隣で、エミリーが身の丈ほどもある巨大なライフルケースを背負いながら、ふんっと鼻を鳴らした。


「ふふっ、ジェームズ様の前でいいところを見せなくては……!

 わたくしの愛銃で、魔物をハチの巣にして差し上げますわ!」


 やる気満々だ。

 俺たちはゲートでの手続きを済ませ、迷宮の内部へと足を踏み入れた。


 ◇


 ダンジョン内部は、黄土色の岩肌が続く洞窟タイプだった。

 天井には発光する苔が群生しており、照明がなくても視界は良好だ。


 地下1階から3階までは、一般の観光客や初心者探索者で賑わっていたが、地下5階を過ぎたあたりから人の姿がまばらになり、空気中の魔力が上がってきた。

 観光気分はここまで。ここからが魔境ダンジョンなんだろう。


「グルルルゥ……!」


 通路の奥から、複数の影が現れた。

 【ロックリザード】。

 岩のような硬い皮膚を持つ、体長2メートルほどのトカゲ人間だ。手には粗末な石斧を持っている。

 数は10体ほど。初心者ルーキーを抜けるかどうかの探索者パーティなら苦戦する数だ。


「おっと。お出ましだな、お客さんたち」


 先頭を歩いていたジェームズが、楽しそうに口角を上げた。


「ここは俺たちに任せてもらおうか。

 ヒロユキと桜ちゃんは、後ろで見学しててくれ」

「えっ、でも……」

「いいからいいから。ここらでカッコいいとこ見せないとな! 今のままじゃ陽気なイケオジキャラで終わってしまうだろ?

 ってなわけで、行くぞエミリー!」

「はいっ! お任せくださいませジェームズ様!」


 ジェームズが地面を蹴った。

 速い。

 190センチの巨体とは思えない俊敏さで、瞬く間にロックリザードの群れに突っ込む。


「オラァッ!!」


 岩盤を砕くような破砕音が洞窟内に響き渡った。

 先頭にいたロックリザードの上半身が、ジェームズの右ストレート一発で消し飛んだのだ。


 肉片と石の破片が散弾のように飛び散り、後続の魔物を怯ませる。

 武器も魔法も使っていない。ただの『正拳突き』。

 それだけで、鋼鉄並みの硬度を持つ魔物が紙屑のように散っていく。


「ふんッ、ハッ、セイヤッ!!」


 ジェームズは流れるようなボクシングスタイルで、次々とロックリザードを粉砕していく。

 回避行動すら取らない。敵の攻撃を筋肉の鎧で受け止め、カウンターで沈める。

 圧倒的な『暴力』の化身だ。


「ギャッ、ギャアアア!?」


 仲間を次々と葬られ、恐怖したリザードたちが距離を取ろうとする。

 だが、その隙を後方のエミリーが見逃すはずがなかった。


「逃がしませんわよ!

 起動――<魔弾生成マナ・バレット>!」


 エミリーが構えた巨大な対物ライフル――バレットM82を魔改造したような無骨な銃身――に、幾何学模様の回路が青白く浮かび上がる。


 彼女の銃は、火薬を使わない。

 【魔導銃】と呼ばれるそれは、使用者の魔力を吸い上げ、圧縮・硬質化し、物理的な弾丸として射出する超高級武装だ。

 銃身に刻まれた魔導回路が、命中精度と威力を底上げし、戦車すら貫く一撃を生み出す。


「消えなさい!」


 狭い洞窟内に、雷鳴のような銃声が轟く。

 エミリーの銃口から放たれた蒼い閃光が、空気を切り裂いて直進した。


 弾丸は一匹のロックリザードの頭部を粉砕し、そのまま後ろにいたもう一匹の胴体を貫通し、さらに背後の壁に真っ黒な焦げ後をつけた。

 一撃必殺。しかも貫通弾だ。


「次! 次ですわ!」


 エミリーは反動を華奢な体で受け流し、次々と魔弾を放つ。

 百発百中。

 逃げ惑うロックリザードたちは、一歩も近づくことすら許されず、次々と頭を弾けさせて絶命していく。


「オーッホッホ! 見ましたか!

 わたくしの華麗なる射撃を!」


 エミリーが高笑いしながら、銃身から立ち昇る魔力の残滓を払う。

 その動作は流れるようにスムーズで、彼女がただのお嬢様ではなく、熟練のガンナーであることを証明していた。


「……すごいね、あの人たち」


 桜が感心したように呟く。


「ああ。さすがはランク2と……その追っかけだ。格が違うな」


 あっという間に10体のリザードは全滅した。

 ジェームズが涼しい顔で戻ってくる。汗一つかいていない。


「どうだヒロユキ。俺たちもまだまだ捨てたもんじゃないだろ?」

「ああ、お見事としか言い様がないよ」

「ふんっ! 当然ですわ!」


 エミリーが鼻高々に胸を張り、俺を見下ろすような視線を向けてくる。


「わたくしたちにかかれば、こんな魔物、赤子同然ですわ。

 おじさまたちが出る幕はありませんことよ? 後ろで震えていらっしゃっても構いませんわ!」


 彼女は完全に上機嫌だ。

 まあ、確かに彼女の実力なら、この程度の階層は余裕だろう。


 だが、このまま一方的に守られるのも癪だ。

 それに、桜もウズウズしているようだ。


「じゃあ、次は俺たちがやるよ。桜、いいか?」

「うん! 準備万端だよ!」


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