第146話 掘り出し物
「……おい、ヒロユキ」
低い声。
そこには、先ほどまでの陽気なおじさんの雰囲気はなく、ランク2の探索者としての底知れない圧があった。
個室の空気が張り詰める。
「お前、『見える』のか?」
「……うん? 何が?」
俺は平静を装ってグラスを回したが、内心では冷や汗をかいていた。
やりすぎた。エミリーを止めるためとは言え、解析した結果を言い過ぎた。
「とぼけるな。お前のその目だ。
さっきから、出品物を見た瞬間に判断を下している。迷いがない。
ただの勘や知識レベルじゃない。まるで、そのアイテムの『正体』が見えているかのような反応だ」
ジェームズが体を少しこちらに向け、声を潜める。
「……
お前が【鑑定】スキル、あるいはそれに類する希少な力を持っているんじゃないかってな」
ジェームズの瞳が、俺の奥底を探るように光る。
脅しではない。純粋な忠告と、そして探究心だ。
「そもそも、お前のギルドの【大福ライブラリ】。あそこまでの詳細なデータ、ただの分析好きで集められるもんじゃない。
……どうなんだ? 俺にくらい、本当のことを教えてくれてもいいんじゃないか?」
カマをかけられた。
やはり、この男は鋭い。ただの豪快な筋肉おじさんではない。
ただなぁ。ここで「はいそうです」と答えるわけにはいかない。【解析】という権能の存在は、俺の切り札であり、弱点にもなり得るからだ。
だが、完全に否定しても、この男は納得しないだろう。
俺は深いため息をつき、胸ポケットをポンと叩いた。まるでそこに『大切なもの』があるかのように。
「……参ったな。ジェームズには隠し事はできないな」
俺は諦めたようにため息をつき、苦笑してみせた。ナイス演技だ。多分オスカーもびっくりだろう。
「以前、ダンジョンで拾ったアーティファクトなんだ」
「アーティファクト……?」
ジェームズの視線が、俺の胸のポケットに吸い寄せられる。
「うん。意識したものの『正確な名称』と『簡単な説明』が表示されるんだ。
ただ、やっぱり巷で想像されている【鑑定】スキルほど効果はないんだ。詳細な数値までは出ないし、そもそも出ないこともある。
言ってみれば『劣化鑑定』みたいなもんかな」
アーティファクトに注目すれば、誰でもそのアイテムの『名前』は知ることができる。
ただ、実はその名前は正確ではないことがある。
俺も解析を使い始めて分かったことだけど、必要最低限の情報しか出ないんだ。
例えば、さっきの【魔剣ダイン】も、みんなの脳裏には【魔剣ダイン】と出ていると思うが、俺の解析では【魔剣ダイン(量産型)】とオマケの情報まで出てくる。
なかなかダンジョンも狡いことをしてくれる訳だ。
「へえ……。そんな便利なもんがあるのか」
「ただ、本当に全ての情報が出る訳ではないし、真偽も証明できない。だから【鑑定】スキル持ちとは言いたくないんだよね」
ジェームズは興味深そうにポケットを見てくるが、それを見せろとは言ってこなかった。
紳士だ。
「……なるほどな。それで【大福ライブラリ】か。
お前がダンジョンに関してはまだまだ経験が浅いのに、とんでもない知識を持ってる理由が腑に落ちたぜ」
ジェームズはニヤリと笑い、背もたれに体を預けた。
どうやら、納得してくれたようだ。
俺は心の中で大きく安堵の息を吐いた。
エミリーが「見せなさい」とか「売りなさい」とか言っているのは、完全にスルーした。
そんな俺たちの腹の探り合いを他所に、最前列ではジェン・リーが暴走を続けていた。
「8000万ドル!」
「1億ドル!」
彼は、俺が心の中でゴミと判定したアイテムを、片っ端から高額で落札していく。
さすがにドラゴンの卵(笑)は落札しなかったが、古代の秘薬(ただの腐った水)も、深海の魔鎧(ただ重い鎧)と次々と競り落とした。
そして落札するたびに、会場を見回し、悦に入っている。
数打ちゃ当たる戦法なのか、いくつか『当たり』の品もゲットしているが、明らかにゴミが多いのに粋っているのは……。
「……哀れだな」
「ああ。金があるのはいいことだが、使い方が成金すぎる。本物を見る目がない奴は、いつか必ず足をすくわれるさ」
ジェームズが肩をすくめ、ワインを煽った。
ジェン・リーの無駄遣いのおかげで、俺の懐は痛まずに済んでいるが、このままでは本当に欲しい物が出てきた時に面倒だ。
……まあ、今のところ欲しい物なんて一つもないが。
◇
競りは進み、目玉商品も出尽くして、会場の空気が少し弛緩した頃だった。
煌びやかな財宝や強力な武器の出品が終わり、残るは『その他』の雑多な品々だ。
ステージに運ばれてきたのは、ワゴンに乗せられた泥だらけの物体だった。
スポットライトが当たっても輝きもしない。
ただの、汚い石板だ。
装飾もなく、ところどころ欠けており、誰かが工事現場から拾ってきた瓦礫にしか見えない。
「えー、次は……詳細不明の石板です。
【マーコダンジョン】から産出されたものですが、鑑定不能。魔力反応も微弱です。
正直、我々も出品するか迷ったのですが……まあ、歴史的な資料価値があるかもしれませんので」
司会者の言葉にも覇気がない。
会場からは失笑が漏れる。
「なんだあのゴミは」
「泥だらけじゃないか。会場が汚れるぞ」
「捨てろよ。時間の無駄だ」
あからさまな嘲笑。野次が飛ぶ。
誰も興味を示さない。
最前列のジェン・リーも、不快そうに鼻を鳴らし、シャンパングラスを傾けて隣の女性と談笑している。
見る価値もない、といった態度だ。
だが。
俺の心臓は、早鐘を打っていた。
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【深層ゲートキー:マーコダンジョン】
マカオに誕生したマーコダンジョンの未発見エリア――深層『龍の寝所』への通行証。
迷宮の最下層にある特定の祭壇で使用することで、隠されたポータルを開くことができる。
未踏破領域への唯一の鍵。
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――当たりだ。
俺の手が、震えそうになるのを必死で抑えた。
これだ。
今回のオークション、最大の当たりくじ。
ジェン・リーが数億ドルで落札したガラクタの山など比較にならない、正真正銘ののお宝だ。
【マーコダンジョン】は、マカオで発見された最初期のダンジョンだ。階層は浅く、出てくる魔物も強くないため、既に攻略されている。
旨味のないダンジョンと判断され、今では初心者向けの観光地を兼ねたダンジョンと化している。
その最奥、誰も知らない深層への鍵。
そこには、未知のアーティファクトが眠っているはずだ。
会場の空気は冷え切っている。
誰も手を挙げない。
このままでは、流れて廃棄処分になってしまうかもしれない。
「……見つけた」
俺は小さく呟き、静かに右手を挙げた。
震える声を抑え、努めて冷静に。
「――1万ドル」
その声は、静まり返った会場によく響いた。
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