第144話 マカオ闇オークション
翌日。
日中はセナド広場や聖ドミニコ教会、聖ポール天主堂跡などの観光地を巡り——もちろん一人でだ——、タイパビレッジで食べ歩きを楽しんだり、お土産を買ったりしてして過ごした。
変なトラブルに巻き込まれることなく平和な観光を楽しんだ訳だが、ちょっと物足りない気がするのはなぜだろう。
おかしい。俺の求めていたまったり生活ってこういうことを言うんじゃないんだろうか。
ここ最近立て続けにデカ目のイベントが続いたせいで、俺の感覚がおかしくなってしまっているのかもしれない。
ホテルに戻る間に、イタリアのヴェネチアを模したショッピングモールを通った時、橋の上でふっと自分について考えてみたりした。
そんなことをしていると、あっという間に時間は過ぎ、本番の時間が迫ってきた。
マカオの空は、湿気を孕んだ重たい曇天だったが、俺たちの向かう場所には関係のないことだった。
地上の天気など意にも介さない、欲望と黄金で満たされた地下帝国。
それが、今日の戦場だ。
宿泊している『
エレベーター内の鏡に映った自分を見る。
白雪さんの紹介で、ADAから購入した黒のフォーマルスーツ。
生地は最上級のシルク混紡で、動きやすさと防弾・耐刃性能を兼ね備えた特注品だ。
どこのスパイ映画の装備だよ、と思わないでもないが、テンションは上がってしまうのは俺が男の子だからか。
普段のラフな格好とは違い、少し背筋が伸びる思いがする。
ネクタイを締め直し、俺は息を吐いた。
「似合ってるじゃねえか、ヒロユキ。どこぞの若手実業家に見えるぜ」
隣でニカっと笑うのは、白のタキシードを粋に着こなしたジェームズ・ウィックだ。
190センチを超える長身と、鍛え抜かれた肉体。それを包む純白のタキシードは、彼がただの筋肉だるまではなく、洗練された紳士であることを主張している。
オールバックに撫で付けた金髪と、ブルーグレーの瞳。
映画俳優が裸足で逃げ出しそうなほど様になっている。さすがはランク2。
お前にならスパイ映画の主人公役を譲ってやろう。くそう。
「ジェームズも。マフィアのボスか、カジノのオーナーにしか見えないよ」
「ハハッ、違いねえ。今日は暴れるんじゃなくて、金をばら撒きに来たんだからな。形から入るのも重要だ」
ジェームズが豪快に笑う。
俺にしては珍しく、まだ知り合って間もない相手でも、フランクな口調で喋っている。
これも海外旅行効果なのかもしれないな。
そして、俺たちのもう一人の連れ――エミリー・スチュアートが、くるりとその場で回ってみせた。
「どうですの? わたくしのドレス姿は! 見惚れてしまいましたか?」
彼女が纏っているのは、深紅のイブニングドレスだ。
上質なベルベット生地が、彼女の若々しくも引き締まった肢体を優美に包み込んでいる。
背中が大胆に開いたデザインは、彼女の滑らかな白い肌を際立たせ、金髪の縦ロールと相まって、どこぞの王族の令嬢と言われても疑わないほどの気品を漂わせていた。
……いつもの無骨なガンベルトと、背中の対物ライフルさえなければ、だが。
今日はさすがに武装解除させられているため、見た目は完璧な深窓の令嬢だ。中身は火薬庫だが。
「ああ、似合ってるよ。喋らなければ完璧だ」
「もう、一言多いですわよ! もっと素直に『美しいよ、エミリー』と言えませんの!?」
「はいはい、美しい美しい」
「心がこもっておりませんわーっ!」
エミリーが頬を膨らませてポカポカとジェームズの腕を叩く。
え、なにそのイチャイチャ。
げっそりと二人のやり取りを見守るが、互いに華があるので嫌みになっていない。だが面倒くさい。
俺と桜のやり取りも、端から見ればこんな感じなのかもしれない……。気をつけなければ。
「ちょっと、あなたも私を褒め称えるべきではなくて?」
「あーはいはい。きれいだとおもいますよ」
「まぁあなた程度には私の美しさは理解できませんか」
何この子?
え? 処していい?
ジェームズが後ろで「許してやってくれ。後で俺から叱っておくから」的な顔をしているのでしゃーなしで許してやる。
まぁ子どもの——それも特級階級のやることにいちいち目くじら立てても仕方ないか。
「まあ! なんて煌びやか! まるで舞踏会ですわね!」
エレベーターの扉が開き、会場へのエントランスホールに出た瞬間、エミリーが声を弾ませた。
そこは、地上のホテルフロアとは一線を画す、異様な熱気に包まれていた。
床には深紅の絨毯が敷き詰められ、壁面には金箔が施された龍のレリーフが踊る。
天井からは巨大なクリスタルのシャンデリアが吊り下げられ、数千個の輝きが、下界の欲望を照らし出していた。
行き交う人々もまた、只者ではない。
各国の富豪、石油王、裏社会のドン、そして名のある高ランク探索者たち。
葉巻の紫煙と、高級な香水、そして隠しきれない魔力と殺気が入り混じり、むせ返るような独特の空気を醸成している。
「はしゃぐなよ、お嬢ちゃん。ここは金と欲望が渦巻く魔都の胃袋だ。気を抜けば骨までしゃぶられるぞ」
ジェームズが苦笑しながら釘を刺すが、エミリーは聞く耳を持たず、キョロキョロと会場を見渡している。
まあ、彼女の実家も相当な太い家柄らしいから、こういう場には慣れているのかもしれないが、ここは『裏』の社交場だ。何が起きても不思議ではない。
と、こんな『裏』どころか『表』でもこんな場所に来たことがない俺が偉そうにしているのが笑えた。
俺たちが、案内されたVIP席へ向かおうとした、その時だった。
ザワッ……と。
会場の空気が、ピリリと凍りついた。
まるでモーゼの十戒のように、雑多な人混みが左右に割れる。
そこを、悠然と歩いてくる一団があった。
「おや。誰かと思えば、負け犬のアメリカ人じゃないか」
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