第139話 豪運と暴力②

 出た。

 カジノ映画のお約束イベントのアレ、だ。


 普通ならビビるところだが、俺の心は逆に踊った。

 これだよこれ。マカオに来たからには、こういう裏社会的な展開も味わっておかないとな。

 普通ならビビってるところだが、今の俺は海外に来てちょっとテンションが上がっている。この映画のようなシチュエーションに乗らない手はない。


 俺は余裕の笑みを浮かべ、チップの山を指差した。


「ああ、構わないよ。このチップ、預かっておいてくれ」


 俺は抵抗することなく、黒服たちに囲まれて奥の通用口へと消えた。


 ◇


 通されたのは、きらびやかなフロアとは対照的な、コンクリート打ちっ放しの薄暗い廊下の先にある部屋だった。

 重厚なデスクの向こうに、恰幅の良い男が座っている。

 指には巨大な宝石のついた指輪。いかにもなマフィアのボス――オーナーだ。


 そして、その傍らには、異様な雰囲気を纏った男が立っていた。

 長髪を後ろで束ね、中国風の道着のような服を着ている。

 手にはトランプの束を持ち、まるで生き物のように指の間を行き来させていた。


 視線を軽く向けながら【解析】を使う。


 -----------------


 【名前】リャン・ウェイ

 【職業】探索者兼ボディガード

 【恩恵】カードマスター

 【スキル】投擲、加速、風刃

 【備考】重度のギャンブル依存症。借金(120億円)のカタに用心棒をしている。


 -----------------


 なるほど。ステータスだけ見れば、以前俺の家に訪ねてきた宍戸という男くらいだ。

 あの後調べてみたら、ダンジョンによる【位】ランキングが50位前後だったので、この男も世界屈指の実力者と言える。

 そんな男が、マフィアに飼われる番犬になるとは、ギャンブルとはかくも恐ろしいものだ。


「単刀直入に言おう、日本人」


 オーナーが葉巻をくゆらせながら言った。


「勝ちすぎは身を滅ぼすぞ。

 イカサマのネタを吐いて、チップを置いて消えろ。そうすれば五体満足で帰してやる」


 テンプレ通りの脅し文句だ。

 俺は肩をすくめた。


「イカサマなんてしてないよ。ただ運が良かっただけだ」

「運だと? ふざけるな。確率的にあり得ん勝ち方だ」


 オーナーが顎でしゃくると、傍らのリャンが一歩前に出た。

 細めた目が俺を捉え、嗜虐的な笑みを浮かべる。


「へへっ……。運がいいって? なら、ここでも生き残れるよなぁ? ついてこいよ」

「おら、行け」


 リャンや部下達に押し出されるように、俺はさらに奥、カジノの地下深くへと連行された。

 そこは防音壁に囲まれた、広い空間だった。

 床には所々、黒いシミ――おそらく血痕――が染み付いている。


「ルールは簡単だ」


 リャンがトランプを放り投げると、カードが空中で静止し、俺の周囲を取り囲んだ。


「俺のカードが尽きるまで、悲鳴を上げずに踊っていられたら返してやるよ。

 ……まあ、指の一本や二本、あるいは目玉か耳は無くなってるだろうけどなァ!」


 叫びと共に、リャンが指を弾いた。

 空中のカードが一斉に襲いかかってくる。

 【投擲】と【加速】、さらに【風刃】を乗せたカードは、カミソリのように鋭い。


 ヒュッとカードが俺の頬を掠める――いや、掠めようとした。

 狙いは急所ではない。頬や耳、指先など、痛みを感じやすい場所を狙って切り刻み、いたぶるつもりだろう。


 だが。


「あ、そう」


 俺は適当に右手を振った。

 乾いた音が響き、迫り来るカードが全て叩き落とされた。


 ただの虫を払うように手を振っただけだ。

 だが、圧倒的なステータス差の前では、音速のカードなど止まっているに等しい。


「は……?」


 リャンの動きが止まる。

 自分のスキルが、手を振られただけで無効化されたことが理解できないようだ。


「……ば、バカな! 俺のスキルだぞ!? お前、何者だ!?」


 リャンが錯乱し、残りのカードを全て束ねて、俺の目に向けて放ってきた。

 殺意の籠もった一撃。


「遅い」


 俺は一歩踏み込み、全てのカードを素手で掴み取った。

 そして、リャンの目の前まで瞬時に距離を詰め、その額に指を添えた。

 弾く。

 所謂、デコピンだ。


 だが、名前みたいに可愛らしい攻撃ではなかった。

 衝撃音が地下室を揺らす。

 リャンの体が砲弾のように吹き飛び、10メートル後方のコンクリート壁に激突。

 そのまま壁にめり込み、クモの巣状の亀裂を作って気絶した。


「…………」


 静寂。

 オーナーと黒服たちが、口をパクパクさせている。

 無理もない。自分たちが最強と信じていた用心棒が、指一本で壁のシミになったのだから。


 俺は服の埃を払い、オーナーに向き直った。


「で、換金してくれるんだよな?」


 ニッコリと笑いかける。

 その笑顔に恐怖したのか、オーナーが顔を引き攣らせて絶叫した。


「こ、殺せ! やっちまえ!! こいつは化け物だ!!」


 その命令で、周囲に控えていた数人の黒服たちが、懐から拳銃やナイフを取り出して殺到してきた。


「はぁ……」


 俺は深くため息をついた。

 せっかく穏便に済ませようと思ったのに。


 ——俺が地面を蹴った音だけが響いた。

 次の瞬間、黒服たちは全員、糸が切れた人形のように崩れ落ちていた。

 オーナーからすれば何が起きたのか分からなかっただろう。俺が一人一人の延髄に手刀を入れただけだ。

 これ、結構コツがいるんだよな。

 力加減間違えたら首をちょんぱしてしまう恐れがある、危険な技だ。


 部屋には、俺と、腰を抜かしたオーナーだけが残された。


「ひっ、ひぃぃぃ……! た、助け……!」


 オーナーが床を這って後ずさる。

 俺が一歩近づくと、彼はガタガタと震えながら失禁した。

 完全に戦意喪失だ。

 俺が呆れて肩をすくめた、その時だった。


 パチ、パチ、パチ、パチ。


 入り口の方から、乾いた拍手の音が響いた。


「――すごいな。

 まさか、これほどの『力』を目の当たりにできるとは」


 その声に、俺は振り返った。

 そこには、ホテルで出会ったあの男――ガタイの良い外国人が、優雅な笑みを浮かべて立っていた。


「……あんたは?」


 男は俺の視線を受け止め、楽しそうに目を細めた。


「ようこそ、混沌の街へ。ミスター・シバタ」


 マカオの夜は、まだ終わらないらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る