第136話 言葉の壁
「でも、柴田さん。【言語理解】あるいは翻訳に関するスキルやアーティファクトは未発見ですが……。
もしかして、スキルを作れたりできるんですか?」
マカオ行きを決めた直後、白雪さんが遠慮がちに尋ねてきた。
スキルオーブを作ることができるのではないか——、俺が光魔法のスキルオーブを一気にオークションにかけた際に流れた噂だ。
さすがにそんなスキルはないが、白雪さんが言うってことは、ADA内で結構なガチ目に捉えられている情報になってしまっているのかもしれない。
「いやいやいや、さすがにそんなことはできませんよ!」
「そうでしょうか……柴田さんならなんでもありな気がしますが……」
ジト目で睨んでくる白雪さん。
なんてこったい。こんな清廉潔白な言動を心がけているのに、信じてもらえないなんて。
「普通に魔物を倒してドロップ狙うだけですよ!
ってことで、『高度な言語能力を持っている』とか『他種の魔物とコミュニケーションを取っている』ような魔物の情報ってあったります?」
俺の問いに、彼女の頭の中で、瞬時に計算が走ったのが分かった。
白雪さんの思考は手に取るように分かる。
俺の力が異常であることは理解しているが、その種明かしまでは知らない。
俺がどうやってスキルオーブをぽんぽんと容易に入手しているのか。そのプロセスを目撃する、あるいは分析する絶好の機会だと思っているはずだ。
「……なるほど。言語、あるいは意思疎通に関連する魔物ですね」
白雪さんは務めて事務的な口調で応じ、タブレットを操作した。
「まずは、群れを率いる『ハイ・ゴブリン』。彼らは独自の言語で部下に指示を出します。
次に、異なる種族間で物々交換を行うという奇妙な習性を持つ『トレーダー・インプ』。
あとは、歌声で船乗りを惑わすという『セイレーン』の亜種あたりでしょうか」
「なるほど。できれば近場がいいな。岡山ダンジョンで出るやつはいます?」
「岡山の中層なら、ハイ・ゴブリンは常連ですね。トレーダー・インプも稀に出没するという報告があります」
そう言って、タブレットに映し出された魔物の写真を見せてくれる。
写真があれば【解析】は十分に使える。
うーん。どちらも魅力的なドロップはあるけれども、今回求めているものは持っていないようだ。
「なるほど……。他にもいます?」
「他に、ですか?」
「白雪さん、あれは?
隣で話を聞いていた桜が、思い出したように魔物の名前を呼んだ。
ちなみにティアは、俺たちの会話なんて全く興味がないとばかりにアニメの世界に戻っていった。
ダメだこいつ、何とかしないと……。お菓子抜きにしてやろうか。
「なるほど。確かにあり得そうですね」
白雪さんが再びタブレットを操作し始める。
「岡山ダンジョン23階層、通称『古の書庫』に、『碑文喰らいの
「グリモア・イーターね、どんな奴なんですか?」
「宙に浮かぶ、古びた書物のような魔物です。
戦闘力は高くありませんが、知能が高く、精神干渉や情報錯乱が主攻撃ですね。
また、遭遇した者の言葉や記憶を食らうと言われています。倒すか時間をおけば元に戻るそうですが、突然そうなると混乱は避けられませんね」
「言葉を食らう、か。面白そうだな」
言葉を奪うということは、逆説的に「言葉の概念」を保持しているということだ。
倒せば、それ相応のスキルが落ちる可能性が高い。
——実際。
白雪さんが見せてきたグリモア・イーターを解析すると、確かにあった。
【言語理解】、だ。
「よし、じゃあ、まずは手堅くハイ・ゴブリンから当たってみるか。ダメなら21階層まで潜って、グリモアなんたら目指してみるよ」
「でも、柴田さん。柴田さんと同じように考え、ドロップを目指した探索者は星の数ほどいますが、どれも不発で終わっています。
本当にドロップするかは分かりませんよ?」
白雪さんが探るような視線を向けてくる。
『どうやって短期間で見つけるつもりですか?』という無言の問いだ。
「まあ、出るまで狩り続けるだけですよ。数で勝負です」
俺は適当に誤魔化した。
実際は【ドロップ調整】で一発だから、後は該当の魔物に会えるかどうかが勝負ってわけだ。
まぁ【豪運】スキル——暇だった時に再ゲットしてきて修得済みだ——があるから、大丈夫だろう。
納得がいっていない感じの白雪さんと、勉強しないといけない桜、アニメに夢中なダメドラゴンを残し、俺はコンビニに行くような軽装で、家を出た。
◇
岡山ダンジョン、地下23階層『古の書庫』エリア。
崩れかけた石造りの回廊には、風化した本棚のようなオブジェが並び、カビ臭い空気が漂っている。
壁面や柱には、無数の文字が刻まれていた。
漢字、ひらがな、アルファベット、アラビア文字、見たこともない記号や、幾何学的な文様。
それらが意味をもたない並びで刻まれているので、ホラー映画を観ている気分になる。
回廊を進み、半壊した蔵のような構造物に入ると、ぞわりと、背筋に冷たいものが走った。
空間が歪み、インクをぶちまけたような漆黒の染みが、空中に滲み出した。
その中心には、ボロボロの革表紙の本が浮いている。
無数にあるページが勝手にめくれ、歪んだ単眼が描かれたページでぴたっと止まる。
それが、こちらを見た。
『…………』
声はない。
だが、ページがパラパラとめくれる音が、耳障りなノイズとなって脳に直接響いてくる。
「出たな」
俺が木刀の柄に手をかけた、その瞬間だった。
魔物が動いた。
ページが一斉に開き、
そこから無数の文字が飛び出す。
だが、それは魔法でも、物理攻撃でもない。
文字が触れた瞬間、
俺の思考から概念が一つ、消えた。
――■■■■。
一瞬、視界が明滅した。
その瞬間、確かに頭の中にあったはずの『剣を抜く』という概念が、黒く塗りつぶされる感覚があった。
右手が動かない。いや、どう動かせばいいのか忘れてしまっていた。
だが、俺のステータスのお陰か、すぐに正常な状態に戻る。
『……QUOOO……』
書妖から、おぞましい念が伝わってくる。
こいつ、俺の『攻撃』という行動概念そのものを食おうとしているのか。
物理的なダメージではない。認識への干渉攻撃だ。
普通の探索者なら、何が起きたか分からずに立ち尽くしやられるか、撤退を余儀なくされるだろう。
――だが。
「……あいにくだが、俺の『自分』は、お前ごときに書き換えられるほど安くないみたいだな」
俺は身に流れる魔力を意識的に強めた。
脳内のノイズを強引に遮断し、塗りつぶされかけた概念を上書き保存する。
「それに、剣が抜けなくても、殴ればいい」
俺は踏み込んだ。
概念攻撃が通じないと悟ったのか、書妖が慌ててページから無数の文字を飛ばしてくる。
『炎』『氷』『死』――文字が実体化し、物理現象となって襲いかかる。
俺はそれを素手で払い除けた。
圧倒的なステータス差は、理屈をも凌駕する。
「終わりだ」
俺の拳が、古書の単眼を捉えた。
空間が割れるような音と共に、書妖が弾け飛んだ。
黒い霧が霧散し、後には静寂と――いくつかのアイテムが残された。
「おし、当たりだ」
汚れた羊皮紙や魔導書の切れ端など、何に使うか分からないようなアイテムの中から、俺は転がっているスキルオーブを拾い上げた。
虹色に輝くその球体からは、知的な波動を感じる。
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【言語理解】
あらゆる言語体系、意思伝達手段の構造を瞬時に解析し、母国語レベルで理解・使用可能にする。
魔物の咆哮や、古代文字の解読にも適用される。
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俺は迷わずオーブを胸に押し当てた。
スキル取得の可否が問われ、もちろん可と念じる。
冷たい知識の流れが脳髄に染み渡り、新しい神経回路が焼き付けられる感覚。
ふぅ、と息を吐く。
足元に転がっている【汚れた羊皮紙】を拾い上げ、見てみる。
そこにはミミズがのたうったような文字が書かれていたが、今の俺にはスラスラと読めた。
『……我、知識ノ深淵ニ触レ、人デナクナリシ者……』
なんかとんでもない
俺は見なかったことにして、羊皮紙をインベントリに放り込んだ。
代わりにスマホを取り出し、中国のニュースサイトを開いてみた。
今まで記号の羅列にしか見えなかった漢字の羅列が、スラスラと意味を持って頭に入ってくる。
動画ニュースの早口な中国語も、まるで日本語を聞いているかのように理解できる。
「完璧だ。これでニーハオもシェイシェイもバッチリだな」
俺は満足して、ダンジョンを後にすることにした。
「さて、帰るか。白雪さん、驚くだろうな」
◇
俺が家に帰って来た時は、既に夕暮れを越え、夜の時間になっていた。
勤務時間は終わっているはずだから、もう帰っているかもという俺の予想は外れ、白雪さんはリビングでみんなとテレビを観ていた。
ダンジョンに関するクイズ番組だったようで、ティアもといダメドラがドヤ顔でテレビを眺めていた。
おい、正体がバレるような行動はするなよ、と念を送るがもちろん届く訳もなく、ダメドラは新しい問題の解説を始めた。桜が苦笑いでお菓子に誘導しくれたので良かったが、後で叱っておかないといけないな。
「ただいま。取ってきたよ」
「おかえりなさい、柴田さ……ん? え? 取ってきた?」
白雪さんが俺の顔を見て、動きを止めた。
まつエクバッチリの大きな瞳が、これ以上ないほど見開かれる。
「……は? 出かけてから半日も経っていませんが……?」
「運が良かったんです。行ったらすぐ目の前に出てきましたよ」
「……これまで幾多の探索者が挑戦してきて、悉く無駄足に終わったはずですが?」
白雪さんの笑顔が引きつっている。
彼女の常識とデータが、目の前の現実を否定しようとしてエラーを起こしているようだ。
「どうやったんですか? 何か特殊な誘引アイテムを? それともドロップ確定のスキルを?」
探るような視線が痛い。
だが、ここで「その通りです」なんて言えるはずもない。
「いやぁ、本当に運が良かっただけですって。
ほら、俺って日頃の行いがいいんでしょうね!」
俺は爽やかに笑って誤魔化した。
白雪さんは納得していない様子だったが、これ以上追及しても無駄だと悟ったのか、深いため息をついた。
「……分かりました。柴田さんが『規格外』だということは、報告書に二重線で強調しておきます。
ともあれ、これで言語の問題はクリアですね」
彼女はすぐに気持ちを切り替えた。
さすがプロだ。
その後、皆で英語やロシア語など他言語で会話を試したりしてみたが、言語理解スキルは十二分に効果があることが分かった。
というか、スキル無しでその会話についていく桜と白雪さんがヤバいと思うのは俺だけだろうか。
◇
翌日。
岡山空港の駐機場には、ADAが手配した小型のビジネスジェットが待機していた。
一般の搭乗口ではなく、VIP専用のゲートだ。
「ひろくん……」
タラップの前で、桜が俺の服の袖を摘んで上目遣いをしてくる。
その目は少し潤んでいた。
「本当に気をつけてね?」
「ああ。大丈夫。明日のオークションが終わったら、すぐ戻るよ」
「毎日電話してね! ビデオ通話もね! 絶対だよ!」
「分かってるって」
俺は桜の頭をポンポンと撫でた。
寂しそうな顔も可愛いが、笑顔で見送ってほしいものだ。
その横では、ティアが白雪さんに買ってもらった『銀座の限定フルーツタルト』をホールごと抱え、幸せそうに頬張っていた。
「ん〜っ! 美味じゃ! サクサクの生地とカスタードが絶妙じゃのう!」
「……ティア、もう出発するんだけど? 少しは名残惜しそうにしろよ」
「ん? ああ、気をつけてな。土産は忘れるでないぞ」
もぐもぐと頬張ることに夢中で、全くこっちは見ていない。
この神様、本当に食い気だけで生きているな。まあ、桜達をしっかり守ってくれるならそれでいいけど。
最後に、白雪さんが恭しく一枚のカードを差し出した。
黒く輝く、ブラックカードだ。
「柴田さん。こちら、ADA提携の特別カードです。
限度額は設定しておりませんので、戦車だろうがビルだろうが、お好きなものをお買い求めください」
「おお、これが噂の……。無くしたら怖いな」
「ご安心ください。GPS付きですし、柴田さんの生体認証がないと使えませんから。
……あ、それとマカオでのガイドですが」
白雪さんがスマホを取り出そうとする。
昨日の今日で、俺がスキルを入手したことを踏まえても、やはり心配なのだろう。
「現地のADA支部に優秀なガイドを手配――」
「いや、それは大丈夫です」
俺は手を振って断った。
「せっかく言葉も分かるようになったし、一人でぶらついてみたいんです。
ガイドがつくと、そっちに気を遣っちゃうんで」
もともと旅行は趣味だ。
せっかくの機会なので、旅行としても楽しみたい。
「ですが、トラブルに巻き込まれる可能性が……」
「俺が解決できないトラブルなんてそうそうないと思うので、多分大丈夫です!」
俺がニヤリと笑うと、白雪さんは「……確かにそうですね」と苦笑した。
サンダー・ベルや
「承知いたしました。では、ホテルだけはお伝えしておきますね。
オークション会場が併設されている『
空港からはタクシーで『ジェイド・パレス』と言えば通じますので」
「ありがとうございます。じゃあ、行ってきます」
俺は三人に手を振り、ジェット機へと乗り込んだ。
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