第135話 非公式オークション
「アンダーグラウンド?」
俺と桜が顔を見合わせる。
白雪さんは、タブレットを取り出し、手際よく画像を検索して見せてくれた。
そこに映っていたのは、東洋の摩天楼。
煌びやかな夜景と、怪しげな熱気を孕んだ都市の写真だった。
「週末、マカオで開催される『闇市』をご存知ですか?」
「マカオ……闇市?」
「はい。ADAの管轄外で行われる、世界最大規模の非公式オークションです。
出所不明のアーティファクト、効果が特定できない危険物、あるいはADAが『価値なし』と判断して廃棄したガラクタ……そういった『訳あり品』が山のように集まります」
訳あり品。
ガラクタの山。
非公式。
その単語を聞いた瞬間、俺の脳内のロマン回路がバチバチと火花を散らした。
そこだ。
俺が求めていたのは、そういう
半グレギルドとか狂信国家とかそんなのじゃないんだよ。
まったりを目指したいと言いつつ、やっていることは真逆な気がしないでもないが、こればかりは仕方ない。
男は時に、ロマンを追いかけたくなるものなのだ。
それを現実逃避とも言う。
「世界中の富豪やマフィア、トップランカーたちが集まり、真贋不明のお宝を奪い合う。まさに魔都の宴です。
柴田さんのそのアーティファクトがあれば、あるいは——」
白雪さんが意味ありげに微笑む。
お宝ゲットして資産を増やせば、ボーナスの取り分も増える。そんな瞳の輝きがあった。
だが、その情報は俺の心にクリティカルヒットした。
「面白そうですね」
俺はニヤリと笑った。
3兆円という使い切れない資産。
最強の防衛システムによる自宅の安全。
そして、まだ見ぬお宝の予感。
全ての条件が整っている。
「行くか、マカオ」
俺の言葉に、桜がパッと顔を上げた。
「マカオ!? 海外旅行!?」
「うん。たまには羽を伸ばすのもいいだろ? 美味しい中華料理食べて、観光して、ついでにお宝探しだ。
桜も一緒に行くよな?」
俺は当然のように誘った。
桜のチャイナドレス姿を想像して、内心ニヤつく。
だが、桜の表情がサッと曇った。
「うぅ……行きたい……すっごく行きたいけどぉ……」
「どうした?」
「ゴールデンウィーク直前だから、絶対に休めない講義があるの……」
…………。
沈黙が流れる。
そうだった。彼女は女子大生なのだ。
ダンジョン探索や魔法の修行も大事だが、単位も大事だ。落としたら留年だ。
「そ、そうか……。それは……残念だけど、今回は留守番だな」
「うわぁぁぁん! ひろくんとマカオデートしたかったぁぁぁ!」
桜がテーブルに突っ伏して嘆く。
可哀想に。
「安心せい、サクラ」
そこで、アニメを見終えたティアが口を挟んできた。
「サクラの分まで、儂が美味いものを食ってきてやる。土産話もたっぷり聞かせてやろう」
「ティアちゃんも行くの!?」
「当然じゃ。ヒロユキ一人では不安じゃろう? それに、本場の中華料理とやらには興味がある。北京ダックに小籠包、全部食いつくしてやるわ!」
どうやら神龍様は食い倒れツアーに参加する気満々らしい。
立ち上がり、仁王立ちで宣言するティア。
だが、俺は冷静にツッコミを入れた。
「いや、ティアは留守番だぞ」
ピシッ。
ティアの動きが固まった。
ゆっくりと、錆びついた機械のように首を回して俺を見る。
「……なん、じゃと?」
「当たり前だろ。お前は国外に出ないという約束だったろ?」
白雪さんの手前、建前の作られた理由をティアに伝える。
実際は、桜と白雪さんのボディガードとして呼んだのに、その二人から離れてどうすんだよ、というものだ。
ティアが俺と一緒にマカオに行ったら、ここの警備はどうなるんだよ。ガラ空きになってしまう。
ティアの眷属であるミニドラゴンによる防衛システムは、別にティアが近くにいなくても効果は発揮する。
ただ、最悪もしミニドラでは対応できない何かが起こった時に——まぁ余程のことが起こらない限り大丈夫だろうけど——、本体であるティアが海外に行ってしまったら、詰んでしまう。
「そ、そんな……」
ティアが膝から崩れ落ちた。
「北京ダック……ふかひれスープ……マンゴープリン……」
「お土産は買ってくるから。な?」
「嫌じゃあああ! 儂も行く! 出来立てが食いたいのじゃあああ!」
床を転げまわって駄々をこねるティア。
見た目は幼女だが、中身は老練の神龍だ。
絵面がカオスすぎる。
白雪さんが苦笑しながら、そっとティアの肩に手を置いた。
「ティアちゃん、私と一緒に留守番しましょう?
私がとびきり美味しいお取り寄せスイーツを注文してあげますから」
「……ほんとか?」
「はい。銀座の限定フルーツタルトとか、どうですか?」
「……今回は許してやろう」
チョロい。
ティアが大人しくなったところで、桜は涙目で顔を上げ、俺をジトっと睨んだ。
「……分かった。私はお留守番して、ティアちゃんと白雪さんと一緒にここを守るね。
その代わり! お土産、たくさん買ってきてね!」
「ああ、任せとけ」
「あと……チャイナ服のお姉さんに鼻の下伸ばしたら、帰ってきた時にお家ないと思ってね?」
「……善処します」
桜の目が笑っていない。
俺は冷や汗をかきながら頷いた。
こうして、俺の単独マカオ行きが決まった。
だが、その前に一つだけ解決しておかなければならない問題がある。
「……そういえば俺、中国語なんて喋れないぞ」
「英語なら多少通じると思いますが」
「英語も怪しいですね。多分中1レベルまで退化してると思います」
俺は頭を抱えた。
これだけステータスが高いから、すぐに習得はできると思う。
でも多少時間はかかるだろうし、今更参考書を開くなんて面倒くさい。
それに、付け焼き刃の言語能力で、込み入った交渉やオークションに参加するのは無謀すぎる。
じゃあどうするか。
俺は探索者だ。探索者らしく解決しよう。
「そうだ。スキルで解決すればいいんだ」
俺は立ち上がった。
「あのスキルを探そう!」
「あのスキル?」
「【言語理解】だよ! ここまでファンタジーなダンジョンだ。絶対スキルを持ってる魔物はいるはず!」
翻訳機を買うより、自分の脳みそをアップデートした方が早い。
俺は軽い調子で、近所のコンビニに行くような感覚で決めた。
目指すは、マカオ。
そのための準備運動として、まずは定番のスキルを一狩りしに行こう。
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