第134話 男のロマン
ティアと白雪さんがやってきてから数日が過ぎた。
我が家の――ひいてはギルド【空飛ぶ大福】の環境は、劇的に改善されていた。
まず、事務処理。
これはもう、革命と言ってもいい。
まずはエース級の戦力が一人増えたこと。さらに桜と白雪さんの作業相性が思いの外良かったこと。
一気に作業が捗ったようだ。
「桜さん、例のブジテレビからの問い合わせですが、こちらのテンプレートBを使って返信をお願いします。
文末だけ、先方の担当者に合わせて少し柔らかい表現に変えておきました」
「わぁ、ありがとう白雪さん! これなら私でもすぐ打てます。あ、サマンサさんへの連絡は済ませておきました」
「まぁ、ありがとうございます。
午後のスケジュール調整は終わっていますので、15時までは魔法の勉強に充てていただいて大丈夫ですよ」
リビングに隣接するラボみたいな部屋——装備置き場兼書斎スペースとして、事務作業所になっている——では、白雪さんと桜が見事な連携プレーを見せていた。
白雪さんが大枠を捌き、桜が最終確認をして送信する。
これまで桜が睡眠時間を削って唸っていた作業が、まるでベルトコンベアに乗った製品のようにスムーズに処理されていく。
そして、ギルド拠点の防衛面。
こちらも完璧だった。
窓の外から、小さく「ギャッ!」という短い悲鳴が聞こえた。
どうやら俺にしか聞こえていないようで、二人は作業に集中している。
「ん? またか」
俺がソファから重い腰を上げて窓の外を見ると、庭——というより小さな広場だ——の隅で全身黒ずくめの男が二人、金色の光の鎖――ミニドラゴンの尾――にグルグル巻きにされ、白目を剥いて転がっていた。
どうやら、どこかの組織の諜報員か、あるいはゴシップ誌の記者か。
強引に侵入しようとして、
「あらら。本日2回目ですね」
事務の手を止め、白雪さんが涼しい顔でスマホを取り出す。
「すぐにADAの警備部と警察に連絡しますね。不法侵入と器物損壊……余罪もありそうですし、たっぷり絞ってもらいましょう」
彼女は手慣れた様子で通報を済ませた。
以前なら俺がいちいち出て行って対応しなきゃいけなかったが、今は座っているだけで解決する。
俺は視線をリビングに戻した。
そこには、ソファを占領し、ポテトチップスを片手にアニメを見ている幼女――ティアの姿があった。
「……なぁ、ティア」
「ん? なんじゃヒロユキ。今いいところなんじゃが」
ティアは画面から目を離さずに答える。
その口調は、初対面の時の「ティアだよ! よろしくね!」という猫なで声とはかけ離れた、尊大で偉そうなものだ。
実は、彼女の猫被りは早々に崩壊していた。
最初は頑張って無垢な少女を演じていたのだが、お菓子を食べる時に「うむ、苦しゅうない」と言ったり、テレビのニュースを見て「愚かな……」と毒づいたりと、ボロが出まくりだったのだ。
白雪さんも最初は戸惑っていたが、今では「まあ、柴田さんの関係者なら、変わっていて当然ですよね」と、菩薩のようなスルースキルを発揮して受け入れている。
もちろん神龍であることはバレていない。ちょっと生意気なませたガキ、くらいの認識なのだろう。
「お前、さっきの侵入者の時、指一本動かさなかったよな?」
「当たり前じゃ。あの程度の雑魚、ミニドラで十分じゃろう。それに、儂が動けば庭が更地になってしまうぞ?
手加減してやったのじゃから感謝せい」
ティアはふん、と鼻を鳴らし、ポテトチップスをバリボリと噛み砕く。
「いや、そうだけどさ……。ボディガードとして雇ったのに、お前ずっとアニメ見てるだけじゃないか?
ちょっとは働いてる感を出してくれないと、
俺がジト目で指摘すると、ティアはようやくこちらを向き、呆れたような顔をした。
「何を言っておる。ヒロユキこそ、さっきからずっとゲームをしておるだけではないか。
儂は眷属を使って働いておるが、お主はコントローラーを握っているだけじゃろう?
どちらがごく潰しか、火を見るより明らかじゃな」
「うっ……」
なんてことだ。ぐうの音も出ない。
確かに俺は、朝からずっとRPGのレベル上げをしていた。カンストは良いんだよ。そこにロマンがあるんだよ。
「……くそぅ。返す言葉がない」
「であろう? ならば黙ってコーラを持ってくるのじゃ。喉が渇いた」
「はいはい、ただいま」
俺は渋々立ち上がり、冷蔵庫へ向かった。
なんだろう、この敗北感。神様相手に張り合っても勝てるわけがないのだが。
◇
コーラをティアに献上した後、俺は再びソファに座り、タブレットでネットサーフィンを始めた。
ゲームも一段落したし、何か面白いことはないかと思い、考え無しにタブレットを弄る。
ふと、この前の聖羅との会話を思い出した。
彼女が露店で五千円で買ったブローチが、実は一億円の価値があるアーティファクトだった件だ。
「なぁ、桜」
「ん? なーに?」
事務作業が一段落したのか、桜がコーヒーを淹れて持ってきてくれた。
自分の飲み物も持っているあたり、そのまま俺の横に座る気だったんだろう。
「この前、成瀬が『呪いのブローチ』を持ってきただろ?
ああいう掘り出し物を探してみるのも面白いんじゃないかと思ってさ」
「あ、それ楽しそう!
ひろくんの目利きがあれば、ガラクタの中から凄いお宝が見つかるかもしれないもんね」
桜が目を輝かせる。
そう、俺には【解析】がある。
外部的には劣化鑑定アーティファクトを所持していることにしているが、その実は完全にチートな能力だ。
世の中には、鑑定士の技術不足や知識不足で、価値を見落とされているアイテムが山ほどあるはず。
ちなみに『鑑定士』とは
自称で名乗っている職種みたいなものだ。
ある程度のダンジョン経験者は、己の経験や知識をフル活用してアイテムを目利き、評価している。
鑑定スキルなどではない、完全に己の実力だけで行うので、合っている情報もあれば、的外れな情報もある。
ダンジョンに関することは基本自己責任だから、評価結果が間違っていても文句は言えないのだ。
まぁ『間違っている』という判断もなかなか難しいんだろうけども。
それはそれとして。
価値を見落とされているアイテムを、二束三文で買い叩き、真の価値を引き出す。
これぞ、チート持ちの醍醐味であり、男のロマンではないだろうか。
「だろ? ちょっとネットオークションとか見てみるか」
俺たちはタブレットを並べて、ADAの公式サイトや、大手オークションサイトを巡回し始めた。
……しかし。一時間後。
「ないな」
「ないね」
俺たちは同時にため息をついた。
画面に並ぶのは、ほぼほぼ正確に判断され、適正価格——あるいはそれ以上の値が付けられた商品ばかりだった。
まぁ、スキルは取得さえしてしまえば、ある程度そのスキルについての情報は理解できる仕組みになっているから、情報が誤ることはそんなにないしなぁ。
全ての情報が理解できるわけではないので瑕疵はあっても、虚偽はあんまりない。
効果不明とか用途不明といった、心躍るようなアイテムは皆無だった。
そもそもそんなアイテムは公式のサイトでは販売されないのかもしれない。
「やっぱり、ネットに出回る前にプロが鑑定しちゃうんだろうな」
「ADAの鑑定士さん、優秀だもんね……」
ADAが管理する市場は、あまりにも健全すぎた。
そこには未知もロマンもない。あるのは冷徹な相場だけだ。つまらん。
「何されてるんですか?」
不意に、背後から声が掛かった。
いつの間にか書斎で仕事をしていたはずの白雪さんが、パッチリとした瞳でこちらを覗き込んでいた。
「いやー、ちょっと掘り出し物を探してたんですけど、どこも綺麗に整備されすぎてて」
「はい?」
突然の意味不明発言に、疑問を浮かべる白雪さん。
さらっと状況を説明する。
「なるほど。そうですね。ADAの公認オークションは、出品前に三重の査定チェックが入りますから。評価できないモノが紛れ込む余地はまずありません」
白雪さんは当然のことのように言う。
やはりそうか。諦めてゲームに戻るか……と思った時だった。
「ですが、公認ではない市場……いわゆるアンダーグラウンドな場所なら、話は別ですよ?」
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