第132話 ティア

『いや、手はあるぞ。

 儂の精神アストラル体の一部を切り離し、核となる触媒に憑依させて実体化させるのだ。

 所謂、分体アバターというやつだな。

 分体ゆえ本来の儂の力の僅かしか持たぬが、儂と直にリンクしておるから、能力、知性、どれを取っても不足なしだ』


「おお、そんな便利な手があるのね! でも、神龍さん的に大丈夫? てか、ダンジョン外に出られるの?」


 ダンジョンの魔物は、ダンジョンの外に出ない。

 これが俺たちの世界での常識だ。

 未だかつて、よくファンタジーものにある『ダンジョンの魔物が氾濫を起こす現象スタンピード』は起こったことがなかった。


『何を言っておる? お主らはダンジョンで得たスキルオーブやアーティファクトを外に持ち帰っておるだろう?

 それができて、なぜ我々が出られないと決めつけておるのだ?』

「……確かに」


 言われてみれば、その通りだ。

 魔物もアーティファクトも同じダンジョン産だ。どちらかが是でどちらかが否と決めつけるのは早いのかもしれない。


『それに儂の分体を作るのも大丈夫だ。いやむしろ、外に出てみるのは面白いかもしれん。

 何分ここに儂ひとりでは暇すぎるのでな。分体と儂は繋がっておるから、良い刺激となるわ』

「そう言ってもらえるなら助かるけど……」


『だが、問題が一つある。

 儂の魂を受け入れるには、それ相応の『器』が必要だ。

 その辺りに転がっているような安物の魔石や、生半可なアーティファクトでは、儂の力が強すぎて崩壊してしまうぞ』


 なるほど。

 神様の魂を入れるんだから、100円ショップの容器じゃダメってことか。


「器か……心当たりは……あるなぁ」


 俺はインベントリを開いた。

 その中から、とっておきの素材を取り出す。

 以前、出雲の黄泉比良坂ダンジョンで突然出てきたヤバそうなヤツ――【次元を食らうもの《ディメンション・イーター》】を倒した時にドロップした、ヤバい効果をもつ球体だ。


 漆黒でありながら、内側から眩い光を放っているような、矛盾した存在感を放つ結晶。

 説明文フレーバーテキストによれば、この次元には存在し得ない物質で、空間そのものをエネルギー源とする無限の魔力炉らしい。とんでもアーティファクトだ。


「これならどうだ?」


 俺が差し出した瞬間、神龍の目がカッと見開かれた。


『なっ……!? こ、これは……!!』


 神龍が慌てて顔を近づける。


『【異界のヴォイド・コア】ではないか! お主、一体どこでこんな神殺しの素材を……!?』

「ちょっと、出雲の方で拾ったんだよ」

『拾うようなものではないわ! これ一つで大陸が消し飛ぶぞ!』


 神龍が呆れ返っている。

 だが、どうやら合格らしい。


『……ふむ。これほどの素材があれば、申し分ない。

 いやむしろ、儂の分体として最高傑作が作れるかもしれん』


 神龍の雰囲気が変わった。

 職人のような真剣な眼差しで、ヴォイド・コアを見つめる。


『よし、始めよう。ヒロユキよ、少し下がっておれ』


 神龍がコアに向かって息吹を吹きかける。

 それは炎ではなく、純粋な魔力の奔流だった。

 黄金色の光がコアを包み込み、空間がビリビリと振動する。


『■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■』


 聞き取れない——いや、聞こえてはいるが理解できない言語による詠唱。

 朗朗と流れる音と魔力の激流が、神龍とコアを包む。


 強烈な閃光が走り、俺は思わず目を閉じた。

 数秒後。

 光が収まると、そこには一人の『人間』が立っていた。


「……え?」


 俺は目を疑った。

 そこにいたのは、透き通るような金髪と、宝石のような金色の瞳を持つ、幼い少女だった。


 年齢は5、6歳くらいだろうか。

 まず目を奪われるのは、その髪だ。

 神龍の鱗の輝きをそのまま糸にしたような、眩いばかりのプラチナブロンド。それが腰のあたりまでふわふわと波打ちながら流れている。


 肌は陶器のように白く滑らかで、頬はほんのりと桜色に染まっている。

 そして、長い睫毛に縁取られた大きな瞳は、溶けた黄金を湛えたような、底知れぬ金色。


 身にまとっているのは、飾り気のないシンプルな純白のワンピースだが、それがかえって彼女の無垢さと、この世ならざる神秘性を際立たせていた。

 まるで、最高級のフランス人形が命を持って動き出したかのようだ。


 だが、その小さな体から放たれるオーラは、可憐な外見とは裏腹に、対峙する者を畏怖させる神性を帯びていた。

 レベルアップした桜に勝るとも劣らない、超絶美少女だ。


「……うむ。成功したようじゃな」


 少女が口を開いた。

 声は鈴を転がすように可愛らしいが、口調は完全に神龍そのものだ。


 その神龍は、少女の後ろで巨体を横たわらせ眠りに入っていた。


「おい、神龍。なんで幼女なんだ? というか本体は大丈夫なのか?」

「秘術じゃからな。術後しばらくは休息が必要というわけよ。心配しなくとも、いずれ目覚めるのじゃ。

 それより、不服か?

 ヴォイド・コアのエネルギー密度を安定させるには、この質量と形状が最も効率的だったのじゃが。

 それに、お主の世界で警戒されずに溶け込むなら、子どもの姿が最適であろう?」


 まあ、確かに理屈は通っている。

 ムキムキの大男が四六時中そばにいたら、白雪さんたちも落ち着かないだろうし。


「力の方はどうなんだ?」

「オリジナルの儂に比べれば1割程度じゃが……まあ、人間ごときに遅れはとらぬよ。

 最強の人間だろうが、軍隊だろうが、指先一つで消し炭にできるのじゃ」


 少女がふん、と鼻を鳴らして、近くにあった岩をデコピンした。

 ドォォォン!! とマンガのような衝撃音が響き、岩が粉々に砕け散り、砂埃になった。

 なるほど。

 世間が俺をどういう気持ちで見ているか、少し分かった気がした。


「……採用」


 これなら安心だ。過剰戦力な気もするが、安心感はプライスレスだ。


「よし、じゃあ名前を決めないとな。さすがに神龍とは呼べないし。

 そうだなぁ……神龍だからシンちゃんとか……」

「安直すぎるわ! 却下じゃ!」

「じゃあリュウちゃん」

「……お主、ネーミングセンスが壊滅的じゃの」


 少女――神龍の分体は、腕組みをして考え込んだ。


「ティア……ティアマトという古き同胞の名から取って、ティアというのはどうじゃ?」

「ティアか。響きも可愛いし、いいんじゃないか」

「うむ。では今日から儂は『ティア』じゃ。

 ヒロユキ、お主の家族を守ってやるから、その代わり……」


 ティアは、じゅるりと涎を啜った。


「話に出てきたプリンというやつを食わせるのじゃ。話を聞いてからずっと気になっておったのだ」

「……お安い御用だ。山ほど買ってやるよ」


 こうして、最強の幼女ボディガードとの契約が成立した。


「……というか、何か口調が変わってないか?」

「おそらく身体に引っ張られておるんじゃろう。細かいことは気にするな!」

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