第130話 副ギルド長
リビングには、俺と桜、そして白雪さんが残された。
「……あの、白雪さん。本当にいいんですか?」
俺は改めて彼女に向き直った。
「ADAの受付職員といえば花形の職場でしょう?
こんな個人の弱小ギルドに出向なんて、左遷みたいなものじゃ……」
俺が気遣うと、白雪さんはニコニコしながら首を横に振った。
「とんでもないです!
ランクワンである柴田さんのサポートは、現在ADAにおいて最も重要かつ困難なミッションですから。
それに……」
彼女は少しだけ声を潜め、上目遣いで俺を見た。
「ADAの給与規定には限界があるんです。ですが、柴田さんのギルドは桁違いの収益を上げておられますよね。
……その、成果に応じた報酬も、期待できるのではないかと?」
おや?
このお姉さん、目がマジだ。
綺麗な瞳の奥に、黄金色に輝く¥マークが見える気がする。
なるほど。
彼女のこうやって欲望に素直なところが、どこか憎めず、逆に信用できるかもしれないと思わせる、魔性な部分なんだな。
俺は苦笑しながら頷いた。
「ええ、もちろんです。
基本給はADA持ちですけど、ウチのギルドに貢献してくれた分は、ボーナスとして弾みますよ。
今のところ、資金だけは腐るほどありますからね」
「そうですよね。
ADAのオークション利用分のみでも、約3兆1500億円の儲け……!
ADAとしても、柴田さんは年間最高額の手数料を納めてくださっている
白雪さんが食い気味に答えた。
どうやら、俺の懐事情は完全に把握されているらしい。
彼女は興奮で頬を紅潮させ、早口でまくし立てた。
「あの額の資産運用を任せていただける上に、そこからボーナスまで……!
0.01%でも3億円……! 夢が広がりまくりです……! ああ、神様! 今まで頑張った私にご褒美をありがとうございます!」
彼女はブツブツと皮算用を始めた後、バッと顔を上げた。
その表情は、先ほどまでの優秀な職員の皮を破った、獲物を見つけた狩人のそれだった。
「承知いたしました!
私、粉骨砕身、滅私奉公の精神で働かせていただきます!
柴田さんのためなら、ADAの上層部とも殴り合いする覚悟です!」
「あ、はい。お手柔らかにお願いします」
やる気がうなぎ登りだ。現金な人だけど、これは頼もしい。
白雪さんはパンッと手を叩き、座ったまま小さくなっている桜に向け、とびきりの笑顔を見せた。
「では、早速お仕事を始めましょうか!
桜さん、今の状況を確認したいので、事務室へご案内いただけますか?」
「あ、はい。こっちです……」
白雪さんの明るい勢いに押され、桜が弱々しく立ち上がる。
白雪さんは「失礼しますっ」と語尾に音符がつきそうな調子で、しかし無駄のない動きで桜の後についていった。
俺は少し心配しながらも、黒烏龍茶を飲み待つことにした。
桜、大丈夫かな。
伊達さんが来た時から、桜はずっと浮かない顔をしていた。
自分が不甲斐ないから、プロの手を借りることになったと、自分を責めているのかもしれない。
十分ほど経った頃だろうか。
書斎の方から、白雪さんの驚愕の声が聞こえてきた。
「ええっ!? これ、全部お一人で!?」
慌てて様子を見に行くと、パソコンの画面を覗き込んだ白雪さんが、信じられないものを見るような目で桜を見ていた。
桜は身を縮こまらせている。
「は、はい……。遅くてすみません……」
「遅い? とんでもないです!」
白雪さんが振り返り、興奮気味にまくし立てた。
「未読5万件の中で、優先度の高い『政府系』『大手企業系』『探索者関連』を完璧にフィルタリングして、しかも法的リスクのある文面にはチェックが入ってる……。
この分量は、通常なら熟練の専門スタッフ数人で回すレベルですよ?
学生をしながら、これを一人でこなしていたなんて……桜さん、あなたすごすぎます!」
白雪さんが称賛の嵐を桜に送る。
その言葉に、桜がぽかんと顔を上げた。
「す、すごい……の?」
「はい! あのブラック企業の代名詞ともいえるADAでも即戦力……いや、エース級になれます!
私、舐めてました。正直、学生さんの手習い程度だろうと思ってたんです。ごめんなさい!」
白雪さんが深々と頭を下げる。
プロからの太鼓判に、桜の瞳に光が戻るのを見て、俺も口を挟んだ。
「ほら、言っただろ? 桜は十分すぎるほど頑張ってるよ。
でもな、一人で抱え込むのが責任じゃないぞ。
俺だって、戦闘以外のことは桜に頼りきりだろ? 料理も、掃除も、人付き合いも」
「ひろくん……」
「頼ることは悪いことじゃない。チームなんだから、得意な人が得意なことをやればいいんだ」
桜の目に涙が浮かぶ。
よかった。どうやら、自分の不甲斐なさを責めていた気持ちが、少しは晴れたようだ。
「というわけで、分業にしましょう。
白雪さんには、外部との折衝、金銭管理、スケジューリングなどの対外的な仕事をお願いします。
その図太さで、怪しい業者やマスコミを全部門前払いにしてください」
「はい、お任せください。鉄壁のガードで、一歩も通しません!」
白雪さんが胸を張る。
そして俺は、桜に向き直る。
「桜は、俺の身の回りのことや、あと信頼できる相手への連絡を担当してくれ」
「う、うん。任せて」
ほとんどの仕事が白雪さんに行ってしまったと思ったのか、陰りのある微笑みで頷く桜。目には大粒の涙が溜まっている。
俺は真面目に、そして真剣な声で言った。
「それと、桜にはもっと大事な、桜にしかできない仕事を頼みたい」
「え? 私にしかできない仕事……?」
桜が涙を拭い、顔を上げる。
「ああ。桜にはウチのギルドの最重要機密を任せたい。具体的には、大福ライブラリの編集長だ」
「編集長……?」
「俺が書く情報は、一般的なダンジョンについての知識が薄いから、どうしても感覚的だったり、一般常識からズレてたりすることがある。
それを読んで、『これは一般人には危険すぎる』とか『もっと分かりやすく書かないと伝わらない』って判断できるのは、俺の隣でずっと見てきた桜だけだ。
桜がNGを出した情報は、絶対に公開しない。最後の砦になってほしい」
「最後の、砦……」
「それと、ダンジョンから持ち帰ってくるスキルオーブやアーティファクトの管理もだ。
中には、その価値と危険性を正しく理解し扱わないといけないものがある。売って良いのか、保持しておくべきか、使用するのか。それができるのは、俺の一番信頼している桜しかいない」
俺は桜の目を見つめて言った。
「もちろん、白雪さん一人で事務作業はできないだろうから、そっちもサポートは必要だぞ。
でも、桜はウチの『心臓』だ。ギルドの中核にある、魔法や知識、アイテム……一番大事な部分を握っていてほしい。
……今までより責任重大だけど、できるか?」
桜の瞳が揺れた。
雑務を取り上げられたのではなく、より深く信頼され、重要な役割を託されたのだと理解してくれたようだ。
彼女の表情が、パァッと明るく華やいだ。
「……うん! やる!
ひろくんの『常識外れ』を止めるのは、私の役目だもんね!」
「あはは、言われちゃったな」
俺が苦笑すると、桜はふふっと笑い、それからキリッとした顔で白雪さんに向き直った。
「白雪さん、よろしくお願いします!
私、ひろくんのサポートとギルド業務、それに探索者としてのレベルアップ、全部頑張ります!」
「ええ、こちらこそ! 最強のギルドを支えるパートナーとして、ガッポリ……じゃなくて、ガッツリ稼ぎ……じゃなくて、頑張りましょう!」
二人が握手を交わす。
こうして、ギルド【空飛ぶ大福】に、新しい
白雪さんがパソコンに向かい、恐ろしい速度でキーボードを叩き始めるのを見ながら、俺は安堵のため息をついた。
これでやっと、少しはまったりとした日常が戻ってくるかもしれない。
……まあ、俺がトラブルメーカーである限り、それは儚い夢なのかもしれないが。
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