第129話 新メンバー
嵐のような星羅が去っていき、ようやくリビングに静寂が戻った――と思った矢先だった。
俺のスマホが振動した。
画面には『ADA 伊達』の文字。
嫌な予感を覚えつつ、通話ボタンを押す。
「はい、柴田です」
『お疲れ様です、柴田さん。伊達です。突然申し訳ありませんが、今からご自宅へ伺ってもよろしいでしょうか』
「……今から、ですか?」
『ええ。重要な要件がありまして。職員を一名連れていきます』
伊達さんの声は、いつになく真剣だった。
まあ、俺がやらかしたこと——バチカン屈服やレシピ公開——を考えれば、ADAとしても一言物申したいのは分かる。
俺は小さくため息をつき、「分かりました」と了承した。
どうやら既に近くまで来ているようで、あと数分で到着するようだ。
「……今日は来客が多い日だなぁ」
通話を終え、俺はソファに沈み込む。
代わりに、桜がふらりと立ち上がった。
「ひろくん、お客さんが来るまで、溜まってる事務処理片付けておくね……」
その声には覇気がなかった。足取りは重く、目も輝きがない。
彼女はそのまま、リビングの隅にある書斎スペース――事務デスクのある部屋へと向かおうとする。
「桜、無理するな。伊達さんたちが来るんだ、桜も一緒に話を聞こう」
「ううん……でも、メール返さなきゃ……」
ここ数日、桜はずっとあんな調子だ。
原因は分かっている。
大福ライブラリとポーションレシピの公開による反響だ。
世界中からの取材依頼、出演オファー、企業案件の相談、ファンレター、そして大量のスパムメール。
それに加えて、オークションへの出品準備や入金確認、税務処理などの雑務が山のように押し寄せている。
俺もできる範囲で手伝ってはいるが、最終的なチェックや丁寧な返信は、桜が「私がやる」と言って譲らない。
きっと、両親との約束を守ろうとしているんだろう。
大学生活と探索者活動、どちらも中途半端にしない、と。
だからこそ、ギルドの運営業務という責任ある仕事を、投げ出したくないという思いが強いのだろう。
その責任感は立派だが、見ていて痛々しいのも事実だった。
「大丈夫。大事な話みたいだし、座って休んでてくれ。コーヒー入れ直すから」
「……うん、分かった」
桜はしおらしく頷き、俺の隣にちょこんと座った。
目の下にうっすらとクマを作りながらも、疲労を隠そうとして背筋を伸ばしている姿がいじらしい。
◇
十分後。
インターホンが鳴り、ADAの伊達さんと、白雪さんがやってきた。
どうやら伊達さんが連れてくると言っていた職員さんは、顔見知りだったようだ。
まぁ、この場所をおいそれと広げるわけにいかないだろうから、よく考えれば分かる話だった。
俺は二人をリビングに通し、対面に座った。
「単刀直入に申し上げます」
伊達さんは、出されたコーヒーには手を付けず、真剣な眼差しで切り出した。
「ADAより、ギルド【空飛ぶ大福】への専属職員の派遣――出向をご提案させていただきます」
「出向、ですか?」
「はい。対象者は、こちらの白雪です」
「よろしくお願いいたします」
いつもと違い、どことなく余所行きというか、丁寧さを感じる。
やはり上司の横というのは、居心地が悪く感じるものなんだろう。
「理由はご推察の通りです。
先日のバチカン騒動、そして出雲の『
現在、柴田さんという存在に、世界中の目が集まりすぎています」
伊達さんは苦々しい顔をした。
俺としては静かに暮らしたいだけなのに、やったことがデカすぎたらしい。やりたくてやったわけではないのに……。
「以前から動きはありましたが、各国の諜報機関はもちろん、怪しげな組織や企業が、貴方との接触を図ろうと躍起になっています。
ADA日本支部としても、日本の最高戦力である貴方とのパイプを強固にし、無用なトラブルから守る必要があると判断しました」
「つまり、お目付け役兼、防波堤ってことですか」
「……言葉を選ばずに言えば、そうなります」
伊達さんは正直だ。
要するに、俺たちの動きをADAが把握しておきたいという意図もあるだろう。
内部にADAの人間が入れば、こちらの情報は筒抜けになる。監視されると言ってもいい。
俺は少し考え、いくつか確認することにした。
「伊達さん。いくつか質問しても?」
「はい、何なりと」
「まず、ADAからの出向ってよくあることなんですか?」
「ええ。あまり公にはなっていませんが、【
なるほど、俺だけが特別扱いというわけではないらしい。
ただ。
「うちは超弱小ギルドですし、国益とは全く関係ありませんが?」
「ははは。冗談はやめてください」
真面目な顔で否定された。解せぬ。
俺としては結構真剣に確認したんだけどな。ウチのギルド、メンバーが二人しかいないんですけど。
「次に、情報の扱いです。
白雪さんがギルド内で見聞きした情報は、すべてADAに筒抜けになるんですか?
それでは、ウチとしては企業秘密も何もあったもんじゃないんですが」
これが一番の問題だ。
俺の力に関わる核心的な部分や、公開したくない情報まで報告されてはたまらない。
「ご安心ください。出向する以上、彼女は貴方のギルドの職員として扱われます。
当然、厳格な
ギルドの利益を損なうような情報漏洩、ADAへの無断報告は、倫理規定により厳しく禁じられています」
「つまり、ADAのスパイではないと?」
「ギルドの運営を補佐し、ADAとの円滑な連携を図ることが目的です。
もちろん、貴方が反社会的な行動や、国家転覆を企てた場合はその限りではありませんが」
伊達さんが少しだけ笑う。
まあ、テロを起こさない限りは、こちらの秘密は守られるということか。
「最後に、指揮命令系統です。
彼女の上司は誰になりますか? 貴方ですか、俺ですか?」
「業務に関しては、ギルドマスターである貴方です。
ADAからの指示に従う必要はありません。あくまで【空飛ぶ大福】の利益のために動きます。
……まあ、給与の支払いはADAからになりますが」
つまり、金はADAが出すが、働くのは俺たちのため。
ADAとしては、俺たちとのホットラインが確保できればそれでいいということか。
白雪さんをチラリと盗み見る。
真面目風に、でもどこかニコニコした表情をしている。
今回の出向話は彼女にとって悪い話じゃないんだろうか。
さすがに本人に直接尋ねたとして、本心が返ってくるとは思えない。
日本の社会人として、上司の前で素直な自我を出せないだろうし。
俺は、隣に座る桜を見た。
大事な話の最中なのに、瞼が重そうに落ちてきている。それに一生懸命立ち向かおうと努力しているのが、よく分かった。
このままでは、桜が潰れてしまう。大学の勉強も、探索者の鍛錬もできなくなってしまう。
そんな本末転倒な事態は、俺が一番望まないことだ。
それに、ADAと太いパイプがあることは、デメリットばかりではない。
いざという時、桜や家族を守れる手段が増えるなら、俺の情報が多少漏れるくらい安いものだ。
俺の力の核心さえバレなければ問題ない。
「分かりました。受け入れます」
俺の答えに、伊達さんが驚いたように目を丸くする。
「……よろしいのですか? 即決で」
「ええ。条件は悪くないですし、桜の負担を減らせるなら、それが一番です。
それに、白雪さんが優秀なのは知っていますので」
「ありがとうございます。精一杯頑張ります」
白雪さんが、嬉しそうに胸の前で小さくガッツポーズをした。
あざといなぁ。俺じゃなきゃイチコロだね。
その後、詳しい契約内容を確認し、正式なサインを交わした。
俺たちにとっては、無料で専属スタッフが手に入るようなものだ。破格の好条件と言える。
「では、白雪をよろしく頼みます。私はこれで」
伊達さんは安堵したように息を吐き、足早に帰っていった。
激務なのだろう。彼もまた、俺のせいで仕事が増えた一人かもしれない。
……今度お中元でも贈ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます