第128話 ガラクタ

「じゃあ、私が持ってるこういうガラクタにも、何か隠された秘密があったりするんですか?」


 星羅が冗談めかして、自分の胸元につけていたブローチを外してテーブルに置いた。

 黒く煤けた、ドクロを模した銀のブローチだ。

 デザインはいかにもゴシックで、彼女の服装には似合っているが、作りは粗雑で安っぽい。


「どうしたんだ、これ?」

「結構昔に、新宿ダンジョンの近くにある裏マーケット……ADAの鑑定で値がつかなかったガラクタを勝手に売買してる露店通りがあるですけどぉ、そこのお婆ちゃんに『呪いのブローチだよ、ヒヒヒ』って言われて、五千円で買ったんです。

 でも全然呪われないんですよぉ。ただの煤けた銀細工で。詐欺ですよねぇ」

「ふぅん……」


 ブローチを受け取った俺は、何気なく視線を向け、心の中で【解析】と念じた。

 設定で出した、鑑定能力があるアーティファクトを取り出す必要はない。そのアーティファクトは身につけておくだけで良いと言えば、勝手にネックレスとか何かと勘違いするだろう。


 視界に情報ウィンドウがポップアップする。


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冥府の銀貨カロン・コイン

 着用者に闇属性魔法の適性があれば、威力が10%向上する。

 また、誰であろうと装備中は精神力の自然回復が30%向上する。


 -----------------


「……おっと」


 これは良い品だ。

 そういえば、聖羅は十宮のマジックタンクになっていたな。素の能力もあるんだろけど、このアーティファクトの力も大きかったのかもしれない。


「え? 何か出ました?」

「成瀬、これ、五千円で買ったの?」

「はい。安くないですか? デザイン可愛いし、ゴスロリに合うじゃないですか」

「これ、闇魔法に適性があれば威力向上、なくても精神力MP回復力向上のアーティファクトだって。

 市場価格だと……安く見積もっても数千万はいくんじゃないかな。オークションなら億いくかも」


 俺の言葉に、時が止まった。

 星羅が固まった。

 桜もプリンを口に入れたまま、スプーンを咥えて停止する。


「う、嘘ですよね!?」

「いや、本当マジ。【冥府の銀貨】っていう、かなり強力なやつだな」

「ご、ごせんえんが……おく……!?」


 星羅は震える手でブローチを拾い上げ、拝むように握りしめた。

 その瞳孔が開いている。


「やった……やったぁ……! これでお金持ち……!

 カズキ様……見てますか……私、一生遊んで暮らせるかも……」


 ブツブツと譫言のように呟く星羅。

 その口から出た名前に、俺は眉をひそめた。


「……そういえば、十宮って元気なの?」


 十宮和樹。

 かつて——そこまで昔ではないか——アイドル探索者と呼ばれ、日本の探索者界隈では有名だった男。

 だが、サンダー・ベル討伐戦での失態で評価は地に落ちた。

 星羅は彼のギルド【テンペスト】のメンバーであり、彼に心酔していたはずだ。


 星羅は、ブローチを大事そうに懐にしまいながら、深くため息をついた。


「元気も何も……今のカズキ様、見てられないんですよ」

「そんなに酷いのか?」

「酷いなんてもんじゃないです。悲惨ですよ」


 星羅が語った現状は、予想以上に没落した元アイドルの姿だった。


 あの日以来、十宮の評価は暴落した。

 最大スポンサーだった倶蓮牙くれんが財閥が撤退し、ギルド【テンペスト】の資金繰りは一気に悪化した。


 なんだかんだ強力なスキル持ちで、地力はあるヤツなんだろうから、規模を縮小して地道に活動すれば再起の目はあったかもしれない。

 だが、十宮のプライドがそれを許さなかったようだ。


「カズキ様ったら、お金もないのに今まで通りの贅沢な生活をやめないんですぅ。

 『俺はカズキ様だぞ! 最高級の肉を持ってこい!』ってレストランで怒鳴り散らしたり。

 装備も、特注品を借金してまで買い漁って……」


「うわぁ……典型的な破滅パターンだな」


「それだけじゃないんですぅ。

 今までカズキ様が偉そうにしてた分、周りの探索者からの風当たりも強くて。

 街を歩けば『おい見ろよ、カズキ様(笑)だぜ』、『いきったあげくビビって逃げた腰抜けだろ?』って指差されてクスクス笑われるんです。

 カズキ様、それにいちいち反応して『貴様ら! 俺を誰だと思ってるんだ!』って顔を真っ赤にして……」


 星羅は悲しそうに、でもどこか熱い目で続けた。


「最近なんて、ストレスのせいか髪も薄くなってきちゃってぇ。

 この前なんて、なけなしのお金で高級クラブに行って、ホステスさんに『俺の女になれ』って迫ったらしいんですけど、『えー、無理。今の十宮さんとか将来性ないし』って面と向かって断られたそうです」


「……それは、なんていうか。ざまぁ、と言っていいのか同情すべきなのか」


 俺は複雑な顔をした。

 かつてあんなに輝いていたであろう男が、ハゲて借金まみれで女性に振られる。

 因果応報とはいえ、あまりにも哀れだ。


「私、何度も言ったんです。『カズキ様、一回プライド捨てて、初心に戻りましょう』って。

 そしたら『うるさい! お前に俺の何が分かる! 俺は選ばれた人間なんだ!』って逆ギレされて。

 ……でも、そんなカズキ様も可愛いんですよね♡」


 星羅が自分の肩を抱き、きゃーっとウネウネする。

 え、何この子? 怖いんですけど……。


「でも、このブローチがあれば! カズキ様のためになるかなぁ!」

「いや、それは……取っておいて、戦力向上にした方がいいんじゃないかなぁ」

「う、うん、そうだよ! 長い目で見ればそっちの方がお得だよ!」


 ダメ男に貢ぐメンヘラを、俺と桜は必死に止める。

 そんな使い方は、さすがにもったいなさ過ぎる。

 聖羅がいつか十宮から目覚める時が来た時に、絶対後悔しそうだ。


「えぇ? そうですかぁ?

 ……まぁそうかも……せっかく余ったお金で、桜ちゃんと一緒に『ゴスロリ最強魔法少女隊』作ろうと思ったのになぁ」

「えっ、ええぇ……? 私は遠慮しとくよぉ……。ひろくんといたいし……」

「なんでー! 桜ちゃん絶対似合うのに! もったいない!

 あ、そうだ! 今日着てきた服も絶対桜ちゃんに似合うと思って持ってきたの! ちょっと着てみてよ!」


 星羅が持ってきたトランクケースを開ける。

 中には、前回よりもさらにフリルの多い、白を基調としたロリータドレスが入っていた。


「テーマは『堕天使の休日』! ほらほら、こっち来て!」

「ちょ、ちょっと星羅ちゃん!? プリン食べてる途中だから! スプーン! スプーン危ない!」


 嫌がる桜を、星羅が強引に引っ張っていく。

 ちょっと疲労が溜まっている桜も、良い気分転換になると思ったのか、それとも星羅の勢いに逆らえないのか、顔を赤くしながらも引きずられていく。


「ひろくん、助けてぇ……」

「ははは、似合うと思うぞー。写真撮ってやるから」

「もうっ! ひろくんのバカ!」


 桜の抗議の声と、星羅の「可愛いー!」という歓声が、リビングの奥へと消えていく。

 俺は残った黒烏龍茶を飲み干し、ふっと息を吐いた。


 十宮和樹の没落。

 それは、彼が身の丈に合わない力と虚構の評価にしがみついた結果だ。


 自分はどうだろうか。

 世界を改変できるほどの力を持ちながら、こうして平穏な日常を貪っている。

 だが、この平穏こそが、俺にとっての身の丈なのだ。


 しばらくして、着替えを終えた桜が戻ってきた。

 純白のレースに包まれたその姿は、確かに天使そのものだった。


 俺がカメラを構えると、桜は恥ずかしそうに、でも少し嬉しそうに微笑んだ。

 星羅が横で「最高! 神! 尊い!」と叫びながら、スマホで連写している。


 賑やかで、馬鹿馬鹿しくて、平和な時間。

 外の世界では、俺を巡って様々な思惑が動いているのだろうが、この家の防壁——物理的にも精神的にも——は鉄壁だ。


 ◇


 数時間後。

 星羅は満足げな顔で、嵐のように去っていった。


「……元気な子だなぁ」

「うん。でも、星羅ちゃんが元気そうでよかった。十宮さんのことで悩んでるんじゃないかって心配だったから」

「そうだな。まあ、あの子ならどこでも楽しく生きていけるよ。

 ……さて、と」


 俺は大きく伸びをした。

 星羅のおかげで、ワイドショーを見た後のモヤモヤも晴れた。

 今日はもう、ゆっくりゲームでもしよう。


 そう思った矢先だった。

 俺のスマホが振動した。


 通知画面には、ADAのロゴと共に、ある人物の名前が表示されていた。






———————— あとがき ————————


お読みいただきありがとうございます!

ここから少し、1日1回投稿にしてみようと思います。

物足りないようであれば2回投稿に戻すかもしれません。書けるかどうかの調子次第ですが……^^;

今後も応援よろしくお願いします!

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