第127話 再来

 ——プツン。


 俺はリモコンの電源ボタンを押し、録画配信アプリを終了させた。

 画面の中で偉そうに語っていた評論家や司会者の顔が、ブラックアウトして消える。

 やはり騒がしいワイドショーは害悪でしかないと思うんだ。


 リビングに静寂が戻る――はずだった。


「キャハハ! ウケる! 言いたい放題じゃないですか! テロリスト扱いですよ、テロリスト!」


 隣のソファで爆笑し、高級そうなクッションをポカポカと殴っているのは、なぜか今日も遊びに来ていた成瀬星羅なるせせいらだ。


 フリル全開の黒いゴシックドレスに身を包んだ彼女は、桜の友人であり、以前俺たちとも一悶着あったギルド【テンペスト】の魔法使いだ。


 ことさら桜を気に入った彼女は、頻繁に我が家を訪れるようになった。

 家は東京にあるらしいが、わざわざ新幹線や飛行機で来ているようだ。


 よくそんなにお金があるなぁと思ったが、有名ギルド【テンペスト】のトップパーティーの一員だっただけあり、結構稼いでいるようで、これくらいの交通費は屁でもないらしい。


 すごいなぁと思うが、よく考えたら俺の方が稼いでいるんだった。スゴいぞ、俺。

 そして今日も、「新作の限定・極生プリン持ってきたよ!」と、嵐のように押しかけてきたのだ。


「いやぁー、何回見てもお腹痛い! 『承認欲求モンスター』だって! ランクワンさん、いつの間にかモンスター認定されてますよぉ!」


 俺がテレビに出てると教えてくれたのは聖羅だった。

 一緒に観ましょうと、録画配信アプリを起動したら、これだ。


 憤慨してくれるかと思いきや、完全にネタとして消費しているようだ。

 当人を前にバンバンと高級クッションを叩いて笑い転げている。この子のメンタル、鋼鉄か何かなのか?


 俺は淹れたてのコーヒー——リクエスト通りの砂糖とミルクたっぷりのやつだ。コーヒーの趣味は合うので、悪いやつではないんだろう——を星羅の前に置きながら、やれやれと肩をすくめた。


「まあ、有名税みたいなもんだよ。わざわざこっちが本当のこと言ったって、偏向報道されるのがオチだろうし」

「それはそうですけどぉ。でも、世界を救った英雄を捕まえてテロリスト呼ばわりとか、マスゴミも終わってますねー。キャハッ!」


 その横で、桜は手土産のプリンの箱を丁寧に開けながら、苦笑いを浮かべていた。

 ちょっと疲労が溜まっていそうなので、美味しいプリンは癒しになるだろう。


「星羅ちゃん、楽しそうだね……。ひろくんは大変なんだよ?」

「桜ちゃんが天使すぎる……! こんな理不尽な世の中で、どうしてそんなに清らかでいられるの!?」


 星羅が桜の手を握りしめてウルウルと目を潤ませる。

 この温度差こそが、柴田家の日常だった。


 ふと、星羅がスプーンを咥えたまま、ニヤリと笑って俺を見た。


「でも、実際どうなんですかぁ? あの評論家のおじさんはデタラメだって言ってましたけど、本当に載せてる情報は全部合ってるんですか?」

「全部合ってるよ。むしろ、ヤバすぎて載せてない情報の方が多い」

「全部……。やっぱり、ランクワンさんには何か『視えて』るんですか?」


 その問いに、俺は少しだけ考える素振りを見せた。


 【解析】スキル。


 それは俺が持つ力の一部であり、この世界の理そのものを読み解くチート能力だ。

 だが、これをそのまま伝えるわけにはいかない。


 「自分は世界の理に触れる力を持っています」などと言えば、それこそ俺の求めるまったりライフから遠ざかってしまう。


 だから、俺はあらかじめ用意していた設定を口にした。


「……ここだけの秘密だぞ?」

「はい! 誰にも言いません! 桜ちゃんに誓って!」


 なるほど。その誓いほど強固なものはないな。


「実は、前にエクストラ・ダンジョンなる訳の分からないダンジョンをクリアしただろ?」

「あのアナウンスが流れた」

「そう。その時にあるアーティファクトもゲットできてて。それを使うと、モノの情報がなんとなく浮かんで見えるんだよ」


 もちろん嘘である。

 だが、100%の嘘ではない。

 どこかの誰かが言っていたが、嘘をつくには真実の中の隠したい部分だけに嘘をまぶすのが良いらしい。


 この世界には鑑定スキルは存在しないとされているが、未知のアーティファクトならあり得るかもしれない、と思わせる余地はある。

 親しい人間にはこの便利な道具アーティファクトを持っているという嘘で通し、それ以外の人間には経験と勘、あるいは積み重ねたデータで通し、困ったらノーコメントでいく。


 それが俺達の決めたルールだった。


「ええっ! すごい! やっぱり【鑑定】スキルって実在したんですねっ!」

「まあ、万能じゃないけどね。何回も使わないと詳しく分からないし、読み取れない文字も多い。だからなんとなく分かる程度だよ」

「へぇぇ……! それが大福ライブラリの秘密……!」


 星羅は目を輝かせて納得したようだ。

 チョロい、もとい、素直で助かる。


 俺は心の中で、自身が公開している大福ライブラリの内容について反芻した。

 世間では神の知識だの悪魔の書だの騒がれているが、実際に公開している情報は、実はそれほど多くない。

 記事数にして、まだ100件ほどだ。


 内容は大きく分けて三つ。


 一つ目は、アイテムやアーティファクト、スキルのちゃんとした効果。

 例えば、錆びた剣としか鑑定されないアーティファクトが、実は特定の条件で洗うと魔剣になるといった隠し要素。

 あるいは、ダメ魔法と馬鹿にされていたスキルが、使い方次第で強力な防御手段になるという応用例。


 ただし、俺の目に見えているような『攻撃力パラメータ:+500』、『耐久パラメータ:30%向上』といった数値的なデータは、絶対に公開しない。


 そんなゲーム的な数値を出してしまえば、この世界が何かしらの『システム』で動いているのではと、解決のない争いが生まれてしまうだろうし、ただでさえ【ランク】による選民思考が生まれつつある社会を、より混沌とさせてしまうかもしれない。


 だから表現は、『非常に切れ味が鋭くなる』『壊れやすいので注意』といった、アナログな説明に留めている。


 二つ目は、魔物の特徴やドロップ品の情報。

 オークソルジャーの首の後ろが弱点といった攻略情報や、このエリアの魔物は、稀に希少な鉱石を落とす、といった情報だ。

 ここでも、ドロップ率といった数字や、明らかにドロップが困難なアイテムは伏せている。


 そんな数字を見せられたら、誰も夢を見なくなるからだろうし、証明のしようがないからだ。

 あくまで『運が良ければ手に入るかも』、『狙うならこの魔物』程度の誘導に留めている。


 三つ目は、一つ目に似ているが、素材の効能や効率的な抽出法。

 ポーションのレシピが代表例だが、他にも『薬草は煮込むより蒸した方が成分が抽出できる』とか、『この鉱石は冷やしながら叩くことで魔力伝導が向上する』といった実用的な技術情報だ。


 そして、これらを公開する基準は明確だ。

 多くの人の益になること。

 誤解したままだと命に関わるリスクがあること。

 この二点だ。


 今更ではあるけど、できるだけ『敵』は作りたくない。

 可能であれば、損する人がいない情報。あるいは損する人が多少出るかもしれないけど、そのままにしておくには危険な情報。それを公開基準としたわけだ。


 逆に言えば、それ以外の情報はほぼ非公開にしている。

 特に、知ってしまうと誰かが強くなりすぎる情報は絶対に出さない。


 例えば、国家転覆レベルの毒物の作り方や、人の精神を支配するアーティファクトの入手場所。

 あるいは、俺の優位性を脅かすような強力なスキルの取得条件。


 これらは俺の胸の内にしまっておく。

 世界を便利にするつもりはあるが、世界の均衡を崩して、俺の平穏な生活が脅かされるのはゴメンだからだ。


「……じゃあ、評論家のおじさんたちが『毒の作り方が載ってない!』って怒ってたのも?」


 星羅がプリンを頬張りながら首を傾げる。


「うん。例えば、この前拾った【ロコココロの木の実】ってのがあるんだけどね。

 あれ、すり潰してある特定の水に溶かすと、無味無臭の猛毒になるんだ。町一つくらい簡単に滅ぼせるレベルの」

「ひえっ……」

「そんなもん公開してみたらヤバいだろ。世界中でテロが起きるぞ。だから『食用不可。死ぬリスクあり。絶対避ける』とだけ書いておいた」

「なるほどぉ……。ランクワンさん、やっぱり世界のことを考えてるんですねぇ……」


 星羅が尊敬の眼差しを向けてくる。

 まあ、半分は自分のためだが、結果として世界のためになっているならそれでいいだろう。


 その時、星羅が思い出したように自分の胸元に手をやった。

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