澳門狂騒曲編

第126話 お茶の間【ワイドショー②】

 4月下旬、東京・六本木。

 NBSテレビの第1スタジオは、本番直前の独特な緊張感と、獲物を前にした獣のような熱気に包まれていた。

 無数の照明が白いセットを照らし出し、スタッフたちが慌ただしく動き回る。


 お昼のワイドショー番組【ライブ! アサクラ屋】。

 主婦層や社会に鬱憤を溜めている層を中心に高い視聴率を誇るこの番組だが、自認している『公益性のある報道』とは真逆の、企業の思考を色濃く反映した偏向報道で有名だ。


 今日は、特に力を入れた特集を組んでいた。

 テーマは一つ。

 世界を揺るがす謎のウェブサイト【大福ライブラリ】と、その管理者であるランクワンこと浩之についてだ。


 MC席に座る朝倉は、手元の台本をチェックしながら、内心でほくそ笑んでいた。

 (今日の数字は跳ねるぞ……)


 バチカン騒動以降、いや、サンダー・ベル騒動から、世界はシバタヒロユキ一色だ。

 宗教、経済、医療、そしてもちろんダンジョン界隈。あらゆる分野に激震が走っている。


 だが、視聴者が求めているのは、彼がいかに凄いか、という称賛ではない。得体の知れない力を持つ個人への恐怖と嫉妬だ。


 そこを突く。

 大衆の不安を代弁し、正義の皮を被って異物を叩く。

 それがワイドショーの正義であり、最高のエンターテインメントだと、彼は確信していた。


 朝倉は、今日のゲストである二人の論客に視線を流した。


 一人は、ダンジョン攻略メディアの最大手【月刊・最前線ナビ】の編集長であり、古参のダンジョン評論家、権田ごんだ

 脂ぎった額に汗を浮かべ、不機嫌そうに貧乏ゆすりをしている。

 彼は反柴田の急先鋒だ。自身のメディアが積み上げてきた権威が、たった一人の素人に脅かされているのだから当然だろう。


 もう一人は、元ADA日本支部・情報分析官。現在はフリーの探索者コンサルタント、三条さんじょう

 こちらは対照的に、涼しげな顔で手元のタブレットを確認している。

 銀縁眼鏡の奥にある瞳は理知的で、感情を表に出さない。


 (完璧な配置だ。感情的な批判者と、冷静な分析者。最後は私が権田に同調して、「やはりシバタは危険だ」という空気で締めればいい)


「本番10秒前! 5、4、3……」


 カウントダウンに合わせて、朝倉は表情を、憂国のキャスターへと切り替えた。


「――こんにちは、時刻は正午を回りました。ライブ! アサクラ屋の時間です」


 オープニングの軽快なジングルとは裏腹に、朝倉の声は重々しい。

 背後の巨大LEDモニターには、毒々しい赤文字で『緊急特集! 世界を惑わす“悪魔の書”の正体とは?』と表示されている。


「先日のバチカン市国による異端認定騒動、そして劇的な和解。その中心にいた日本人探索者、シバタヒロユキ氏。

 彼が突如として公開したウェブサイト【大福ライブラリ】が今、世界中で物議を醸しています」


 画面が切り替わり、シンプルすぎるほどシンプルな、そのサイトのトップページが映し出された。

 広告なし。装飾なし。

 ウィキペディアのようなスタイルのサイトに、ただ、100件ほどのテキストリンクが並んでいるだけだ。


「ポーションのレシピ公開による製薬株の大暴落は記憶に新しいですが、彼が公開している情報はそれだけではありません。

 モンスターの攻略法、アイテムやアーティファクトの真の効果、素材の抽出法……。

 ネット上では神の知識と崇められる一方で、専門家の間からは「あまりにも危険すぎる」「無責任だ」という批判の声が上がっています。

 果たして、このサイトは我々に何をもたらすのか。今日は徹底的に議論していきたいと思います」


 朝倉がカメラ目線でキメてから、ゲストを紹介する。


「本日のゲストは、ダンジョンジャーナリズムの重鎮、権田編集長。そして、データ分析のスペシャリスト、三条さんです」


 よろしくお願いします、と短く挨拶する二人。

 すでに火花が散っているのが、画面越しにも伝わるほどだ。


「ではまず、権田さん。単刀直入にお聞きします。

 この【大福ライブラリ】。長年ダンジョンを取材されてきた権田さんの目には、どう映っていますか?」


 権田は、待っていましたとばかりに鼻を鳴らし、用意していたフリップをバンと叩いた。


「ハッキリ申し上げましょう。有害な落書きであり、悪質なフェイクニュースです」


 スタジオの観覧席から「えぇー……」というどよめきが起きる。

 権田はそれを、我が意を得たりと解釈したのか、さらに声を荒らげた。


「皆さん、冷静になって考えてください。

 ダンジョンが発生して十数年。世界中の国家予算と、何千何万という優秀な研究者、尊い探索者たちの犠牲、そして我々メディアの努力。それらの上に積み上げられてきたのが、現在のダンジョン攻略情報なんです。

 それを? どこの馬の骨とも知れぬ個人が? たった100件程度の書き込みで覆せるわけがない!」


「なるほど。つまり、書かれている内容は嘘だと?」

「嘘もいいところです! シバタ氏は真実などと謳っていますが、その根拠が一切示されていない。

 例えばこれを見てください」


 権田がフリップをめくる。

 そこには、大福ライブラリのモンスター攻略のページが拡大印刷されていた。


「ここです。『オークソルジャーの攻略法:首の後ろ、第三頸椎の下あたりを狙え。そこだけ皮膚が薄く、神経が通っている』。

 ハッ! 笑わせますね。オークソルジャーといえば、戦車砲すら弾く筋肉の鎧を持つ怪物ですよ?

 解剖学の権威ですら発見できていない弱点を、なぜ彼が知っていると言うんです?

 これは『たまたま急所に当たって倒せた』という一度きりのラッキーを、さも普遍的な攻略法であるかのように誇張して書いているに過ぎない。

 こんな無責任な情報を信じて、若い探索者が特攻を仕掛けたらどうなるか……想像するだけで背筋が凍りますよ!

 シバタという男は、自分の承認欲求を満たすために、他人を死地に追いやっている殺人鬼予備軍だ!』


 権田の熱弁に、スタジオが静まり返る。

 確かに、「戦車でも倒せない怪物を、ここを突けば倒せる」と言われれば、常識的には狂人の戯言にしか聞こえない。

 朝倉は深刻な顔を作って頷いた。


「確かに……命に関わる問題ですね。根拠のない情報は凶器になりかねない。

 ……三条さん、貴方はどう思われますか?」


 三条は、権田の怒号などどこ吹く風といった様子で、手元のタブレットを操作した。

 そして、スタジオの大型モニターに映像を転送する。


「……権田さんの仰る「常識」は、昨日までの常識ですね。これをご覧ください」


 映し出されたのは、動画サイトの映像だった。

 場所は薄暗いダンジョンの中。撮影者はアメリカの探索者パーティーだ。


 目の前には、巨大な戦斧を持ったオークソルジャーが咆哮を上げている。

 これまでなら、戦闘スキルに特化したパーティーで包囲し、数十分かけて削り倒す相手だ。


 だが、映像の中の剣士は、スマホの画面を一瞥すると、ためらいなく怪物の懐に飛び込んだ。

 そして、細身のレイピアを一閃。

 権田が「不可能だ」と断じた首筋のポイントを、正確に突き刺した。


 ――ズンッ。


 巨体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

 動画の撮影者たちが「Oh my GOD!!」「Shibata is Real!!」と絶叫し、ハイタッチを交わす。


「……これは昨日投稿された動画です。再生数はすでに5000万回を超えている。

 これだけではありません。フランス、ブラジル、中国……世界中から「情報の通りだった」、「ゴミだと思っていたアーティファクトが宝に変わった」という報告が、今のこの瞬間も上がってきています」


 三条は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、権田を見据えた。


「権田編集長。貴方はこれを全て、偶然、で片付けるおつもりですか?」

「ぐっ……! そ、それは……動画自体がフェイクの可能性も……! CG技術は進化していますからな!」


「フェイク動画を作るために、世界中の探索者が結託したとでも?

 それに、ADA本部も今朝、非公式ながら「情報の有用性について検証を開始する」というコメントを出しています。

 少なくとも、デタラメではないことは証明されつつあります」

「なっ……!? ば、馬鹿な……ADAが認めたというのか!?」


 権田の顔から血の気が引く。

 ADAという絶対的な権威の名前を出されては、反論の余地がない。

 だが、ここでMCの朝倉が、巧みに論点をずらした。


「ええ、確かに効果はあるのかもしれません。

 ですが三条さん。権田さんが仰った、根拠がないという点についてはどうですか?

 彼がなぜ、ADAの研究機関や各専門メディアですら知らない情報を知っているのか。

 そこに何かしらの……不透明さ、あるいは不正な手段があるのではないですか?」


 朝倉の誘導尋問。

 結果が出ているからいいじゃないか、という空気を、でもやり方が怪しいよね、という不信感へ誘導するテクニックだ。

 三条は少しの間沈黙し、慎重に言葉を選んだ。


「……おっしゃる通り、情報の出所は不明です。

 現状、人類が持つスキルの中に、対象の情報を数値や文字として読み取る鑑定や解析といった能力は確認されていません。

 もしそんなスキルがあれば、これまでの十数年間でとっくに発見されているはずですから」


「ええ、そうですね。では、スキルではない?」

「常識的に考えれば、そうです。だとしたら、可能性は二つに絞られます」


 三条が指を一本立てる。


「一つ目。

 彼が魔物と対話できる、あるいは魔物の生態系そのものを肌感覚で理解している可能性です。

 何万回と斬り結ぶ中で、生物としての構造や、魔力の流れを本能的に見抜く域に達している。いわば、達人の直感ですね」

「な、何万回……? 彼はまだ若いという情報もありますが」

「年齢は関係ありません。濃密な死線の数は、桁違いの経験になりますからね」

「なるほど……超人的な経験と直感、ですか。では、二つ目は?」


 三条が二本目の指を立てる。

 その表情が、少しだけ険しくなった。


「二つ目は、彼が未知のアーティファクト……例えば「全知全能の書アカシックレコード」のような、失われた知識体系にアクセスできる手段を持っている可能性です。まぁこれが『あり』なら、鑑定スキルを所持しているのも『あり』になりますね」

「バカバカしい!」


 権田が大声で遮った。


「達人の直感? アカシックレコード? 何を言い出すかと思えば!

 三条さん、貴方も落ちましたね。元ADAの分析官が、そんなオカルトを公共の電波で語るとは!」


 権田は勝ち誇ったようにカメラに向き直る。


「いいですか、視聴者の皆さん。騙されてはいけません。もっと単純な話ですよ。

 彼は、どこかの国家機関か、あるいは犯罪組織がバックについている広告塔に過ぎないんです!

 組織が長年かけて集めた極秘データを、さも個人の手柄のように小出しにしているだけだ!」


「組織のデータ、ですか?」


「そうです! そうでなければ説明がつかない!

 彼が公開している情報は、まだ100件程度。なぜもっと出さない?

 それは、彼が情報をコントロールし、市場を混乱させるタイミングを計っているからです!

 無料という甘い餌で大衆を釣り、既存の出版社や研究機関の信用を失墜させる。

 そうやって我々専門家を排除した後で、独占的な情報を高値で売りつけるつもりなんですよ!」


 権田の目は血走っていた。

 これこそが彼の本音だ。

 【大福ライブラリ】のせいで、自身の雑誌【最前線ナビ】の売上が落ち、自分の言葉が軽んじられていることへの私怨。


 三条はため息交じりに反論した。


「……権田さん。貴方の説には矛盾があります。

 もし彼が市場を混乱させたいなら、もっと過激な情報を出すはずです。

 ですが、彼が公開しているのは、誰かの役に立つ情報ばかりだ。

 逆に、社会的に危険な毒物の生成法や、大量破壊兵器になりうる素材の情報は、不自然なほど綺麗に抜け落ちている」


「だから、それが手口だと言っているんです! 善人のフリをしているだけだ!」

「フリ、ですか……。私には、彼が子どもにナイフを持たせないように配慮する、至極真っ当な理性を持っているように見えますがね」

「真っ当な理性……ですか』


 三条の言葉に、朝倉が目を向ける。


「ええ。彼は世界を破壊したいわけでも、支配したいわけでもない。

 ただ、これを使えばみんな楽になるだろうと、便利な道具を置いていっているだけ。

 ただし、危険なオモチャは隠してね。

 ……その底知れない理性と余裕こそが、私には何よりも恐ろしく、そして頼もしく思えます」


「ふざけるな!

 彼はただのルール破りの無法者だ!

 正規の手続きも踏まず、検証も経ていない情報をばら撒くなんて、テロリストと同じだ!

 我々メディアが築き上げてきた秩序を、土足で踏み荒らすなと言いたい!」


 権田が机を叩いて吠える。

 議論は平行線だ。

 三条の論理的な擁護も、権田の感情的な怒声にかき消されつつある。


 朝倉は、頃合いだと判断した。

 スタジオの空気は十分に『シバタ=不気味な存在』として温まった。


「……お二人の熱い議論、ありがとうございます。

 確かに三条さんの仰る通り、結果として恩恵を受けている探索者がいるのは事実でしょう。

 ですが、権田さんが警鐘を鳴らす情報の出所や責任の所在が不明確であるという点……これは非常に重い問題です」


 朝倉はカメラに向かって、真剣な表情を作った。

 さも視聴者の安全を第一に考えているかのような顔で。


「インターネット上には、真偽不明の情報が溢れています。

 たとえ今は正しい情報だとしても、明日には毒が混ざるかもしれない。

 シバタ氏という個人が、どれだけ善意を持っていたとしても……たった一人の管理者に、世界中の命運を委ねてしまっていいのでしょうか?

 私は、権田さんの仰る正規のプロセスや専門家のチェックこそが、やはり社会には必要不可欠だと感じます」


「その通りだ! 朝倉さん、よく分かっていらっしゃる!」


 権田が我が意を得たりと頷く。

 三条は不服そうに眉をひそめたが、番組の進行上、これ以上の反論は許されなかった。


「さて、そんな渦中のシバタ氏ですが、現在その所在は不明です。

 一部では海外への逃亡説も出ていますが……果たして彼は救世主なのか、それともトリックスターなのか。

 引き続き、当番組では彼の動向を追っていきたいと思います」


 朝倉が爽やかに締めくくると同時に、軽快なエンディングテーマが流れ始めた。

 スタジオの照明が落ちる。


「カーッ! 不愉快だ!」


 CMに入った瞬間、権田が忌々しそうにマイクを外し、スタジオを出ていく。

 三条は静かにタブレットを閉じ、朝倉に一礼した。


「……公平な議論とは言えませんでしたね、朝倉さん」

「まさか。テレビは『分かりやすさ』が一番ですから」


 朝倉は薄く笑った。

 今日の放送で、シバタヒロユキに対する世間の目は、称賛一辺倒から疑念へと揺り戻されたはずだ。

 英雄は、叩かれてこそ輝く。そして、叩き落とされた時が一番視聴率が稼げるのだ。


 ――のぼせ上がる素人など、俺の力で踏み潰してやる。


 だが、彼らは知らない。

 テレビの画面越しに「救世主」、「トリックスター」と語られた浩之本人は、世間の評価など一切気にすることなく「あーまったりしたい。ゲームよ、やっぱ!」などと呟きながら、黒烏龍茶を飲んでいることを。




———————— あとがき ————————


読んでいただきありがとうございます!

本日から第5章【澳門狂騒曲】をお送りいたします。

現在終盤まで書けてはいるんですが、締めをどうするか迷っておりまして筆が止まっています。

ということで、本日はこの話だけとなります。

明日から本格的に本編が始まっていくと思うので……多分……きっと……、どうぞ今後も応援よろしくお願いします!

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