第120話 反撃の狼煙

 プツン。

 サマンサさんがリモコンでテレビを消した。


「……ふざけてるわ。

 彼らは自分たちが先に手を出したことを隠蔽し、貴方を悪役に仕立て上げた。

 『奇跡』を独占できなかった腹いせに、貴方を社会的に抹殺しようとしているのよ」


 サマンサさんは怒りで肩を震わせている。

 桜も不安そうに俺の袖を掴んだ。

 その手は小刻みに震えている。世界中から敵意を向けられる恐怖は、計り知れないだろう。


「ひろくん……どうしよう。ひろくんが悪者にされちゃった……」

「大丈夫だよ、桜」


 俺は残りのコーヒーを飲み干し、静かにカップを置いた。

 怒り?

 いや、不思議と怒りは湧いてこなかった。

 ただ、底知れぬ呆れと、冷たい思考だけがあった。


「あいつらは焦ってるんだよ。

 自分たちの権威の源泉である『奇跡』が、コントロールできない人間に渡ったことが怖くて仕方ないんだ。

 だから、俺を悪魔と定義して、俺の言葉全てを『悪魔の戯言』として封殺しようとしている」


 そもそも、なぜバチカンはそこまでして、たかが一つのアイテムにムキになるのか。

 それを理解するには、彼らの成り立ちと、この『ダンジョン時代』における宗教の苦悩を語らなければならない。


 バチカン市国。

 言わずと知れた、世界最大の宗教の総本山だ。


 数千年の歴史を持ち、十億人以上の信者を抱える彼らの権威の源泉は、突き詰めれば『奇跡』にある。

 神の教えを守れば救われる。祈れば奇跡が起きる。

 その神秘性こそが、彼らを特別な存在あらしめていた。


 だが――十数年前。

 世界中にダンジョンが現れたあの日、彼らの権威は根底から揺らいだ。


 今まで『神の御業』として崇めてきた奇跡以上の現象を、その辺の探索者が当たり前のように使い始めたのだ。


 祈りを捧げなくても、スキル一つで炎を出し、雷を落とし、空を飛ぶ。

 物理法則を無視した超常現象が、『スキル』というシステムとして大衆化してしまった。


 『奇跡』のバーゲンセールだ。

 神秘が日常になった世界で、ただ祈るだけの宗教にどれほどの価値が残るのか?

 信仰心は薄れ、教会への寄付金は激減したはずだ。


 そこで彼らが目をつけ、死に物狂いで独占しようとしたのが――『回復』だった。


 破壊の力は、武器で代用できる。

 だが、「傷を癒やす」「病を治す」「死の淵から生還させる」という力は、いつの時代も人類にとって最も切実な願いであり、最も分かりやすい『神の慈悲』だ。


 だからこそ、バチカンは方針を転換した。

 回復魔法の使い手、治癒効果のあるアーティファクト、高度なポーション生成技術。

 これらを徹底的に囲い込み、管理下に置くことで、『癒やし=神の奇跡』という図式を維持しようとしたのだ。


 探索者業界には、こんな都市伝説があるらしい。

 『高ランクのヒーラーや、蘇生級のアーティファクトを手に入れた者は、ある日忽然と姿を消す』と。

 神隠しならぬ、『聖女隠し』。

 それが噂レベルで囁かれるほど、彼らの独占欲は執拗で、なりふり構わないものだった。


 今回、彼らが俺たちに聖十字騎士団を差し向けたのも、その延長線上にある。

 【精霊の涙】も【聖女の薬草学書】も、彼らにとっては流出してはならない神の威厳そのものなのだ。


 まぁ、おそらく俺たちが何を手に入れたかまでは知り得なかっただろうが、エリクサーに準ずるモノはゲットしたと仮定しているんだろう。


 ……裏を返せば。

 彼らは今、それほどまでに追い詰められているということだ。

 『奇跡』を独占しなければ維持できない信仰なんて、メッキが剥がれた偶像でしかない。


 なら、剥がしてやろうじゃないか。

 彼らが必死に守り抜いてきた『神秘』のベールを、誰でも使える『技術』として白日の下に晒す。


 これは、単なる仕返しじゃない。

 偽りの神話に対する、現実からの引導だ。


 俺はスマホを取り出す。

 予想通り、俺のギルド公式アカウントやSNSには、世界中から罵詈雑言のメッセージが殺到していた。


 英語、スペイン語、イタリア語……。

 『死ね』『悪魔』『神罰が下るぞ』。


 その一方で、日本の友人知人、これまで関わった探索者たちからは擁護の声も上がっている。

 だが、圧倒的な数の暴力と宗教という絶対的な正義の盾の前には、それらの声も掻き消されそうだ。


「ミスター・シバタ。アメリカ政府として、正式に抗議声明を出すわ。

 日本政府とも連携して、貴方の無実を証明する。でも……宗教的な熱狂を鎮めるには、時間がかかる」


 サマンサさんが申し訳なさそうに言う。

 政治的な擁護はありがたい。だが、それだけでは「悪魔」のレッテルは剥がれないだろう。

 人の噂も七十五日と言うが、宗教的な恨みは七十五年経っても消えない。

 下手をすれば、俺だけでなく桜や、俺や桜の家族にまで被害が及ぶ可能性がある。


 なら、どうするか。

 守るだけではジリ貧なら、攻めるしかない。


「サマンサさん。弁明や抗議は必要ありません」

「え? でも、このままじゃ貴方は世界中から狙われることに……」

「言葉で言っても信じないでしょう。あいつらは信じたいものしか信じない」


 俺はザックを開いた。

 そこには、一冊の古びた本が入っている。

 【聖女の薬草学書レシピ】。


 バチカンが守りたかったもの。

 彼らが『神の奇跡』として独占し、高額な寄付金と引き換えに小出しにしてきた癒やしの源泉。


 それは回復魔法かもしれないし、何らかのアーティファクトかもしれない。

 これまで彼らは、それを選ばれた聖職者にしか行使できない奇跡として演出してきた。


 そんな神の奇跡が、スーパーで買える野菜みたいに、誰でも作れるものになったら?

 『奇跡』の価値は暴落し、それを管理していた彼らの権威も地に落ちる。


「……俺が悪魔だと言うなら、悪魔らしく振る舞いましょうか」


 俺はニヤリと笑った。

 それは、ダンジョンでボスを前にした時のような、獰猛な笑みだったかもしれない。

 桜とサマンサさんが、揃って苦笑いを浮かべていた。


「サマンサさん、少し時間をください。

 俺が、彼らの『神話』を終わらせてきます」

「……まさか、貴方」


 サマンサさんが目を見開く。

 俺は何気ない動作でスマホを操作し、ギルド『空飛ぶ大福』の公式サイト管理者ページにログインした。


 いくつかの操作を済ませ、送信ボタンに指をかける。

 このワンタップが、バチカンの数千年の権威を吹き飛ばすトリガーになる。


「喧嘩を売ってきたのはそっちだ。……後悔するなよ」


 俺は迷わず、ボタンを押した。

 

 <送信完了>


 その瞬間、世界に向けた、俺なりの「反逆の狼煙」が上がった。






———————— あとがき ————————


いつも読んでくださりありがとうございます。

しかもたくさんのいいねやコメントまで感謝ばかりです。


いただいたコメントは全て楽しく読んでいます。

本当は一つ一つに感謝をこめて返信したいのですが、全てに返信することが難しくなってきました。


申し訳ありませんが、しばらくコメント返信は控えさせてください。

また余力が出てきたら再開したいと思います。


今後もどうぞよろしくお願いいたします。

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