第119話 聖都からの断罪状

 翌朝。

 港区、東京ライス国際病院の最上階にあるカフェテリア。

 一面ガラス張りの窓からは、朝日に輝く東京タワーと、眼下に広がるビル群が一望できた。


 本来ならVIP患者やその家族しか利用できないこの場所で、俺と桜は優雅にモーニングセットを食べていた。

 焼きたてのクロワッサンに、彩り豊かなサラダ。そして香り高いコーヒー。

 昨晩の死闘――泥臭い地下鉄での戦闘や、トラックとの正面衝突――が嘘のような、優雅な時間だ。


「ん〜っ! このクロワッサン、サクサクで美味しい!」


 桜が幸せそうに頬を緩ませる。

 昨夜は病院内の宿泊施設で泥のように眠ったおかげか、顔色もいい。彼女の笑顔を見ていると、ここ数日の疲れが浄化されていくようだ。


「うん、美味いなぁ。……平和だ」


 俺もコーヒー——もちろん砂糖とミルクをドバドバ入れた通称『コーヒー牛乳』だ——を啜り、息をつく。

 先ほど回診に来た医師によれば、アリスちゃんの容体は驚くほど安定しており、血液検査の数値も正常値に戻りつつあるという。早ければ数日で母国へ移送できるそうだ。


 俺たちはサマンサさんが手配してくれた飛行機で岡山に帰る予定。

 まさに、大団円ハッピーエンド

 少しばかりのトラブルはあったが、終わりよければ全てよし、だ。


 ――そう、思っていた。

 俺のテーブルに、ドサッ、と分厚い英字新聞が置かれるまでは。


「……おはよう、お二人さん。優雅な朝食ね」


 現れたのはサマンサさんだ。

 彼女の表情は硬い。いつも完璧に整えられているメイクでも隠しきれないほど、目の下には薄くクマがあり、昨晩から一睡もしていないのが見て取れた。

 その纏う空気は、アリスちゃんを看病していた優しい叔母のものではなく、国家の危機管理を担うエージェントのものだった。


「おはようございます、サマンサさん。……何かあったんですか?」

「『何か』どころじゃないわ。テレビを見て」


 彼女が顎で壁掛けの大型モニターを指す。

 サマンサさんが持ち込んできたリモコンで電源を入れると、ニュース番組が映し出された。

 画面上部には『LIVE:バチカン市国 緊急会見』というテロップが出ている。


 画面の中。

 荘厳な大聖堂をバックに、豪奢な祭服を纏った老人が演説台に立っている。

 おそらく枢機卿すうききょうだろう。教皇に次ぐ権力を持つ、バチカンの重鎮だ。


「えっ、ひろくん! あの人」


 桜が指さした先。

 枢機卿の隣には――車椅子に乗り、全身を包帯で巻かれた男の姿があった。


 アドリアン・ベネデッティ。

 昨夜、水瀬さんにボコボコにされた聖十字騎士団の団長だ。

 だが、その姿はあまりにも……。


「……演技過剰じゃないか?」


 俺は思わず突っ込んだ。

 確かに水瀬さんの一撃は重かったが、回復魔法があるこの世界で、一晩経ってもあんなミイラ男みたいになっているわけがない。

 完全に「被害者」になりきっている。


 というか、昨日の今日でよくイタリアまで帰れたよな。

 確かに技術革新によって飛行時間は以前の比じゃないくらい短くなったとは言え、なかなかの重労働だったろう。


 テレビのボリュームが上げられる。

 通訳の声が、枢機卿の言葉を伝えた。


『――親愛なる兄弟姉妹の皆様。

 本日、我々は深い悲しみと憤りと共に、極東の地で起きた冒涜的な事件を報告せねばなりません』


 枢機卿が沈痛な面持ちで語り出す。


『昨日、日本のダンジョンにて、神が人類に与えたもうた奇跡の遺物が発見されました。それは、あらゆる病を癒やす神の慈悲そのものでした。

 我々は、その聖遺物を保護し、遍く人々に届けるべく現地へ向かいました』


 ほう。

 「強奪しに来た」を「保護しに向かった」と言い換えるのね。言葉選びのセンスは見事だ。

 自分たちは善意の第三者であり、正当な権利者であるという前提を崩さない。


『しかし……そこに、悪魔が現れました』


 画面が切り替わり、一枚の写真が映し出される。

 それは、昨日の路上での戦闘シーン。


 俺が白装束の男を吹き飛ばしている瞬間や、トラックを破壊しているときの画像だ。

 おそらく、通行人が撮影したSNSの動画を切り抜いたものだろう。

 ご丁寧に、俺の顔は鮮明に、襲撃者たちの武器は見えにくいアングルが選ばれている。


『日本の探索者、ヒロユキ・シバタ。

 彼は悪魔的な力を行使し、対話ダイアログを求めた我々を一方的に蹂躙しました。

 見てください、このアドリアン牧師の痛ましい姿を。彼は神の愛を説こうとして、無慈悲な暴力に晒されたのです!』


 カメラがアドリアンに寄る。

 彼は震える手で十字を切り、悲劇の英雄のようにうなだれてみせた。

 包帯の隙間から見える瞳には、涙さえ溜まっているように見える。

 ……うわぁ。役者だなぁ。アカデミー賞モノだ。


『シバタは聖遺物を強奪し、私利私欲のために持ち去りました。

 これは窃盗などというレベルではありません。神への冒涜であり、人類全体への背信行為です!』


 枢機卿の声が熱を帯び、広場に集まった信者たちが「Shame!恥を知れ!」「Devil!悪魔!」と叫ぶ声が響く。

 その熱狂は、画面越しでも肌が粟立つほどだ。


『故に、我々はここに宣言します。

 ヒロユキ・シバタを、神の敵たる【異端者ヘレティック】として認定すると!

 彼に協力する全ての国、組織、個人は、神の敵と見なされるであろう!』


 ――異端認定。

 それは、中世なら火炙り確定の宣告であり、現代においても、数億人の信者を敵に回すという死刑宣告に等しい。


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