第117話 魔都の襲撃者

 俺たちの前後を挟むように、黒いSUVが二台、急停車した。

 ドアが乱暴に開き、中から屈強な男たちが飛び出してくる。


 全員が、先ほどの騎士団と同じ白装束を、現代風のタクティカルギアで覆っている。

 手には、銃火器だけではなく、魔力を帯びたメイスや大剣。

 さすがに通常の重火器では、探索者相手には効果がないと理解しているようだ。


「神の所有物を返せ!!」

「異教徒に死を!!」


 物騒かつ狂信的な叫びと共に、彼らが俺たちに向かって殺到する。

 なりふり構わないとはこのことか。一般道で、しかも民間人を巻き込むことも厭わない強襲。


 クラクション。悲鳴。混乱。スマホを向ける通行人。

 平和な国道が、一気に騒然となる。

 何台か車が玉突き事故を起こし、周囲の店舗にトラックの破片やらが突っ込んでしまっていた。


 この責任って俺にあるのかな。

 いや、あってたまるか。こっちは完全に被害者なのだ。


「ひろくん!」

「桜、運転手さんを守ってくれ。ここは俺が出る」


 パッと見た感じ、襲撃者の中にアドリアンほどの実力者はいなさそうだった。

 これくらいの襲撃者なら、桜で十分対応できるはずだ。

 一応、保険は打っておくけど、まぁ大丈夫だろう。


 男の一人が、巨大なハンマーを俺の頭上に振り下ろしてくる。


「死ねぇぇぇッ!!」

「……うるさいよ」


 俺は避けることもしなかった。

 振り下ろされたハンマーを、片手で受け止める。


「な……ッ!?」


 男が目を見開く。

 渾身の一撃を、涼しい顔で受け止められたことが信じられないようだ。


「お前ら、ちゃんとタクシーを弁償しろよ!」


 タクシーに関しては、ほぼ俺が壊した気がしないでもないが、些細なことだ。

 襲ってくるやつが悪いに決まっている。うん。


 俺はハンマーを掴んだまま、軽く手首を返した。

 鋼鉄製の柄が、飴細工のように捻じ曲がる。


「ヒッ……!?」


 男が悲鳴を上げて後退る。

 俺はその隙に、男の懐に踏み込み、軽く掌底を打ち込んだ。


 軽く突いただけだが、そこから発生した衝撃音は重かった。

 俺のステータス補正が乗った一撃は、男の巨体を紙切れのように吹き飛ばしたのだ。


 男は後続の仲間たちを巻き込みながら、十メートル以上彼方のガードレールまで吹っ飛んでいき、動かなくなった。


「ば、化け物か……!?」

「怯むな! 数はこっちが上だ! 神の加護を信じろ!」


 リーダー格らしき男が叫び、残りの五人が一斉に襲いかかってくる。

 だが、遅い。

 水瀬さんの神速の剣技を見た後だと、彼らの動きは止まっているようにすら見える。


「邪魔だ」


 俺は地面を蹴った。

 姿が消えたと錯覚させるほどの高速移動。

 すれ違いざまに、手刀で彼らの武器を叩き折る。


 剣が折れ、槍が砕け散る。

 武器を失い呆然とする彼らの首筋に、手刀を軽く当てる。

 意識を刈り取る、最小限の衝撃。


 誰もが一度はやってみたいと思う、マンガでよく見るアレだ。

 ただ実際は障害が残ったりと結構危険な行為らしいので、気をつけないといけない。 


 数秒後。

 道路の上には、気絶した白装束の男たちが転がっていた。


 周囲の車がパニックになってクラクションを鳴らしている。

 スマホを向ける通行人はますます数を増やしていた。

 

 これ以上ここにいるのはマズいな。警察が来たら事情聴取で時間を取られる。


「運転手さん! 車を——……無理か」


 見ると、タクシーのフロントガラスは砕け散り、前輪がパンクしていた。車両の底は破れ、片側のドアはどこかに消えている。

 運転手さんが、呆然と愛車を眺めていた。


 くそっ! 誰だこんな酷いことをしたやつは!

 改めて襲撃者への怒りが沸く。


「運転手さん、もしタクシーが弁償されなかったら、ADA経由で柴田まで連絡してください」

「え、あ、ああ……シバタさん、ね」


 虚ろな返事をする運転手さん。さすがに心苦しいぜ。

 一応、弁償されたかどうか、後でこっちから確認した方が良いだろう。


 最悪、サマンサさん経由でたっぷりと慰謝料を払ってもらえば良い。

 脳内のメモに記しておく。知力が上がった分、こういった覚えておかなければいけないことは、忘れずに済むはずだ。


「桜! 走るぞ!」

「うん!」


 俺は桜の手を引き、ガードレールを飛び越え、歩道へと降り立った。

 だが、敵の執念はそれで終わりではなかった。


 風を切る音。

 俺の本能が、死の接近を告げる。

 無意識に手が動いていた。


 桜の頭からわずか数センチ。

 俺の手の中には長細く、複雑な模様が刻まれた銃弾があった。


「……え?」


 遠距離からの狙撃。

 それも、ただの銃弾ではない。魔力を込めた、対魔力持ちに特化した『魔弾』らしい。

 狙われたのは——桜。

 俺相手には効果がないと踏んだのか、桜の犠牲を見た俺に隙が出ると思ったのか。


「——ッ」


 一瞬で脳が沸騰する。

 だが、同時に冷静でないとダメだという理性が働く。


 俺はインベントリから数枚の硬貨を取り出す。何の変哲もない五百円玉硬貨だ。

 即座に硬貨のステータスを弄り、硬質化。


 空中で火花が散る。キンッ、と金属が弾く音が響く。

 俺が指で弾いた硬貨が、飛来した魔弾を正確に迎撃し、弾き飛ばしたのだ。


「えっ……今、何……?」


 桜が目を白黒させている。

 俺はビルの屋上、遥か彼方に見える微かな光――スナイパーのスコープの反射を見据えた。


「まだ見てるな」


 距離はおよそ800メートル。

 普通なら手出しできない距離だ。

 だが、今の俺には届く。


「桜、ちょっと待ってて」


 俺は硬貨を軽く握り、圧をかけながら丸めることで球体にする。

 ただの硬貨が、鋼鉄をも貫く弾丸へと変わった。


「お返しだ」


 俺は投擲フォームを取り、腕を振り抜いた。

 比類なき器用さのステータスが、完璧なフォームを作り上げる。それから放たれた硬貨の塊は、銀色の閃光となり、空気を裂く。


 一秒後。

 遥か彼方のビルの屋上で、何かが砕ける音と、小さな悲鳴が聞こえた——気がした。


「よし、これで邪魔者はいないはずだ」

「ひろくん……なんか、もう人間辞めてない?」

「失礼な。必死に人間やってるよ」


 俺は桜を抱き上げた。

 これ以上、のんびりしてやる義理はない。むしろ周りの目なんか気にせず、最初からこうすれば良かった。


「ここからは走る。舌を噛まないように気をつけてな」

「えっ、きゃっ!?」


 俺はお姫様抱っこの状態で、地面を蹴った。

 景色が後方へと流星のように飛び去っていく。


 信号も、渋滞も関係ない。

 ビルの壁を蹴り、歩道橋を飛び越え、俺たちは一直線に港区を目指した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る