第116話 魔都の追跡者

 新宿ダンジョン、地上エントランス。

 ゲートを抜けて地上に戻った俺たちを出迎えたのは、東京の夕空を焦がすネオンの輝きだった。


 周囲を見渡してみる。

 外国人探索者の姿はちらほらと見かけるが、表だってこちらに敵意を向けてくる者はいなさそうだった。


 水瀬さんも同様の結論に達したんだろう。

 こちらに一つ頷いてみせた。


 それを見て、桜がロッドを胸に抱いたまま、小さく息を吐いた。


「お疲れさま、桜。よく頑張った」

「うん……。でも、なんだろ。安心したら、急に足が重くなってきた」


 それも無理はないだろう。

 精霊戦、騎士団との遭遇、アドリアン・ベネデッティとの激突。

 精神的な消耗は、安心した後に一気に襲ってくるものだ。


 時刻は午後五時を回っている。

 そろそろ会社や学校からの帰宅となる時間帯だが、新宿……というか新宿セントラル・ゲートプラザは相変わらず老若男女の喧騒に包まれていた。

 地下での死闘が嘘のような、平和な日常の風景。


「お疲れ様です。桜さんも立派でした」


 水瀬さんが桜に向かい、小さく微笑む。

 その横顔には、強敵との戦いを終えた心地よい疲労感と、達成感が滲んでいる。


「お疲れ様でした、水瀬さん。本当に助かりました」

「いいえ。助けられたのは私の方です。……それに、貴方の背中を見て、剣士として大切なものを思い出せましたから」


 彼女は凛とした笑みを浮かべ、それから表情を引き締めた。


「さて、私はこれから防衛省へ向かいます。

 今回の一件……聖十字騎士団の武力介入については、国として正式に抗議する必要があります。

 地下での戦闘データと、私のスーツの記録音声を提出し、上層部を動かします」


「ああ、頼みます。あいつら、まだ何か仕掛けてきそうですからね」

「ええ。ですが、日本政府が動けば、彼らも表立っては動けなくなるはずです。……それまでの間、どうかお気をつけて」


 水瀬さんは俺と桜に向かって敬礼し、迎えに来ていた黒塗りの公用車へと乗り込んでいった。

 走り去るテールランプを見送り、俺はポケットからスマホを取り出した。


 昨夜の時点で、サマンサさんには連絡を入れてある。

 『探索は東京で行うから、アリスちゃんを東京の病院へ移してほしい』と。

 彼女は二つ返事で承諾してくれた。政府のコネを使いまくるであろうとはいえ、岡山までの移送がキャンセルになったことはラッキーだったろう。


 通話ボタンを押すと、ワンコールで繋がった。


『ミスター・シバタ! 無事なの!?』

「ええ、無事です。……そして、手に入れました。『希望』を」


 電話の向こうで、息を呑む気配がした。

 それから、震える声が響く。


『本当……? 本当に、あの子を助けられるの……?』

「はい。今からそちらへ向かいます。場所は?」

『……港区にある東京ライス国際病院。その最上階、VIP病棟よ。米軍の警護をつけて待っているわ』

「分かりました。すぐに行きます」


 通話を切り——かけて、伝えなければいけないことを思い出した。


「そうだ。ダンジョン内でバチカンの聖十字騎士団とかいう連中に襲われました。

 こっちがエリクサーを求めていたのを知っていた様子です。

 一応警戒をしておいた方が良いと思います」


 『外』への警戒だけではない。情報が漏れると言うことは内側にも敵がいるということだ。

 特に相手は世界屈指の宗教団体。おそらく米国軍内にも熱心な信者はいるだろう。


『——そう。迷惑をかけたわね。

 こちらでも警戒レベルを最大に引き上げるわ。

 ミスターシバタ、襲撃はまだあると仮定して動いてね。あなたには無用かもしれないけど、必要ならボディガードを送るわ?』

「いえ、それは大丈夫です。では、現地で」


 俺は桜に向き直った。


「よし、行こうか。港区の病院だ」

「うん! アリスちゃん、待っててね!」


 俺たちは新宿セントラル・ゲートプラザを抜け、大通りに出てから、客待ちをしていたタクシーを拾った。

 自動ドアが開き、革張りのシートに滑り込む。


「運転手さん、港区の東京ライス国際病院まで。急ぎでお願いします」

「へい、承知しました」


 初老の運転手がアクセルを踏み込む。

 車は滑らかに加速し、夕方の国道20号線を走り出した。


 窓の外を流れる景色を眺めながら、俺はザックの中にある【精霊の涙】の感触を確かめる。

 これで、あの子は助かる。

 安堵感が胸に広がりかけた、その時だった。


 背筋に、冷たい水が這うような感覚。

 何かが脳内でけたたましい警報を鳴らした。


「運転手さん! ブレーキ!」

「えっ?!」


 俺は叫ぶが、簡単に急ブレーキなんてできるものではない。運転手がかすかにブレーキペダルを踏む脚に力をいれたくらいだ。

 しゃーない。


 俺は光魔法でプロテクトを桜と運転手に発動させる。そのままその場で、座ったまま脚を踏み込んだ。

 簡単に車体の底を突き破った俺の脚が、道路に杭のように突き刺さる。

 ガクンと大きく車体が揺れ、道路を割りながらも車体はスピードを落とした。火花が舞い散る中、車が横に滑り止まる。


 その直後だった。


 俺たちの目の前に、一台の巨大なダンプカーが迫ってくる。

 赤信号を無視し、猛スピードで交差点に突っ込んできたのだ。


「な、なんだぁ!?」


 運転手が顔面蒼白で叫ぶ。

 それに構わず、ドアを蹴破りタクシーとトラックの間に立つ。


 一切ブレーキのかからないトラックが、逆にスピードを上げながら猛獣のように突っ込んでくる。

 運転席に座るのは外国の男だ。目が合うと、ニヤリと嗤ったのが分かった。


 たかだかトラックごときで、止められると思ったのか。

 ぶつかる直前に、右手をトラックに向ける。

 そのまトラックが直撃してくるが、鉄がひしゃげる強烈な金属音が破裂し、俺の掌を起点にトラックがぺしゃんこに潰れた。


 フロントガラスは完全に砕け散り、運転席は無事なところを探す方が難しいくらいだ。

 運転手がどうなったかは分からないが、完全に殺しにかかってきている以上、自業自得だろう。


「ひろくん!」


 プロテクトを解除した途端、桜が慌ててタクシーから出てくる。 

 だが、攻撃はそれだけではなかった。

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