第114話 襲撃者
精霊を討伐し、目的のアイテムを手に入れた俺たちは、来た道を引き返していた。
帰り道は、行きよりも足取りが重い。
それは物理的な疲労のせいではなく、漂ってくる不穏な気配のせいだった。
「……」
魔物がもつ魔力ではない。
重く、粘つき、どこか血の匂いを含んだ――人為的な悪意。
桜も俺たちのピリついた気配を敏感に感じ取っているのか、不安気な表情を浮かべ、無言でついてきていた。
出雲のダンジョン攻略により解放された、
その機能の一つである、ゲートへの逆転移は、作成した転移ポイントからでないとできない。
だから、『悪意』が待っていると分かっていても、この階層のセーフティエリアまで行かないといけないわけだ。
セーフティエリア付近に近づくにつれて、鼻をつく匂いが強くなる。
甘ったるく、どこか退廃的な乳香の香り。
それは、教会で焚かれるお香のようでありながら、死臭を隠すための香水のようでもあった。
「……いますね」
水瀬さんが足を止め、腰の刀に手を添える。
俺も無言で頷き、桜を背後に庇う位置取りをする。
崩れかけた地下鉄ホームのような空間。
その出口付近――階層をまたぐ階段を塞ぐように、白い影が並んでいた。
総勢十名。
全員が純白のフード付きローブを纏い、顔には無機質な仮面をつけている。
胸には赤い十字架の紋章。
——解析によると、バチカンの非公式実力行使部隊『聖十字騎士団』とやらの精鋭たちらしい。
なんだその格好良い部隊は。
というか仮面つけてて分からなかったけど、外国人なんだな、こいつら。
資格さえ有していれば、別に外国人でもダンジョンに入ることはできる。
税金関係で手続きは煩雑らしいので、普通は自国のダンジョンに潜るのが常らしいが。
ただ、最近は【光魔法】のスキルオーブが多数出現していたり、ランクワンが現れたりと、何かと騒がしい日本にわざわざ来る海外探索者が多いらしい。
……誰のせいなんだろうね。
閑話休題。
そして、その中心に、一人だけ仮面をつけていない男が立っていた。
金色の髪に、整った顔立ち。まるでファンタジー世界の貴族のような気品を漂わせる二十代半ばほどの青年だ。
手には、刀身が光でできているかのような、細身のレイピアが握られている。
「おかえりなさい、迷える子羊たちよ」
青年が、優雅に一礼した。
その瞳は笑っているが、奥にあるのは絶対零度の冷酷さだ。
「神の庭での散歩は楽しめましたか?
……さて、単刀直入にお聞きしましょう。
貴方たちが手に入れた『神の所有物』。見せていただけますね?」
——なるほど。
得ている情報は曖昧なんだろう。でも、嗅ぎつけてはいる。
目の前の青年は、俺たちが何を手に入れたか確信していない。
ただ、『エリクサーに準ずるものを求めここに来た』こと。そして、戦闘後特有の魔力の揺らぎから、何かを得たはずだと踏んでいるんだ。
「何言っているのかちょっと。俺たちはただの探索者ですよ。記念に綺麗な石ころくらいは拾いましたけど」
「嘘は罪ですよ。その身から溢れる濃密な聖気……隠しきれていません」
青年がレイピアの切っ先を俺たちに向ける。
「聖十字騎士団、アドリアン・ベネデッティ。
貴方たちが奪った——神の奇跡を返還していただくため、参上いたしました」
「……一方的で狂信的な物言いだな」
水瀬さんが一歩前に出て、鋭い声で問う。
青年——アドリアンは慈悲深い聖人のような顔で、口を開いた。
「ソレはあなた方のような穢れた俗人が触れていいものではない。
我ら騎士団が管理し、神の御心に沿って使用されるべきものです。
さあ、大人しく渡せば、神の慈悲により『四肢の切断』だけで見逃してあげましょう」
「……こわ。強盗の発想じゃないか。神様も泣いてるぞ」
俺が呆れて言うと、アドリアンのこめかみがピクリと動いた。
「異教徒如きが、神を語るか……。
いいでしょう。交渉決裂です。――浄化しなさい」
アドリアンが指を鳴らす。
瞬間、周囲に控えていた九人の騎士たちが、一斉に動き出した。
速い。全員がベテラン探索者を上回る実力者だ。連携も取れている。
前衛が剣で斬り込み、後衛が拘束魔法を展開しようとしている。
「ひろくん!
「大丈夫」
俺は木刀も抜かずに、ただ一歩、踏み込んだ。
ただし、周囲の空気を震わせるような粗雑なものではない。
騎士たち一人一人の脳髄に、直接「死のイメージ」を叩き込む、精密動作による威圧だ。
一瞬だった。
襲いかかってきた騎士たちが、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
気絶している。彼らの本能が、俺という存在に触れることを拒絶し、強制シャットダウンを選んだのだ。
「なっ……!?」
初めて、アドリアンの笑顔が崩れた。
彼は倒れた部下たちと、ただ立っているだけの俺を交互に見て、目を見開いた。
「貴様……何をした? 魔法の行使反応はなかったはず……!」
「ただの睨み合いだよ。彼らは少し疲れていたみたいだな」
俺は肩をすくめる。
さて、残るは親玉だけだ。
俺がアドリアンに向き直ろうとすると、隣から凛とした声がかかった。
「柴田さん。……ここは、私に譲っていただけませんか?」
水瀬さんが静かに、しかし燃えるような闘志を瞳に宿して、アドリアンを見据えていた。
「今日は貴方に助けられてばかりです。精霊戦での借りを、ここで返させてください。
それに……日本の領土を土足で荒らす不届き者に、この国の『守護者』としての鉄槌を下さなければ気が済みません」
その横顔は、誇り高き武人のそれだった。
彼女の実力なら、心配はないだろう。それに、彼女自身のプライドのためにも、ここは引くべきか。
「……分かりました。頼みます、水瀬さん」
「はい。任されました」
水瀬さんが、ゆっくりと抜刀する。
白銀の刀身が、地下の薄暗い光を反射して輝く。
「どちらが先でも結末は変わりません。神は、殉教者を歓迎なさる。安心して、神のために召されなさい」
「勘違いしないでください」
水瀬さんの声は、冷たい。
「私は、誰かの神のために剣を振るいません。
――ただ、自分の信じた
「ふん……。やはり東洋の猿は、神の意志を理解できぬ獣か」
アドリアンから余裕が消え、剥き出しの殺意が膨れ上がる。
彼のレイピア——どうやら【グロリア】と呼ばれるアーティファクトらしい——が、まばゆい光を放ち始めた。
「聖十字騎士団団長、アドリアン・ベネデッティ。神の代理人として、貴様らに断罪を下す!」
「防衛省特異領域対策局所属、水瀬伊織。……参ります」
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