第111話 滾る彼女

 今度は空を飛ぶ『ドローン・バット』の編隊だ。小型の偵察ドローンに、コウモリの翼が生えたような魔物で、空中から超音波と麻痺針を撒き散らす厄介な敵らしい。


 桜が前に出る。

 彼女は深呼吸をし、ロッドを構えた。

 緊張しているのが背中から伝わってくる。だが、逃げる気配はない。


「<アクア・ジャベリン>!」


 桜の周囲に展開された魔法陣から、高水圧の槍が五本、同時に射出される。

 狙いは正確だ。

 不規則に飛び回るコウモリたちの動力部を的確に貫き、次々と撃墜していく。


 最後の一体が桜に向かって急降下してくるが、彼女は慌てずロッドを振るい、水の槍を鞭のようにしならせて叩き落とした。


 見事な全弾命中。

 戦闘終了。桜は大きく息を吐き、振り返った。


「ど、どうでしたか……?」


 不安そうに尋ねる桜に、水瀬さんが歩み寄り、ポンと頭を撫でた。


「お見事です、桜さん。特に最後の変化、素晴らしい判断でした」

「えへへ……ありがとうございます!」

「……それにしても」


 水瀬さんが興味深そうに桜のロッド――そこからまだ滴り落ちる水を見つめた。


「桜さん。今の魔法……構成が独特ですね」

「え? そ、そうですか?」

「ええ。普通、魔法というものは、己の魔力と大気に満ちる属性の基を扱うものと言われています。

 例えば水魔法なら、自分の魔力で大気中の水分を集めて圧縮・形成するといった形ですね」


 なるほど。

 魔法なんてスキルを修得すれば普通に使えるモノになっていたから、使い方やその原理なんて考えたことがなかった。


「桜の魔法は違うんですか?」

「ええ。桜さんの場合は『魔力を直接水に変換』しています。

 その魔法、スキルオーブで覚えたものではなく……恩恵ギフト由来のものでしょう?」


 鋭いな。

 桜の持つ【碧翠の癒手アクア・エイル】は、ダンジョンから与えられた、固有の恩恵だ。一般的な魔法スキルとは根源が違うのかもしれない。


「そんなことが、分かるんですね」

「私の魔法も恩恵ギフト由来のものですから。

 桜さん、その特性は武器になります。既存の物理法則や、環境に縛られない、貴女だけの魔法……。

 イメージをもっと自由に持ちなさい。水は形を変幻自在に変えるもの。槍や刃という固定観念に縛られる必要はありません」

「形を……自由に……」


 桜が真剣な表情で頷く。

 同じ水属性の使い手として、トップランカーからの具体的なアドバイスは金言だろう。

 水瀬さんは、さらに踏み込んで告げた。


「そうです。例えば、極限まで圧縮すれば鋼鉄をも断つ『刃』になり、光を屈折させれば敵を欺く『幻影』にもなる。

 貴女の恩恵は、魔力を水へと変換する『創造』の力。

 ならば、定義を書き換えなさい。時に重く、硬く、冷徹に。あるいは柔らかく、優しい。……貴女の意思一つで、物理法則すら溺れさせる『絶対のことわり』を作るのです」


 物理法則すら溺れさせる、絶対の理。

 その言葉は、桜の中に眠る何かを呼び覚ましたようだった。

 彼女の瞳に、新たな光が宿る。


「はい! 私、やってみます!」


「さて、最後は——」


 水瀬さんの視線が、俺に向けられる。

 その瞳には、期待と興奮が入り混じっていた。


「見本として、お願いできますか? 柴田さん——いえ、柴田先生」

「えぇ……俺、戦い方は自己流だから参考にならないですよ?」


 俺は苦笑して後ずさる。

 しかし、桜までキラキラした目で俺を見てくる。


「ふふっ、ひろくんは教え方上手なんですよ! 私の魔法だって、ひろくんのアドバイスで上手くなったんですから。

 きっと水瀬さんも驚くような、凄いお手本を見せてくれます!」


 桜が無邪気な笑顔でハードルを成層圏まで上げてくる。

 やれやれだぜ。これは断れない流れじゃないか。

 おっと、思考がやれやれ系の痛いヤツになってしまった——。


 その時、通路の奥から、今までとは桁違いに重厚な足音が響いてきた。

 現れたのは、廃材やレール、コンクリートブロックを身体に巻き付けた巨体。


 ——ジャンク・ゴーレム。

 この階層では、難度が高い魔物だそうだ。


 身長はおよそ四メートル。右腕は巨大なプレス機、左腕は削岩機ドリルになっている。

 腕にドリルって、一昔前のロボットモノでは鉄板な構成だったよな。


「……まあ、やるか」


 俺は腰に下げていた愛剣——木刀を抜き出す。

 耐久性をバグらせた不壊の木刀、【天地無用】だ。


 ゴーレムが俺を認識し、プレス機の右腕を振り上げる。

 ブォン! という唸るような風切り音。

 当たればミンチ確定の一撃だ。


 ——とりあえず、剣筋を見せるように、ゆっくり、丁寧に。


 俺は心の中でシミュレーションする。

 水瀬さんのように華麗な足運びで躱し、急所を突く。


 基本は水瀬さんの動きのトレースだ。

 だが【解析】によって、ところどころをより効率的に、そして俺の身体のつくりに適応させた、謂わば水瀬改良版のような動きになった。


「行きます」


 一瞬にも満たない時間でシミュレートを終えた俺は、一歩踏み出した。

 つもりだった。


 ドッ!!


 地面が爆ぜた。

 シュミレーションをしっかりし過ぎたことが要因か。

 俺の脚力が、加減したつもりでもコンクリートの床を粉砕してしまったのだ。

 その反動で、俺の体は砲弾のように射出された。


 「あ」と思った時には、俺はすでにゴーレムの懐にいた。

 このままでは衝突する速さ。

 俺は反射的に、身体が動くまま剣を振るった。


 轟音。

 剣がゴーレムの胴体に触れた瞬間、巨大な質量が消し飛んだ。

 斬撃の衝撃波がトンネル内を駆け抜け、後方の壁を抉り取る。


 一拍遅れて、ゴーレムの上半身が天井に叩きつけられ、粉々になって降り注いだ。

 残された下半身が、バランスを失ってどうと倒れる。

 瞬殺。

 というか、完全にオーバーキル。


「…………」


 静寂。

 舞い上がる土煙の中で、俺は剣をそっと下ろした。

 やってしまった。

 「ゆっくり丁寧に」とか考えてたのに、体が勝手に最適解(脳筋)を選んでしまった。


「……え?」


 水瀬さんが、目を丸くして固まっている。

 口元が少し開いたまま、言葉を失っているようだ。


 桜は「やっぱりひろくんはすごいなぁ! 一撃だ!」と無邪気に拍手しているが、水瀬さんの反応は違う。

 彼女は震える声で呟いた。


「は、速すぎて……何も見えませんでした……。

 予備動作なし。魔力の高まりもなし。まるで『結果』だけがそこに置かれたような……。

 いえ、今の踏み込み……床の反発を極限まで利用した縮地? それに、あの硬いゴーレムを豆腐のように両断する剣圧……」


 水瀬さんが戦慄の表情で俺を見る。

 あ、これ絶対に変な誤解をしてる。

 俺は誤魔化すように頭をかいた。


「いやぁ、硬そうだったんで、ちょっと気合い入れました」

「気合い……。今のを気合いで片付けられたら、私の15年間の修行は……」


 遠い目をした水瀬さんが、口から魂を放出している。


「ひろくん、教え方上手でしたね!」


 それに気づいていないのか、桜がニコニコしながら爆弾を放り投げてきた。

 いや、桜さん。

 今のどこを見て「教え方上手」と思ったんだ。

 これじゃあ「筋肉で全てを解決しろ」って教えてるようなもんだぞ。


 俺が心の中でツッコミを入れていると、水瀬さんが顔を上げ、その瞳に燃えるような熱を宿した。


「……滾りますね。やはり貴方は、私が目指すべきいただきだ」

「えっ!?」

「今の動き、全く理解できませんでしたが……だからこそ、参考になります。

 常識や理屈を超えた先にある強さ。それを目の当たりにできて、光栄です」


 どうやら、ドン引きされるどころか、彼女の戦闘民族スイッチをさらに強く押してしまったらしい。

 水瀬さんは艶然と微笑み、刀を握り直した。


「さあ、行きましょう。今の音で、周囲の魔物も逃げ出したようです。

 この奥が、目的の『隠しルート』です」


 俺たちは崩れたゴーレムの残骸を越え、トンネルの最奥部へと進んだ。

 そこには、今にも崩れ落ちそうな車両倉庫の瓦礫に埋もれるようにして、一枚の重厚な金属扉が存在していた。


 現実世界であれば、変電設備か、あるいは重要な資材倉庫への入り口だったのだろうか。表面には錆と共に、『DANGER』『立入禁止』といったペイントが風化しつつも残っている。


 この先に、アリスちゃんを救うための魔物がいるはずだ。

 俺は木刀をしまい、扉に手をかけた。


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