第109話 パーティメンバー

 新宿セントラル・ゲートプラザの中央には、地下に続く大エスカレーターがあった。

 それの前に設置してあるエントランスゲートの端末に、探索者カードをかざすと小さくピッと電子音が鳴り、ゲートが開く。


 流れに沿って、何人もの探索者達が乗り降りしているエスカレーターに俺たちも乗り込んだ。水族館の長いエスカレーターを思い出すが、それよりもはるかに大きく、長い。


 行き着いた先。そこには地上の喧騒すら生ぬるく感じるほどの、圧倒的な熱量が支配する空間が広がっていた。


 巨大なドーム状の地下空間。

 天井の高さは優に五十メートルはあるだろうか。自然の岩盤と、補強用のコンクリート、そして近未来的な魔導建材が複雑に絡み合った壁面。


 そしてドームの中央には、虹色の【ゲート】が鎮座している。

 新宿ダンジョンへの入口だ。


 空気は少し、重い。だが、不快ではない。

 探索者たちが発する魔力が、独特の高揚感を生み出しているからだ。一人ひとりの魔力は多くはないが、何しろ数が多い。数の暴力をリアルに感じる現象だった。


 【門】を中心として、いくつかのブースが出来上がっている。

 テラス席しかない飲食店や、救急セットなどの緊急時に使用しそうな物品を販売している店舗、作戦会議ができるブース。


 中でも、多数のモニターが設置されダンジョン内の様子を確認できるブースには、人だかりができている。

 

 広いドーム内には、パーティメンバーを探す者、装備の最終確認をする者、あるいは生還を祝して抱き合う者など、数百人規模の探索者たちの騒がしさで満たされていた。


「……これが、新宿ダンジョンの玄関口か」


 俺は思わず息を呑んだ。

 岡山ダンジョンの静寂さとは真逆の世界だ。ここでは、冒険は日常の一部であり、同時に巨大な産業なのだと痛感させられる。


 どちらが優れているとかは分からないけど、人見知りの俺としては岡山ダンジョンの方が落ち着く。

 まぁ地元びいきもあるだろうけども。


「圧倒されますよね。私も初めて来た時は、足がすくみました」


 隣で水瀬さんが、懐かしむように目を細めて言った。

 今の彼女の凛とした佇まいからは想像もつかないが、彼女にも初心者の頃があったのだと思うと、なんだか親近感が湧く。


「さて、ここにいても仕方ありません。早速向かいましょう」


 確かに、水瀬さんという有名人はとにかく目立つ。

 さらに桜という類い稀な美少女が加味された俺たちは、どちらかというとむさ苦しい連中が多いドーム内では、とにかく異質だった。


 感じる視線の圧みと熱さには、正直居心地の悪さを感じる。

 主に俺への嫉妬という殺気を含んだ視線は、もう勘弁してほしいです……。


「ええ。準備は大丈夫ですか?」

「もちろん」


 水瀬さんの肯定の返事の横で、桜も緊張しながらも頷いた。

 三人で揃って虹色の【門】をくぐる。

 一瞬でドームから、石畳の小部屋に視界が移り変わった。


 どのダンジョンでも共通して存在する『最初の部屋』だ。

 部屋には黒曜石のような鈍い輝きをもつ神碑オベリスクが、俺たちを出迎えるように立っていた。


「ここから目的地までは、どれくらいかかりますか?」


 俺が尋ねると、水瀬さんは涼しい顔で、神碑の方へと歩き出した。


「目指すは25階層。普通に歩けば、最短ルートでも四日はかかるでしょうね。

 13階層の『迷いの森』、21階層の『溶岩洞』といった難所を越えなければなりませんし、魔物の再湧きリポップ間隔も短いですから、野営は必須です」

「四日……アリスちゃんのタイムリミット、過ぎちゃうね」


 桜が不安そうに眉を下げる。

 サマンサからの依頼は一刻を争う。三日ものんびり探索をしている余裕はない。

 これは俺が一気に行くべきか。


 だが、水瀬さんは悪戯っぽく微笑み、手招きをした。


「ええ、普通なら。……ですが、今回は貴方がたのおかげで『一瞬』ですよ」

「一瞬?」

「はい。こちらへどうぞ」


 水瀬さんに促され、俺たちは神碑の前へと進んだ。

 彼女は慣れた手つきで神碑の表面に触れ、俺たちに説明を始めた。


「先日、柴田さんたちが黄泉比良坂ダンジョンで特殊条件を達成し、解放された機能【転移陣作成ワープ・クリエイト】はもう使われました?」

「ああ。任意のセーフティエリアに転移ポイントを作るやつですよね。一度使ってみました」


 出雲で八岐大蛇を倒しに行った時、初めて使ってみた。

 一瞬で神碑からダンジョンの最奥まで行けてしまって、桜と二人で驚いたことは記憶に新しい。


「ええ。あの機能ですが、解放と同時に検証が始まりまして。

 その結果、『一緒に神碑の部屋に入った者』であれば、誰か一人でも転移先を登録していれば、未登録の者も一緒に転移できることが判明したんです」


 なるほど。

 俺達が使った時は、二人ともが同じ位置を転移先に登録していたから気づかなかった。


 でも、よくよく考えればそれも当然かもしれない。

 この神碑のある部屋も、【門】を一緒にくぐった者同士でなければ同室にはならない。

 一緒にいることが、システム的にパーティを組んでいると見做され、パーティを組んでいるからこその機能がいくつかあるのかもしれないな。


「私は防衛省の任務で深層調査を行う際、25階層の入り口にあるセーフティエリアに、転移ポイントを作成しておいたんです。本来なら調査部隊の撤退用でしたが……まさかこんな形で役立つとは思いませんでした」


 水瀬さんがウィンクする。

 なんてベストなタイミングだ。さすがは防衛省のエース。


「さあ、お二人も神碑に触れてください。私のパーティメンバーとして認識させれば、一緒に飛べます」


 俺と桜は顔を見合わせ、恐る恐る神碑の冷たい表面に手を置いた。

 ひんやりとした感触と共に、体内の魔力が神碑と共鳴する感覚が走る。


 《認証:柴田浩之、柾木桜。パーティ『水瀬伊織』への同行を確認》

 《転移先:25階層》

 《転移シークエンス、起動》


 頭の中に響くシステム音声。

 次の瞬間、視界が白く染まり、浮遊感が俺たちの体を包み込んだ。

 ジェットコースターで急降下する時のような、内臓が持ち上がる感覚。


「きゃっ!」


 桜の短い悲鳴と共に、俺たちの体は光の粒子となって新宿の地下深くへと吸い込まれていった。

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