第102話 湯けむりの夜の晩餐

 地上に戻ると、そこは祭りのような——いや、一種のパニック状態になっていた。

 黄泉比良坂ダンジョンのゲート前には、ADAの職員や警備にあたる自衛隊があふれかえり、ごった返している。

 

 このダンジョンはまだ世間には公開されていないという話だったが、ADAや自衛隊がここまで騒げばさすがにマスコミも何かしらを察知するんだろう。何人かのレポーターが、カメラの前で忙しなく動いていた。


 まぁ、ダンジョン誕生以来、初めて世界通告アナウンスが流れたのだから当然か。


「柴田さん! 柾木さん! ご無事ですか!?」


 待ち構えていたADAの現地統括官——俺たちを案内してくれた人だ——が、俺たちの姿を見るなり血相を変えて駆け寄ってきた。その後ろには、端末を操作しながら慌てふためく職員たちの姿がある。


「あのアナウンスは一体……!? 特殊固有個体とは? 次元を食らうものディメンション・イーターとは!? それに『管理者権限』とは具体的にどのような!?」

「落ち着いてください。順を追って話しますから」


 俺は片手を上げて彼らを制した。

 正直、今すぐにでも宿に向かいたい気分だが、社会人として最低限の報告義務はある。これを怠ると、後で面倒なことになるのは目に見えているからな。


「結論から言うと、最下層でイレギュラーな魔物が出現しました。

 空間を操る厄介な相手でしたが、なんとか討伐しました。アナウンスにあった『管理者権限』というのは、その報酬としてダンジョンから一方的に付与されたものです」


 俺は要点だけを簡潔に伝えた。

 嘘は言っていない。ただ、俺の規格外の攻撃方法や、ドロップ品の詳細についてはあえて触れないでおく。


「ダ、ダンジョンから一方的に……? そんなことが……」

「ちなみに皆さんにも聞こえたんですよね?」


 聞こえているからこそ、こんな大騒ぎになっているんだろうけれども。

 一応確認しておかないと、どこかで認識のズレが出てきて困ることになってしまうかもしれない。


「あ、ええ……鐘の音と共に、脳裏にアナウンスが流れて……。

 ただ、どうやらダンジョンに一度でも入った人間だけが聞こえているようです」

「やはり『覚醒者』というのは、神碑オベリスクに触れたものを言うんですね」

「ええ。また色々と問題が起こりそうな名称を出してきたものです」


 眉間に皺を寄せながら、職員さんがため息をついた。

 『覚醒』って言葉には特別感があるもんな。覚醒しているか否かで人権がーと騒ぎ立てそうな団体が脳裏に浮かぶが、触れない方がいいだろう。うん。


「えっと。管理者権限については、使い方は勝手に皆さんの脳内にインストールされたはずです。これ以上のことは、俺たちにも分かりません」

「確かに、あの不思議な感覚と一緒に、使い方が自然に理解できてました……。

 ちなみに、イレギュラーな魔物ということですが、あのサンダー・ベルと比べても?」

「確実に、こっちの方が上ですね」


 動画流出によって、サンダー・ベルの脅威は広く知れ渡っている。

 俺がワンパンで倒したとは言え、あの攻撃速度や威力はカメラ越しでも十二分に伝わっていたようだ。


 職員さんは脂汗を拭いながら、言葉に詰まった様子だった。

 無理もない。彼の手には負えない案件だと思う。


「……分かりました。本件は至急、日本支部および政府へ判断を仰ぎます。お二人は……その、お疲れでしょうし……」

「ええ。詳しいレポートは後ほど提出します。今は休息を取らせてもらっても?」


 俺が尋ねると、職員さんは「もちろんです!」と深く頭を下げた。

 それに応えながらも、これから大変だろうな、と同情を禁じ得ない。南無。


 俺たちが包囲網を抜けて歩き出すと、周囲を警備していた迷彩服の自衛隊員たちから、どよめきにも似た溜息が漏れた。


「おい、あれがランク1位か……」

「あんな優男が、ダンジョンクリアだと?」

「それより見ろよ、あの連れの女の子……」

「ああ……とんでもない美少女だな。エグすぎる」

「あんな美人と二人きりでダンジョン攻略とか、前世でどんな徳を積んだんだよ……」


 畏怖と称賛、そして隠しきれない嫉妬の眼差し。

 桜はフードを目深にかぶり直して俺の影に隠れるように歩いているが、その可憐さは隠しきれていないようだ。


 悪いな、隊員諸君。この子は俺の大事なパートナーだ。

 俺は心の中で少しだけ優越感に浸りながら、迎えのタクシーへと乗り込んだ。


 ◇


 俺たちが向かったのは、玉造温泉にある老舗旅館『八雲』。

 その中でも、特に予約が困難とされる離れ『松風』だ。


 日本庭園の中にひっそりと佇む数寄屋造りの建物。

 玄関をくぐると、老舗特有の白檀の香りが鼻をくすぐる。

 さっきまでの、血と泥と粘液にまみれたダンジョンとは別世界だ。


「すごい……! ひろくん、ここ本当に泊まっていいの?」


 桜が目を輝かせて部屋を見回す。


「ああ。今回は白雪さんが『慰安旅行なら最高級の宿を使ってください』って、ADAの経費で手配してくれたからな。遠慮はいらない……はずだ」


 先行調査の謝礼とは別に、こういった形でも還元してくれるということらしい。

 依頼料が高い方が良いのか、こういうオプションが高い方が良いのか。どっちが得かは分からないけど、正直お金は十分に稼いでいるからどっちでもいい。


 部屋に通されると、すぐに仲居さんが夕食の支度をしてくれた。

 ダンジョンで結構時間を使っていたため、既に遅い夕飯の時間になっている。それでもすぐに対応してくれるあたり、さすが高級宿だ。


 本日のメインイベント第一弾。

 冬の味覚の王様、松葉ガニのフルコースだ。

 既に4月と旬は過ぎてしまっているはずなのに、ふんだんに松葉ガニがふるわれるとは……。さすが高級宿だ。

 高級宿と褒めちぎるのは、平凡な一般ぴーぽーあるあるだと思う。


「うわぁ……! カニだ! まだ動いてる!」


 刺身、焼きガニ、茹でガニ、カニ味噌の甲羅焼き、そしてカニすき鍋。

 テーブルを埋め尽くす赤い宝石たちに、俺たちのテンションは最高潮に達した。


「ん〜っ! 甘い! とろける!」


 カニ刺しを口に入れた桜が、頬を押さえて悶絶する。


「焼きガニも最高だぞ。この香ばしさがたまんないね。でも一番はカニ味噌ですぞよ!」


 あまりの旨さに口調が変になっている気がするが、気にしたらダメだ。

 これだ。このために俺たちは、あの気色の悪いスライムと戦ったんだ。


 神話級の怪物との連戦による疲れも、極上の料理と酒が溶かしていくようだった。


 




——あとがき

ドキドキ温泉タイムは夕方更新予定です!

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