第101話 ダンジョン考察


 報酬の確認を終え、俺たちは改めて周囲を見渡した。

 半壊した祭壇。抉れた壁。

 よくここまでボロボロにしたものだ。これが現実社会の中なら、完全にテロ行為の犯人となってしまう。


 ダンジョン内に設置されたり配置されたりしているものは、壊すことがほぼ不可能な程堅いはずだったが、いったいどれ程の力があるんだろうな、俺の力。


 少し恐怖を感じないでもないが、すぐに気持ちは切り替える。

 心配したって仕方ないもの。


 半壊した祭壇の下に、光る魔方陣があった。ほのかに光の粒子が湧き出る光景は、幻想的だ。

 あれが帰還用の転移魔方陣ってやつか。


 ダンジョンの主を倒すことで、ダンジョン制覇となる。

 普通は今回のようなご褒美は存在せず、運が良ければ主のドロップが貰えるくらいだ。


 ただ、一つ特別なことがあるとするなら、帰還用の魔方陣が主の間に生成されることだろう。

 わざわざ一階層ずつ戻る必要がないのは本当に助かる。


 すぐにでも帰還することはできるが——。

 俺はインベントリから折りたたみ式の椅子を二つ取り出し、座るよう促した。

 少し、話を整理する必要がある。


「なあ、桜。探索者の講習とかでさ、『システム』とか『管理者』なんて言葉、習ったりしたか?」


 俺が切り出すと、桜は困惑したように首を横に振った。


「ううん、ないよ。

 だって、ダンジョンは数十年前に突然発生した『未知のエネルギー空間』で、自然災害の一種だって教わったもん。

 中に魔物がいるのも、魔力が濃いから勝手に生まれただけだって……」

「だよな。俺もネットやニュースとかで見たのは、そんな感じの説明だった」


 それが世間の常識だ。

 ダンジョンは未知の『自然現象』であり、そこに意思などないはずだった。


「でも、さっきのアナウンスは違ったよな。

 『条件達成』とか『アップデート』とか……まるで誰かが管理してるゲームみたいだったろ?」

「う、うん。確かに……機械みたいだった」

「俺たちが異常なスピードで攻略したからか、他にも条件があるのか、とにかくバグみたいな怪物——【次元を食らうもの】が出た。

 それを倒したら、今度は『管理者権限』なんて便利な機能が世界中に配られた」


 俺は腕を組み、あくまで素人なりの推測を口にする。


「これ、どう考えてもただの『自然現象』じゃないよな。

 神様なのか、宇宙人なのか、古代文明の遺産なのか、あるいはもっと上位の高次元的存在なのか分からないけど……誰かちゃんとした『運営者』がいると思わないか?」

「運営者……」


 桜が不安そうに周囲を見回す。

 今まで当たり前に潜っていた場所が、急に誰かの手のひらの上の実験場に見えてきたのかもしれない。


「で、その運営者はさ、俺たち人類に『もっと早くダンジョンを攻略しろ』って言ってる気がするんだ」

「えっ? どうして?」

「だって、今回の報酬が『転移ワープ』だろ?

 移動時間を短縮して、もっと効率よく回れって言われてるようなもんじゃないか。

 ……まるで、何かに備えさせるみたいにな」


 俺の言葉に、桜がごくりと喉を鳴らした。


「な、なにかって……さっきの真っ黒な怪物みたいなやつ?」

「かもな。あんなのが今後、他のダンジョンでも出るようになるのかもしれない。

 それに対抗させるために、俺たちに新しい武器を配った……って考えれば、辻褄は合うしね」


 まあ、全部俺の妄想だけどな、と付け加える。

 俺自身、専門家じゃないし、世界の裏側なんて詳しくない。

 ただ、俺の持っている様々な権能——【全てはあなたの心のなかにある】という不思議な力。そして今回の【管理者権限】。

 これらが同じ場所から来ているなら、俺はとっくにその『運営』とやらに関わらされていることになる。


「……なんか、怖くなってきた」


 桜が自身の肩を抱く。

 無理もない。ただの大学生が背負うには、話のスケールが大きすぎる。

 ちなみに、ただのオッサンである俺の許容範囲はすでに超えている。


「まあ、深く考えても分からないしな。俺たちは学者じゃないし」


 俺は努めて明るく言い、立ち上がって桜の頭をポンと優しく撫でた。


「世界がどういう仕組みでも、俺たちがやることは変わらないからさ。

 危ないことがあったら払いのけるし、美味しいものを食べる。で、温泉に入る。

 ……だろ?」

「……ふふっ、そうだね。

 ひろくんがいるなら、世界がどうなっても何とかなりそうな気がする」


 桜の強張っていた表情が、ふわりと緩んだ。


「はは、そう言ってもらえると嬉しいな。期待に応えて頑張るよ。

 ということで。難しい話はこれで終わり!

 ADAへの報告も『なんか変なのが出たから倒しました、そしたらワープできるようになりました』くらいの事実だけでいいだろ」


「うん! 適当だね、ひろくん」

「事実は小説より奇なり、ってな」


 俺は立ち上がり、出口の魔法陣を指差した。


「俺たちの任務は『先行調査』だからな。十分に情報は取れたし、イレギュラーも退治した。

 これ以上の成果はないよ、きっと」

「そうだね! 早く帰って報告しちゃおう!」

「そして、その後は……」


 俺と桜は顔を見合わせ、同時に言った。


「「温泉とカニ!!」」


 そうだ。俺たちの目的は、世界の謎を解くことじゃない。

 慰安旅行だ。

 難しい考察はADAの偉い人たちに任せて、俺たちは労働の対価を味わう権利を行使しよう。


 早速、俺たちは手に入れたばかりの【転移陣作成ワープ・クリエイト】を行使した。

 この階層の入口を登録。


 これでいつでも八岐大蛇に会いに来れる。

 さすがに、初登場でいきなり未知の怪物に食われておしまいでは可哀想すぎる。

 後でしっかり倒しにきてあげなければ。


「じゃあ、戻ろうか」

「うん! 早く早く! お腹ペコペコだよー!」


 俺たちは転移魔法陣に乗った。

 光に包まれながら、俺は最後に一度だけ、【次元を食らうものディメンション・イーター】が落ちてきたところを振り返った。


 ——高次元的存在、か。

 俺に【全てはあなたの心のなかにある】なんてふざけた権能を与えたのも、そいつなのかもしれないな。


 そんな予感を振り払い、俺は光の彼方へと意識を飛ばした。

 待ってろ、松葉ガニ。待ってろ、露天風呂。


 俺たちの休日は、これからだ。

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