第100話 清掃報酬

 光り輝く宝箱が出現したのと同時に、どこか遠くで——いや、世界という枠組みそのものが震えるようなファンファーレが響いた。

 まるで祝福の鐘のように鳴り響くファンファーレ。

 

 桜が目を白黒させて左右を見やっていることから、俺だけが聞こえているわけではないようだ。


『——全世界通告アナウンス


 無機質だが、どこか威厳のある声が、俺たちの鼓膜ではなく意識に直接語りかけてくる。


『覚醒者 H.Shibata 及び S.Masaki が、ダンジョン【黄泉比良坂】に出現した特殊固有個体【次元を食らうものディメンション・イーター】を撃破しました。

 エクストラ・ダンジョンの攻略を確認しました』


「……あー」

「ええっ!?」


 俺は天を仰いだ。隣で桜がびっくりしている。

 またか。また名前が出た。

 しかも今回は、しっかりと「S.Masaki」という桜の名前までセットだ。


「覚醒者……?」

「……多分、神碑オベリスクに触れて、恩恵ギフトを貰った人のことじゃないかな?」


 聞き慣れないワードに、桜が呟いた。

 ダンジョンに関係があって、覚醒していることは、おそらくこれ一択だろう。


『攻略報酬として、ダンジョンシステムの一部を解放。

 世界中の全覚醒者に対し、【管理者権限レベル1】を付与します』


 アナウンスが告げた瞬間。

 ズキン、と脳の奥が熱くなった。


「っ……!?」

「あぅ……ひろくん、頭が……!」


 痛みではない。

 膨大な「知識」と「感覚」が、無理やり脳にインストールされるような感覚だ。

 まるで新しい手足が生えたかのように、あるいは忘れていた記憶を思い出したかのように、自分の中に新しい『機能』が実装されたことを理解させられる。


 ——転移陣作成ワープ・クリエイト


 誰もが、直感的にその使い方を理解したはずだ。


 1. ダンジョン内の『特定エリア』において、自身の魔力を込めることで【転移ポイント】を設置できる。

 2. 設置したポイントへは、ダンジョンゲートの神碑オベリスクから一瞬で転移が可能となる。

 3. 個人が設置できる上限は各ダンジョン3箇所まで(上書き可能)。

 4. 設定した転移ポイントからのみ、神碑オベリスクへの逆転移は可能。


「これはまた……とんでもない置き土産だな」


 俺は頭を振って、情報の奔流を整理した。

 これは、これまでのダンジョン探索の常識を根底から覆す機能だ。


 特定エリアとあるが、基本的に階層を跨ぐ階段の周囲数十メートル。俗にセーフティエリアと呼ばれている場所だ。

 その範囲内ならどこにでも転移ポイントとやらを作れるらしい。


「ひろくん、これって……!」


 桜が目を丸くして俺を見る。彼女も理解したようだ。


「ああ。これからは、毎回1階層から歩かなくてもいいってことだな。

 一度到達した階層のセーフティエリアにポイントを作れば、次からはそこへ『通勤』できる」


「すごい……! これなら、深層への挑戦がすごく楽になるね!」

「うん。世界中の探索効率が劇的に上がるだろうね。ADAや各国政府は大騒ぎだろうけど」


 俺たちがイレギュラーを倒した結果、世界中の探索者が恩恵を受けた形だ。

 まあ、感謝されることはあっても恨まれることはないだろう。


 いや、どうだろうか。

 ダンジョン内の案内を生業にするシェルパの仕事を奪うことになるのか?

 まぁ、そこまで気にしてもどうしようもないけど。


「よし。世界への報酬は十分と言うことで。次は俺たちへのプレゼントだな!」


 俺は視線を足元の宝箱に向けた。

 通常の木製や鉄製の宝箱ではない。


 透き通るようなクリスタルと、未知の金属で装飾された、神々しいまでの輝きを放つ箱だ。

 エクストラ・ダンジョンのクリア報酬。

 期待が高まると同時に、箱の中から漏れ出る異常な魔力を感知していた。


「開けるよ」

「う、うん……」


 桜が固唾を飲んで見守る中、俺は宝箱に手を触れた。

 鍵はかかっていない。

 蓋を持ち上げると、まばゆい光が溢れ出し——やがて収束した。


 中に入っていたのは、二つのアイテムだった。


 一つ目は、拳大の大きさを持つ、漆黒の球体。

 光を一切反射せず、見ていると視線が吸い込まれそうな「闇」の塊だ。


 二つ目は、虹色に輝くスキルオーブ。


 俺は深く集中し、【解析】スキルをフル稼働させた。

 まずは一つ目。あの気味の悪いスライム野郎が残した素材だ。


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 【異界のヴォイド・コア

 この次元には存在しない物質で構成された核。

 空間そのものをエネルギー源として稼働しており、無限に近い魔力を内包している。

 鍛冶や錬金術の素材として使用することは極めて困難だが、もし加工に成功すれば、空間干渉能力を持つ神造兵装の核となり得る。


 -------------


「……とんでもないシロモノだな」


 俺は思わず唸った。

 無限に近い魔力。空間干渉。神造兵装。

 聞いたことのない単語のパワーが強すぎる。これを市場に流せば、国家間で戦争が起きかねないレベルだ。


 いや、解析スキルがないからここまで詳細な情報は分からないか。

 とんでもない魔力を内包していることは、見る人が見れば分かると思うけど、活かす技術が追いつくかどうか。


「なにそれ? 黒いビー玉みたいだけど」


 桜が恐る恐る指先でつつこうとする。


「あっ、ダメだ、桜。指が亜空間に飛ばされるかもしれないぞ」

「ひえっ!?」


 桜が慌てて手を引っ込める。

 俺は慎重に【インベントリ】の「隔離領域」——俺が勝手に設定した、危険物専用フォルダ——に収納した。

 いつか『僕の考えた最強装備』を作る時に使えるかもしれないが、今は封印一択だ。


 次に、スキルオーブ。

 虹色に輝くそれは、手に取るとずしりと重い——気がする。

 多分他のスキルオーブと重さは変わらないとは思うが、こいつが冠するスキル名がそう思わせるのか。


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 【空間収納アイテムボックス - ★★★★★】


 亜空間に専用の倉庫を作成し、自由に物品を出し入れできるスキル。

 収納容量は、使用者の魔力量に依存する。初期状態は10立方メートル4トン以内。

 収納された物品は時間経過の影響を受けず、腐敗や劣化が停止する。


 -------------


「おおっ……! これは!」


 俺は声を上げた。


「どうしたの? すごいやつ?」

「ああ。俺が持ってる『インベントリ』に近い能力で【空間収納アイテムボックス】だって。

 荷物をいくらでも持ち運べるし、入れた料理も冷めない。探索者にとっては夢のようなスキルだな」


 俺の【インベントリ】は恩恵ギフトによって与えられた固有のシステム機能だが、これはスキルとして万人が習得可能なものだ。

 

 スライムのドロップで【空間魔法・拡張空間】があったが、あれの上位互換版だろう。

 空間魔法の方は、時間経過の影響は受けるし、使用者の魔力が少なければポケットサイズの空間しか作れない。

 それに対し、【空間収納アイテムボックス】はまさにファンタジーの代名詞とも言えるアイテムボックスそのものだった。


「桜、これ使いなよ」

「えっ!? い、いいの!?」

「俺にはインベントリがあるから必要ないからなぁ。

 それに、桜がこれを持ってれば、俺がいない時でも重い荷物を持たなくて済むし、温かい紅茶とかいつでも飲めるだろ?」


 俺がオーブを差し出すと、桜は目を丸くして、それからぱぁっと顔を輝かせた。


「ありがとう、ひろくん! 一生大事にする!」

「いや、道具なんだから使ってくれよ」


 桜はオーブを胸に抱きしめ、使用した。

 虹色の光が彼女に吸い込まれていく。これで彼女も「四次元ポケット持ち」の仲間入りだ。

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