第97話 圧倒的な蹂躙

 重厚な石の扉をくぐり抜けると、そこは静寂に包まれた神域だった。

 これまでの自然環境を模したエリアとは異なり、そこは巨大な石造りの回廊と神殿のような広間が続く、人工的な——あるいは神工的な構造になっていた。


 壁面には古事記の一節を描いたようなレリーフが彫られ、等間隔に配置された灯籠が、ゆらゆらと青白い炎を灯している。

 空気は鉛のように重く、肌にピリピリとした緊張感が走る。

 これまでの階層とは、明らかに漂う魔力の「格」が違う。


「……雰囲気が変わったね」


 桜が声を潜めて呟く。杖を握る手に力が入っているのが分かった。

「うん。出てくる魔物も今までとは違いそうだね」


 俺は足を止め、桜の前に立った。


「桜。ここからは、自分の身を守ることを最優先にしてくれ」

「えっ? で、でも、私も援護くらいなら……」

「いや、大丈夫だ。万が一、流れ弾一発でも当たったら大事だ。俺の後ろで、絶対に離れないでくれ」


 俺は木刀【天地無用】を、肩に担ぐ。


「ここからの戦闘は、俺が一手に行う」


 俺の言葉に、桜は一瞬息を飲み、それから真剣な表情で頷いた。


「うん、分かった。無理しないでね、ひろくん」


 その信頼に応えるべく、俺は感覚を研ぎ澄ませた。

 通路の奥から、ドシン、ドシンと地響きのような足音が近づいてくる。


 現れたのは、真っ赤な肌に二本の角、そして身の丈3メートルはある巨躯を持つ鬼だ。

 手には巨大な鉄の盃と、身の丈ほどもある金棒を持っている。


 ——酒呑童子シュテンドウジ

 鬼の頭領とされる大妖怪だ。

 その全身からは、圧倒的な威圧感と、鼻をつくような酒の匂いが漂ってくる。


「グォォォォッ!!」


 酒呑童子が咆哮と共に、地面を蹴った。

 巨体に見合わぬ神速。

 瞬きする間に間合いを詰め、鉄塊のような金棒を振り下ろしてくる。

 単純な力任せの一撃ではない。洗練された武術の理を感じさせる、回避困難な鋭い軌道だ。


「ひろくん!」

「問題ない」


 俺は一歩も引かず、左手を頭上に掲げた。


 ガギィィィィン!!


 轟音と共に、衝撃波が周囲の壁を震わせる。

 掲げた木刀が、振り下ろされた金棒をガッチリと止めていた。

 足元の石畳がクモの巣状にひび割れるが、俺の身体は微動だにしない。


「……なるほど。牛鬼よりは骨がありそうだな」


 俺が涼しい顔で言うと、酒呑童子の顔が驚愕に歪んだ。

 鬼は咄嗟に左手の盃を傾け、中の液体を俺に浴びせかけてくる。

 神酒だ。だが、空気に触れた瞬間、それは紅蓮の炎となって燃え上がった。


 俺の全身が火柱に包まれる。

 どうやら魔法の一種らしい。芸が細かい。


「ひろくんっ!?」

「大丈夫、温かいだけだ」


 俺は炎の中から、何事もなかったかのように一歩踏み出した。

 これが高密度の魔力による耐性ってやつだな。魔力が身体の表面をコーティングし、熱エネルギーを完全に遮断している。服も身体の一部と認識しているのか、しっかりと無事だった。


「じゃあ、今度はこっちの番だな」


 俺は木刀を押し込み、金棒を弾く。強引に鬼の体勢を崩した。

 がら空きになった胴体に、木刀を走らせる。

 刀身に雷電を纏わせ、横薙ぎの一閃。

 雷光が鬼の胴体を両断し、背後の壁まで焼き焦がした。

 酒呑童子は断末魔を上げる暇もなく、光の粒子となって消滅する。


 ドロップは、【鬼神の金棒】に【鬼の杯】、それとスキルオーブ【金剛力】だった。

 俺はそれらを拾い上げ、桜に向かって親指を立てた。


「行こうか」


 ◇


 続く8階層。

 現れたのは、金色の毛並みを持つ『九尾の狐(幼体)』だった。

 幼体とはいえ、その魔力は強大だ。


 九つの尾がゆらりと持ち上がり、それぞれの先端に異なる属性の魔法陣が展開される。

 火、水、風、土、雷、氷……。

 全方位からの魔法弾幕。固定砲台のような敵だ。


「ひろくん、結界張る!? 防御魔法使う!?」

 桜が杖を構えようとするが、俺は手で制した。


「大丈夫」


 俺は無造作に歩き出した。

 九尾の狐が、一斉に魔法を放つ。

 轟音、爆発、閃光。

 色彩の暴力が俺に殺到する。


 俺は、木刀を一振りした。

 ただの素振り。だが、その速度は音速を超え、生じた衝撃波が物理的な壁となって魔法を弾き飛ばした。


 パンッ! と、乾いた音がして、炎も氷も雷も、すべてが霧散する。

 狐が「そんな馬鹿な」と言いたげに目を見開いた隙に、俺は狐の目の前に移動していた。まさに『縮地』とも呼ぶべき、瞬間移動のような速さ。自画自賛しちゃうね。


「そいやっ」


 気の抜けるようなかけ声と一緒に、デコピンを一発。

 パチン。

 それだけで狐の頭蓋に衝撃が走り、崩れ落ちた。そのまま光の粒子となって姿を消してしまう。


 ドロップは素材アイテムの【狐の毛皮(金)】、アーティファクトの【殺生石のかけら】、【炎魔法 - 狐火・螺旋】という魔法スキルオーブだった。

 【殺生石のかけら】。持っているだけで周囲の生物の体力を徐々に奪うという、呪いのアイテムだった。即インベントリへ収納。おそらく二度と日の目を見ることはないだろう。


 そして9階層。

 六本の腕にそれぞれ違う武器を持った石像『阿修羅アシュラ』が立ちふさがった。

 剣、槍、弓、斧……。

 阿修羅は回転しながら、嵐のような連撃を繰り出してくる。一秒間に数十発の斬撃。普通の人間ならミンチになっているだろう。


 だが。


「見える、そこっ」


 どこぞの新しい人類のようなセリフが出てしまうほどに、俺の目には、止まって見えた。

 俺は木刀一本で、そのすべての攻撃を弾き返した。

 金属音が重なり、一つの長い音のように響く。

 六本の腕による同時攻撃を、たった一本の棒切れで完璧に捌き切る。


「ほいよっ!」


 俺はカウンターで木刀を突き出し、阿修羅の胸にあるコアを正確に貫いた。

 石像がひび割れ、ガラガラと崩れ落ちる。


 ドロップは素材の【阿修羅の欠片】、アーティファクトの【三面六臂の像】、【多重斬撃】のスキルオーブだった。

 【三面六臂の像】は知力を底上げすることにより、多重並列思考を可能にする補助アクセサリーらしい。

 効果は抜群だけど、小型とは言え石彫りの像を身につけ続けるのは、絵柄的にツラいものがありそうだ。


 そんなこんなで。

 神話級の怪物たちとの連戦が続くこのダンジョン。

 出てくる魔物の強さ的に、絶対にCランクではないと思う。

 神の名を模す魔物とか、ラスボスのダンジョンで出てきそうだ。


 だが、俺の足が止まることは一度もなかった。

 圧倒的な蹂躙。

 背後で桜が、呆れたような、でも誇らしげな顔で見守ってくれているのが気配で分かった。

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