第94話 黄泉の国での宝探し
ゲートをくぐり抜けた先に広がっていたのは、幽玄と呼ぶにふさわしい、死と美が同居する光景だった。
天井は見えないほど高く、どこまでも続く薄墨色の空が広がっている。
太陽も月もない。光源はどこにもないはずなのに、空間全体が夕暮れ時のような、あるいは夜明け前のような、淡い茜色に染まっていた。
足元には、古びた石畳の坂道が、緩やかな勾配を描いて下へと続いている。
その両脇には、視界を埋め尽くすほどの真っ赤な彼岸花が咲き乱れ、風もないのにざわめいているようだった。
日本神話において、生者の住む世界と死者の国を繋ぐとされる境界の坂。
その伝承を再現したかのような、美しくも不気味なダンジョンだ。
「わぁ……綺麗……」
桜が感嘆の声を漏らす。
彼岸花の赤が、彼女の白い肌を照らし、どこか妖艶な雰囲気を醸し出していた。
「でも、ちょっと怖いね。空気が冷たいっていうか、肌に張り付くみたい」
「そうだな。漂う魔力の質が少し重い気がする。物理的な寒さじゃなくて、精神に来る冷気だ。離れるなよ」
「うん!」
桜が俺の腕にギュッと抱きついてくる。
柔らかい感触と体温が伝わってきて、黄泉の国の寒気なんて一瞬で消し飛んだ。
役得である。
俺たちは腕を組んだまま——歩きにくいが離したくはない——、緩やかな坂道を下り始めた。
◇
最初の敵が現れたのは、坂を下り始めて数分後のことだった。
彼岸花の茂みから、ガシャリ、ガシャリと古びた金属が擦れ合う音が響く。
湿った土の匂いと共に現れたのは、朽ちた鎧を纏った骸骨の武者だった。
手には赤錆びた刀。兜の奥の眼窩には、青白い鬼火が憎悪のように揺らめいている。
「『
「ひろくん、私やる!」
桜がパッと俺から離れ、背負っていた
ぬくもりが離れて少し寂しいが、ここは彼女の成長を見守るべき場面だ。
俺は一歩下がり、いつでも介入できるよう木刀に手をかけつつ見守る。
骸骨武者が、錆びた刀を振り上げ、結構な速度で踏み込んできた。
腐っても武者、その足運びは迷いがない。
だが、桜は動じない。
「<
桜が杖の先端を向ける。
詠唱と共に、純白の光が凝縮され、弾丸となって撃ち出された。
ドンッ、と光の弾丸が、骸骨武者の胸郭に直撃する。
物理的な衝撃と、浄化の魔力が同時に炸裂した。
断末魔を上げる間もなく、武者は光に包まれて崩れ去り、鎧ごと黒い煙となって霧散していく。
「よしっ! 一撃!」
「ナイス、桜。光魔法の威力が上がってるな。制御も完璧だったよ」
俺が褒めると、桜はえへへと嬉しそうに笑ってVサインを作った。
そして、魔物が消えた後には、ぽとりとドロップアイテムが残されていた。
「あ、宝箱だ!」
「……さすが、【豪運】。俺の権能を使ってるわけじゃないのに……」
俺の【ドロップ調整】は、俺が倒した場合にしか効果を発揮しない。
今回のダンジョン探索では、ドロップしまくってアーティファクトをゲットしまくろうとは思っていた。しかし、コレは完全に俺の権能外の出来事だ。
豪運のすさまじさを初っぱなから感じることとなった。
「何を落としたん?」
「えっとね」
古びた木札だった。黒いオーラを纏った、禍々しくも強力な魔力を秘めたアーティファクトだ。
「【冥府の通行手形】だって……気持ち悪いね」
「でも効果はすごそうだぞ」
持っているだけで、低級なアンデッド系モンスターから狙われにくくなる効果があるらしい。
まぁ、今回はドロップゲットのため、魔物とはなるべく戦いたいから速攻でインベントリ行きになってしまうわけだが。
「すごーい! いきなりレアアイテムゲットだね!」
桜が木札を掲げて喜ぶ。
本来ならドロップ率3%以下のレアアイテムだが、桜の豪運にかかればコンビニのおにぎり感覚だった。
「ここには誰もいないし、カメラもない。遠慮はいらないぞ。片っ端からいただいていこう」
「ふふっ、了解!」
俺たちは顔を見合わせて笑い合い、さらなる奥へと進んだ。
◇
1階層から3階層は、日本古来の妖怪や怨霊をモチーフにした魔物が中心だった。
俺たちはデート気分で進みながら、珍しいアイテムを次々と回収していった。
基本的に桜が初撃を与え、俺がとどめを刺すというスタイルで、ドロップアイテムを大量にゲットできる形が出来上がっている。
薄暗い坂道の途中、空中に青白い炎がいくつも浮かび上がった。
『鬼火』だ。ゆらゆらと不規則な軌道を描きながら、こちらに熱線を放ってくる。
「あ、鬼火だ! ひろくん!」
「よしきた」
俺は新しく覚えたスキルを発動させる。
指先を鬼火に向ける。
「<
バチィッ!!
俺の指先から、一条の金色の稲妻が迸った。
雷速の一撃は、鬼火が回避行動をとる隙すら与えず、その核を撃ち抜く。
ジュッ、と音を立てて鬼火が消滅した。
「うーん……瞬殺になっちゃうなぁ」
威力は最大限に抑えたはずだが、それでも一撃で消し炭と化してしまった。
これでは新しい魔法のテストにならない……。
これが強き者の宿命か……ふっ……。
「あっ、オーブだ!」
鬼火が残したのは、美しい朱色のオーブと鬼火の灰というアーティファクトだった。
スキルオーブ【
朱色と青色が混ざり合った、妖しい光を放つオーブだ。
効果は『自律追尾する幻影の炎』を作り出す魔法スキルの一種らしい。通常の火魔法ほどの爆発力はないが、術者の操作なしで敵を執拗に追いかけ、まとわりついてジワジワと燃やす継続ダメージを与えるようだ。
火力は低いが、敵の視界を奪う目くらましや牽制には最適だ。それに、キャンプの時の明かり代わりにもなるかもしれないな。
もう一つは、アーティファクト【鬼火の
桐の小箱に入った灰色の粉末で、暗闇で微かに燐光を放っている。
これを撒くことで、一時的に周囲の「魔力探知」や「熱源探知」を阻害する結界——つまりは魔法的な煙幕を作り出せる。
さらに、所持しているだけで「火属性耐性(微)」と「混乱耐性(微)」のパッシブ効果までつく優れものらしい。箱の中の灰がなくなるまでの使いきり、というのが残念ではあるが、スパイ対策にもってこいの一品だ。
次に相対したのは、風切り音と共に岩陰から飛び出してきた
目にも留まらぬ速さで斬撃を飛ばしてくる厄介な敵だが、桜の反応速度も負けていない。
「<アクアシールド>!」
桜の前に水の壁が出現し、真空の刃を受け止める。
そして、すかさず反撃。
「<アクアカッター>!」
高圧の水流が鞭のようにしなり、鎌鼬を撃ち落とした。
俺はすかさずトドメをさす。
スキルオーブ【風鎌】と、素材『鎌鼬の刃』をゲットだ。
さらに進むと、地面が隆起し、巨大な蜘蛛『土蜘蛛』が現れた。
鋼鉄のような剛毛に覆われた巨体。吐き出される糸は粘着性が高く、触れれば身動きが取れなくなる。
桜が水魔法で足を払い体勢を崩したところで、俺がトドメの光魔法を叩き込んだ。
直接触るのは気持ち悪い時は、魔法で一発だ。
ドロップはアーティファクト【拘束の粘糸】。
「これ、投げつけると相手を雁字搦めにする捕縛アイテムだな。桜の護身用にいいかも」
「うん、もらっとく! 変な人が来たら投げつけるね!」
……投げつけられる変質者に同情するレベルの強力なアイテムだが、まあいいだろう。
次々と現れる魔物。
俺たちはそれを片っ端から倒し、ドロップアイテムを集めていく。
殺伐としたダンジョン攻略のはずが、完全にショッピングモールでの買い物デートのノリである。
「あ、また【水鉄砲】スキル。それとこっちは素材かな?」
「いや、アーティファクトだ。水辺の近くにいた『河童』から落ちたやつだな」
中から出てきたのは、水を湛えた皿のような装飾品。
アーティファクト【河童の皿】。
「頭に乗せると、水魔法の威力と、水中での活動時間を大幅に伸ばす効果があるらしいぞ。良かったな、桜」
「……いらない。ひろくんがつけたらいいよ」
「すまん」
桜がキャッキャとはしゃぎながらアイテムを拾う。
その笑顔を見ているだけで、ここに来てよかったと心底思う。
俺のチート能力が、彼女を笑顔にするために役立っているなら、これほど嬉しいことはない。
◇
気づけば、3階層を突破していた。
景色が変わり、少し開けた場所に出る。
そこには、朽ちた鳥居と、清らかな水が湧き出る泉があった。
どうやら
ダンジョンの瘴気もここだけは薄く、神聖な空気が漂っている。
「ふぅ、結構歩いたね」
「そうだな。ここらで昼飯にするか」
俺は周囲の安全を確認し、インベントリを開いた。
ここには誰もいない。遠慮はいらなそうだ。
俺は、最高級のアウトドアメーカーのタープと、ふかふかのラグ、そしてローテーブルを取り出した。
組み立てた状態で収納していたので、労力なしで設置が完了する。なんて便利なんでしょう。
殺風景な洞窟内が、あっという間にお洒落なグランピング空間へと変貌した。
「すごーい! ひろくん、準備良すぎ!」
「ふっふっふ。備えあれば憂いなし、ってね。旅行気分を味わうなら、食事も大事だろ?」
さらに、出雲空港で買っておいた地元の名産品——
デザートには、地元の和菓子屋で買った『ぜんざい』や『風呂敷まんじゅう』もつけておこう。出雲はぜんざい発祥の地らしい。
「いただきまーす!」
二人並んで座り、食事を楽しむ。
ダンジョンの中とは思えない優雅な時間だ。
桜が美味しそうに寿司を頬張るのを見ているだけで、俺の腹も心も満たされる気がする。
「……ねえ、ひろくん」
桜がお茶を飲みながら、少し潤んだ瞳で俺を見た。
「私、今日すごく楽しい。
初めての旅行だし、こうやって二人だけで冒険できるのが……なんか、すごく幸せ」
「奇遇だな。俺もだよ」
俺は照れ隠しにそばを啜った。
以前、自分の能力について話した時、桜は驚きこそすれ、引くことも恐れることもなかった。
『ひろくんの力は、人を幸せにする力だよ』
そう言ってくれた笑顔を、俺は一生忘れないだろう。
「俺の力は、こうやって桜と楽しく過ごすためにあるんだと思うよ。
レアアイテムとかお金とかは、そのためのオマケみたいなもんだな」
俺が言うと、桜は顔を真っ赤にして、俯いてしまった。
でも、その口元は嬉しそうに綻んでいる。
「……うん。私も、ひろくんが一番の『宝物』だよ」
蚊の鳴くような声。
でも、静かなダンジョンの中では、その言葉ははっきりと俺の耳に届いた。
甘い空気が流れる。
やばい、キスくらいなら許される雰囲気か?
いやいや、ここはダンジョンだ。神聖な出雲の地だ。しかもまだ攻略の途中だ。
神様が見ているかもしれない。
俺は理性を総動員して話題を変えた。
「さ、さて! 腹ごしらえも済んだし、先へ進むか!」
「あ、うん! そうだね!」
俺たちは片付けを済ませ——インベントリに放り込むだけだが——、立ち上がった。
目の前には、下りの階段がある。
ここから先は中層エリア、4階層だ。
階段の下からは、先ほどまでとは違う、冷たく鋭い風が吹き上げてきていた。
まるで、このダンジョンの深部が、俺たちを呼んでいるように思えた。
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