第92話 雷魔法

 成瀬星羅が嵐のように去っていってから数日後。

 俺と桜は、ADA岡山支所の応接室に呼び出されていた。


 用件は、先日のサンダー・ベル討伐戦における報告会と、ドロップ品の査定についてだ。

 討伐した直後は混乱もあり、正式な鑑定と査定のためにADAに預けていたのだ。


「——というわけで、こちらが今回の査定結果となります」


 ADA岡山支所、応接室。

 白を基調とした無機質だが清潔感のある部屋で、俺と桜は白雪さんと対面していた。


 彼女は手元のタブレットを操作し、室内の大型モニターにデータを表示させる。

 画面に映し出された数字の羅列を見て、俺は思わず眉を上げた。

 ゼロの数が、携帯電話番号みたいになっている。


「……随分と跳ねましたね」

「ええ。サンダー・ベルは誕生して間もないとはいえ、ネームドですから。その素材の希少価値は計り知れません。

 特に、例の二点は別格です」


 白雪さんが指し示したのは、テーブルの上に恭しく置かれた物体だ。


 一つは、黄金の装飾が施された、片手サイズの戦鎚ウォーハンマー

 柄の部分には雷文の刻印があり、置かれているだけで微かに空気が帯電しているのが分かる。

 【雷神の小槌トール・ハンマー・ミニ】と呼ばれるアーティファクトだ。


「調査の結果、この小槌は投擲武器であることが判明しました。

 投げれば雷を纏って敵を粉砕し、所有者の手元に自動で戻ってくる——北欧神話のミョルニルを模した強力な魔導具です」

「なるほど。便利そうですが……」


 俺は小槌を手に取ってみた。

 ズシリと感じる存在感。俺の筋力なら羽のように軽いが、魔法職の桜には扱いづらいだろう。


 それに、俺には愛刀——木刀だが——【天地無用】がある。あれ以上の武器は今のところ必要ない。


「売りましょう。オークションで」

「承知いたしました。コレクター垂涎の一品となるでしょう。上位探索者達も見逃さないでしょうから、高値が期待できます」


 そして、もう一つ。

 こちらが本命かもしれない。

 俺は鞄から取り出すふりをして、インベントリからオーブを取り出した。


 拳大の大きさを持つ、透明度の高いクリスタルの珠。

 だが、その内部には紫色の雷光が封じ込められており、まるで生き物のようにバチバチと明滅を繰り返している。

 見ているだけで肌が粟立つような、圧倒的な魔力の奔流。


 スキルオーブ【雷魔法】。世界に数個しか確認されていない、原始魔法オリジンの一種だ。

 しかも、そこには一つの「星」が刻印されている。


 ★《シングル》。

 ダンジョンに触れた者なら、誰でも修得できるスキルオーダー。

 もちろん、俺の権能によって変更されたものだ。

 元のスキルオーダーは星5つ★★★★★。なかなか人を選ぶオーダーだった。


「現在確認されている魔法系スキルの中でも、雷属性は攻撃力と速度に特化した、極めて実戦的なものです。

 それの原始魔法オリジン、さらには★《シングル》ともなれば、国家予算レベルの価値がつくでしょう。それこそ【光魔法】を超えるかもしれません。

 ……どうされますか?」


 白雪さんの視線が、俺と桜を交互に見る。

 売るか、使うか。

 探索者にとって、強力なスキルの習得は金銭以上の価値がある。


 俺は隣に座る桜を見た。

 桜の恩恵ギフトから察するに、適性は魔法使いだと思われる。このオーブを使えば、彼女の戦力は飛躍的に向上するだろう。


「桜、これ使うか? 雷魔法、かっこいいぞ」


 俺が勧めると、桜は少し考えてから、ふるふると首を横に振った。


「ううん、私はいいかな」

「いいのか? 多分、あの十宮が使ってた魔法の上位版みたいなもんだぞ? そりゃアイツと被るのは微妙かもだけど」

「んー、それもあるけど……私、まずは【水魔法】と【光魔法】を極めたいの。

 あれこれ手を出して器用貧乏になるより、今の魔法をしっかり使いこなせるようになりたい。それに、雷ってなんか性格に合わない気がして」


 桜が苦笑いする。

 確かに、彼女のイメージは癒やしや浄化、あるいは流れる水のような優美さだ。バリバリと雷を落として敵を黒焦げにする姿は、あまり想像できない。


 それに、彼女の言う通り「一つの属性を極める」というのは理に適っている。熟練度が分散するより、特化した方が強くなる場合もあるのかもしれない。


「そっか。桜がそう言うなら」


 俺はオーブを手に取った。

 掌の上で、紫電がチリチリと皮膚を刺激する。


 強大な力だ。これを手放し他者に手に渡るのが惜しいと思うのは、俺が貧乏性か小市民だからか。

 十宮と属性が被るのは癪だが……スキルに罪はない。

 それに、これから先、もっと強力な敵が現れた時、物理攻撃だけでは対処できない事態も考えられる。手札は多い方がいい。


「じゃあ、俺が使うね」

「えっ、よろしいのですか?」


 白雪さんが少し驚いた顔をした。

 いつも俺が「物理特化」のスタイルでやっていることを知っているからだろう。

 実はこう見えて、ドロップされたスキルオーブは使い込んでいたりする。俺の獲得スキル——それも魔法スキルだけでも十は超えている。


「十宮と被るのはちょっとアレですけどね。

 でも、使えるものは使っておきます。桜を守るための力になるなら、属性なんて些細な問題です」


 俺はオーブを胸に押し当てた。


 -------------


 【雷魔法】スキルを取得しますか?


 はい / いいえ


 -------------

 

 脳内にメッセージが浮かび上がり、『はい』と念じる。今回は『人間をやめるぞ』とは言わない。さすがに恥ずかしい。


 瞬間、オーブが砕け散り、紫色の光の粒子となって俺の身体に吸い込まれていく。

 血管の中を雷が駆け巡るような感覚。


 熱い。でも、不快ではない。

 全身の細胞が活性化し、新たな回路が焼き付けられていく。


 ——スキル【雷魔法】を習得しました。


 脳内にシステムメッセージが浮かぶ。

 俺は軽く指先を弾いた。


 バチッ、と青白い火花が散り、空気が焦げる匂いがした。

 ……うん。悪くない。

 物理で殴るのに飽きた時のアクセントにはなりそうだ。


「おめでとうございます。これで柴田さんの戦力はさらに盤石ですね」

「ありがとうございます。……さて、用件も済みましたし」


 俺は立ち上がり、背伸びをした。

 時計を見ると、まだ午前中だ。


「今日は天気もいいし、久しぶりに二人で岡山ダンジョンに潜ろうかと思ってまして。

 桜も新しい魔法を試したいだろうし、俺もこの雷魔法のテストをしたい」


 装備は持ってきている。

 なんなら【インベントリ】の中には、二人の緊急お泊まりセットもあるので、ダンジョン内で一泊くらいも余裕だ。

 このままゲートへ直行すれば、昼前には10層くらいまで行けるだろう。


 だが。

 白雪さんが、困ったような顔で「お待ちください」と制した。


「柴田さん、柾木さん。

 ……大変申し上げにくいのですが、現在、岡山ダンジョンでの活動は推奨できません」

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