神話ダンジョンと神の霊薬編
第91話 押しかけゴスロリ
四月上旬。
サンダー・ベル討伐や【王獣の牙】騒動から一週間ほどが過ぎ、季節は完全に春めいていた。
俺たちの
桜は無事に入学式を終え、数日前から本格的に大学生活がスタートした。
朝、「行ってきます!」と元気よく家を出ていく背中を見送るのは、なんだか親になったような、あるいは新婚のような、むず痒い幸福感がある。ぐふふ。
桜が出かけた後の三度寝を満喫した俺は、ソファに深く沈み込み、ペットボトルコーナーから取り出した黒烏龍茶を啜った。
世間ではまだ「ランクワンの正体や功罪」、「倶蓮牙財閥の突然の役員交代劇」が話題になっているらしいが、この家の中は平和そのものだ。
瀬戸岩の家の方には不審者や記者連中が出ているようだが、そっちにはしばらく行く必要は無いので放置している。ただただご近所様に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
ギルドホームの方は、ADAの警備と、そもそも厳重な情報統制のお陰でほぼバレていないので、不躾な訪問者もいない。
今日は一日、溜まった録画でも消化しながらゴロゴロしよう。そう決めていた。
ピンポーン。
その決意を嘲笑うかのように、インターホンが鳴った。
モニターを見る。
ADAの職員か? それとも宅配便か? まさか、ネットの特定班がここまで来たのか?
画面に映っていたのは——予想の斜め上を行く人物だった。フリル全開の黒いドレスに身を包み、ツインテールを揺らす少女だった。
成瀬星羅。
ギルド【テンペスト】の魔法使いだ。
「……なんで?」
俺は首をかしげつつ、通話ボタンを押す。
「はい」
『あ、ランクワンさん? 私でーす! 開けてくださーい!』
「セールスならお断りしてます」
『扱いが雑っ! 違いますよぉ、家出少女の保護をお願いしに来たんですぅ!』
家出少女。パワーワードすぎる。
俺はため息をつきながら、ゲートのロックを解除した。
◇
「お邪魔しまーす! うわっ、めっちゃいい家! センスいい!」
拠点の一階はギルド用のスペースになっている。そこのホール兼応接室に通された星羅は、まるで自分の家のようにくつろぎ始めた。
大きなトランクケースをドカッと置き、ソファにダイブする。
ゴスロリ服のボリュームがすごいので、ソファが埋まってしまった。
「……で? 何しに来たんだ? というか、そもそも、ここの場所をどうやって知った?」
ADAが最重要機密としてロックしているはずの住所だ。おいそれと漏れるはずがない。おそらく多分。でも王獣の牙の資料内にADAの内通者の情報もあったしなぁ。そういえば、それくらいは伊達に伝えておいた方が良いのかもしれないな。
俺が少し目を細めると、星羅は悪びれもせずに答えた。
「ああ、それですか? カズキ様が持ってた資料に載ってたんですよぉ。【空飛ぶ大福】についての調査書みたいなやつ」
「資料?」
「はい。ADAの東京支部の人がこっそり渡してくれたみたいです。『これで相手の弱点を探れ』的な感じで」
東京の人……確か、如月とかいうヤツか。銀縁メガネのいけ好かない男だ。
あいつ、去り際まで余計な真似を……。
そんな堂々と情報漏洩かましているなんて、セキュリティの意味がないな。後で白雪さんにクレームを入れておこう。
「それで? 家出ってのは?」
「聞いてくださいよぉ! カズキ様がもう、最悪なんです!」
話を聞くと、こうだ。
あの日以来、十宮は完全に自信を喪失し、部屋に引きこもってウジウジしているらしい。
「俺は終わった」「もう引退だ」とネガティブ発言を繰り返し、取り巻きたちに当たり散らしているとか。
「慰めてあげても『うるせぇ』とか言うし! 励ましたら『お前に俺の気持ちが分かるか』って逆ギレするし! もう! めんどくさい! やってられない! 愛想が尽きたわけじゃないですけどぉ、ちょっと距離置こうかなって!
あ、でもっ! 本当はいい人なんですよ! 抱きしめてあげたら甘えちゃったり可愛いところもあって。きゃっ♥」
めっちゃ早口で言われた。そして後半はなぜか惚気が入っている。
典型的なメンヘラ系カップルだった。
「……それで、なんでウチに来るんだよ」
「だってぇ、ここならカズキ様も追ってこれないし、ADAの警備も完璧だし?
あと、ランクワンさんの強さの秘密も知りたいし!」
星羅はニシシと笑う。
どうやら、十宮への盲信的な愛はあるものの、根はちゃっかりしている性格らしい。
まあ、敵意がないなら追い返すのも大人げないか。
「とりあえず、お茶でも飲む?」
「飲みます! あ、コーヒーがいいな! 砂糖とミルクたっぷりで!」
ちゃっかりとリクエストまでしてくる。これが今時の若者というヤツか……!?
ため息をつきながら、キッチンに立った時、玄関のドアが開く音がした。
「あっ、ただいまー! ひろくん、1
桜が帰ってきた。
応接間に入ってきた桜は、ソファに座るゴスロリ少女を見て、目を丸くした。
「えっ……あ、あれ? えっと、どなたですか?」
「あ! あの時の!」
星羅がバネ仕掛けのように飛び起きる。
そして、桜の目の前までダッシュで詰め寄った。
「ひぃっ!?」
桜が怯えて後ずさる。
星羅は桜の両手をガシッと握りしめ、キラキラした目で見つめた。
「アナタね!? カズキ様を振ったの!」
「は、はい……?」
「最高! 私、感動したの!
あのカズキ様に媚びず、自分の意思を貫くその姿勢! まさに現代のジャンヌダルク!」
「えええ……?」
桜が助けを求めて俺を見る。俺は肩をすくめた。
「私、カズキ様のこと大好だけどぉ、周りの女もカズキ様ばっかり見てくるのウザーって思ってたの。
でもアナタは違う! アナタは男の趣味は悪いけど、『芯』がある! お友達になってください!」
「は、はぁ……。よ、よろしくお願いします?」
勢いに押されて、桜が頷く。
星羅は「やったー!」と万歳し、それから桜の全身をジロジロと眺め回した。
「……ふむ」
「な、なに?」
「素材は最高……SSSランク……いや、UR、SUR級の美少女。肌も髪も完璧。
でも……服が地味すぎ!!」
ビシッ、と星羅が指差す。
桜は今日の通学コーデ——パステルカラーのニットにロングスカートを見下ろした。全然可愛い。地味の欠片もない。
「え、変かな?」
「変じゃないけど、もっと冒険できるポテンシャルがあるのにもったいない!
アナタみたいな儚げな美少女には、こういう服こそが似合うのっ!」
星羅がトランクケースをババンと開ける。
中には、黒や赤、白のレースがふんだんに使われたゴシック&ロリータ服がぎっしりと詰まっていた。
何持ってきてるんだよ……。
「さあ、着るよ! 絶対似合うから! 撮影会しよ、撮影会!」
「ええっ!? む、無理無理!」
「無理じゃない! ランクワンさん、カメラ貸してください!」
俺にまで飛び火した。
だが、正直に言おう。
桜のゴスロリ姿。……見てみたい。
「……桜。新しい自分に出会うのも、探索者としての成長かもしれないぞ?」
「ひろくんまで!? 絶対面白がってるでしょ!」
抗議する桜だったが、星羅の「お願い! 一生のお願い!」という押しと、俺の無言の期待に負け、しぶしぶ着替えを承諾した。
数分後。
応接室は即席のスタジオと化した。
「じゃーん! テーマは『深窓の令嬢』です!」
着替えを終えた桜が出てくる。
深いボルドー色のワンピース。繊細なレースのヘッドドレス。黒いハイソックス。
いつもの清楚な雰囲気とは違い、どこか妖艶で、でも触れたら壊れてしまいそうな危うさがある。
「うわ……」
俺は思わず唸った。
似合いすぎている。精巧な
「ど、どうかな……?」
桜が恥ずかしそうにスカートの裾をつまむ。
その仕草だけで、破壊力が凄まじい。鼻血が出そうだ。
「最高! 桜ちゃん、才能あるよ!」
星羅が大興奮で手を叩く。
「ランク1さん、早く撮って! この奇跡を記録に残さないと! あ、スマホじゃなくてちゃんとしたカメラでお願いしますね!」
「ああ、任せろ」
俺はニヤリと笑い、
最近、オークションで得た莫大な資金を使って買い揃えた、俺の新しい相棒たちだ。
「ふふふ……待っていたぞ、その言葉」
俺はテーブルの上に、ドン、ドン、とカメラを並べていく。
最新鋭のフルサイズミラーレス一眼。超広角から超望遠まで揃った最高級レンズ群。さらにはプロ仕様の照明機材まで。
「こいつは有効画素数6000万画素オーバーのモンスターマシンだ。レンズはF1.2の単焦点。しかもGM。桜のまつ毛の一本一本まで鮮明に切り取れるぞ」
「うわ、ガチ勢だ……」
星羅が引いている。いや、気のせいだ。
「こっちは高感度耐性が最強のモデルだ。この部屋の間接照明だけでも、ノイズなしで幻想的な一枚が撮れる。
さあ、桜。視線こっち! 顎引いて! そう、最高だ!」
俺はファインダーを覗き、夢中でシャッターを切った。
カシャッカシャッと小気味良い音が響く。
被写体が良すぎて、適当に撮っても芸術作品になる。だが、俺のカメラマン魂(にわかだが)が、さらなる高みを目指せと叫んでいた。
「……ひろくん、楽しそうだね」
桜がジト目で見てくるが、ポーズは取ってくれている。優しい。そして尊い。
「すごいですね……。ランク1さん、これなら配信者としても食っていけますよ!」
星羅がモニターを覗き込んで感心したように言う。
「ねえねえ、お二人も配信始めません?
『最強カップルのまったりダンジョンライフ』とか絶対バズりますって!」
「いや、それは勘弁してくれ」
俺はカメラを下ろして即答した。
「有名になって得することより、デメリットの方が大きそうだからなぁ。もう懲りごりだよ」
「えー、もったいない! こんなに素材がいいのにぃ!」
星羅がブーイングする。
「じゃあ、せめて私のチャンネルにゲスト出演してくださいよ! カズキ様が復活したら、コラボ配信とか!」
「絶対イヤだ……」
「えー! いいじゃないですかぁ! 減るもんじゃないし!
私のチャンネル登録者数、10万人いるんですよ? 宣伝になりますよ?」
星羅が食い下がる。
この子、メンヘラ気質かと思ったけど、意外と押しが強いというか、商魂たくましいな。
というかメンヘラだからこそ押しが強いのか?
「あー、わかったわかった。考えとくよ」
「本当ですか!? 言質取りましたよ!」
「言質って……考えとくって言っただけでやるとは一言も……」
「やったー! 約束ですからね!」
星羅が小躍りしながらぴょんぴょんしている。
あかん、この子。自分の世界で生きてらっしゃる。俺の声が何ひとつ届いていない。いや、届いた声が都合良く変換されている!?
「次はこれ! 『白の聖女』風!」
「ええー、まだ着るの?」
「当たり前だよ! 素材を活かしきらないと!」
俺の驚愕を余所に、再び始まった撮影会。
リビングには、シャッター音と、聖羅の大きな声が響いていた。
「……平和だなぁ」
俺はファインダー越しに桜の笑顔を見ながら、呟いた。
外ではまだ騒動が続いているだろうが、今はただ、この賑やかで穏やかな時間を楽しもう。
こうして、ギルド【空飛ぶ大福】の午後は、謎のゴスロリ撮影会となって更けていった。
だが、この平穏もきっと束の間なんだろうなぁ。
俺は、ここ最近の騒動を思い返しながら、こっそりため息をついた。
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