第88話 傲慢の代償

 獣哉の叫びと共に、パワードスーツが突進してくる。

 床の大理石が踏み砕かれ、建物全体が揺れるほどの重量感。


 右腕が振り上げられ、鋼鉄の拳が空気を押しつぶしながら落ちてくる。

 さっきまでの黒服たちの攻撃とは次元が違う。


 直撃すれば、鉄骨ビルさえ粉砕する一撃が、真上から俺を叩き潰そうとしていた。


「——たかだか数倍でイキるなよ」


 俺は、振り下ろされた鋼鉄の拳を——左手一本で受け止めた。

 ズンッ!!

 衝撃が床を抜け、下の階層までヒビが入る。轟音と衝撃波が倉庫を揺らし、窓ガラスが全て割れ飛んだ。


 床がメリメリと音を立てて沈み込む。俺の足元から、蜘蛛の巣状のひび割れが広がった。


 でも——それだけだ。

 俺の左手は、パワードスーツの拳をがっちりと掴んで止めていた。


「なっ……!?」


 スピーカー越しに、獣哉の驚愕が漏れる。

 フルパワーのプレスを、生身の手で、しかも片手で止めた事実に、思考が追いついていないようだ。


「バ、馬鹿な……! 出力最大だぞ!? 数十トンはあるんだぞ!? なんで……なんで止まるんだよォォッ!!」


 スラスターを全開にして押し込もうとするが、俺の腕は岩のように動かない。

 俺はフェイスガード越しの獣哉の目を見て、静かに告げた。


「俺を殺したいなら、一億倍くらいにはなってこい」


 俺は左手に力を込める。


「ま、待て——」


 メキメキメキ……ッ、と鋼鉄の装甲が、アルミ缶のようにひしゃげていく。

 パワードスーツの腕が、俺の握力だけでひび割れ、ねじ切られていく。


「ひっ、あ、あがっ……!? 腕が、腕がぁぁ!?」


 フィードバックがあるのか、獣哉が悲鳴を上げる。

 俺はひしゃげた腕を掴んだまま、スーツごと獣哉を持ち上げた。総重量数トン。だが、今の俺には小石と変わらない。


「お返しだ」


 そのまま、床に叩きつける。

 さっきの比じゃない轟音が、倉庫全体に響き渡った。床が爆ぜる。石片と金属片が飛び散る。


 パワードスーツの背部装甲がひしゃげ、魔導動力炉のカバーが吹き飛んだ。蒼い光が暴走し、火花が散る。


 一撃でパワードスーツは大破し、ただの鉄屑と化した。

 衝撃でコックピットが開き、獣哉が床に放り出される。


「あ……が……」


 豪華なスーツはボロ雑巾みたいに破れ、髪は乱れ、顔は土埃と血でぐしゃぐしゃだ。

 ボロボロになった獣哉が、這いつくばって逃げようとする。


 薬の効果が切れかかっているのか、全身が痙攣している。プライドも、力も、全て砕かれた男の末路。


「ぐぅ……くそぉ……こんな……」


 獣哉が、四つん這いで床を這う。目指すのは、半壊した執務机か。

 獣哉の手が、デスクの上の緊急通信機に伸びた。縋るような手つきで、スイッチを入れる。


「と……父さん……! 父さんッ!!」


 壁の大型モニターにノイズが走り、初老の男の姿が映し出された。

 白髪をオールバックにし、葉巻を燻らせた男。皺は多いが、体はがっしりとしている。


 どうやら、こいつが獣哉の父親——倶蓮牙財閥の総帥らしい。


「父さん! 助けてくれ! ランクワンだ!

 こいつが……こいつが俺を殺そうとしてる! 財閥の力で、こいつを社会的に抹殺してくれ! 軍隊を送ってくれ!!」


 獣哉が泣き叫ぶ。

 だが、モニターの中の男は、冷ややかな目で息子を見下ろしていた。

 感情の一切ない、ゴミを見るような目。


「……恥さらしが、見苦しい」


 その一言で、獣哉が凍り付く。


「たかが一人の探索者に、私兵団を全滅させられ、無様に命乞いか。挙げ句、パワードスーツまで持ち出して敗北とは。……我が家の恥さらしめ」

「と、父さん……? な、何を……」


「弱い貴様はもう用済みだ。もとより出来損ないの貴様をここまで面倒見てやったが、所詮出来損ないは出来損ない。……そこで野垂れ死ぬがいい」

「父さん!? 俺は、財閥のために——」


 獣哉が悲鳴を上げる。


「黙っていろ、獣哉」


 総帥の一喝が、モニター越しに部屋の空気を震わせた。

 獣哉がビクリと肩を震わせ、口を閉じる。


 モニターの向こうの男が、ゆっくりとこちらを見た。

 眼光が鋭い。計算と冷酷が凝縮されたような目だ。

 俺と視線がぶつかった。


 数秒間、無言の時間。

 総帥は、ゆっくりと息を吐いた。


「……貴様が、ランクワンか」


 画面越しでも伝わる、重厚な威圧感。財閥のトップとして君臨してきた男の覇気だ。


「愚息が世話になったな。だが、我が家に土をつけた報いは、必ず払わせる。貴様も、貴様の家族も、女も。……今後、眠れる夜はないと思え」


 一方的な死刑宣告。

 そして、通信は切れた。モニターが暗転する。

 残されたのは、呆然と画面を見つめる獣哉と、その横で木刀を持って立つ俺。


「……父、さん?」


 獣哉が、地の底から絞り出すような声を出した。


「見捨てた……? 俺を……?」


 過魔素苔の影響もあるのか、その顔が一気に歪む。涙とも汗ともつかないものが流れ落ちる。

 シンとした部屋に、獣哉の乾いた笑い声が響く。


「あハ……ハハハ……!

 ざまぁみろ! 聞いたかよランクワン!」


 獣哉が、血と涎にまみれた顔を歪ませて笑う。

 自分が見捨てられたことへの絶望と、俺を道連れにできる歓喜が入り混じった、狂った表情だ。


「俺は破滅だ! だが、お前も終わりだ! 親父は本気だぞ! 財閥の全戦力がお前を潰しに来る! 一生怯えて暮らせ! 地獄へ道連れだよッ!!」


 狂笑する獣哉。

 俺は無言で近づき、腕を振るった。


「——へぶしッ!!」


 平手打ち。

 汚い音がして、獣哉の身体が吹き飛んだ。


 壁に激突し、そのままめり込む。口から折れた歯がバラバラとこぼれ落ち、彼は白目を剥いて——多分、気絶した。手加減もしたし、殺意はちょっっっっとしかなかった。きっと、息はあるだろう。


「うるさいな。少し静かにしててくれ」


 俺は手を払い、【解析】を発動させる。

 視界に、薄いラインが浮かぶ。

 壁や床、家具に埋め込まれた魔力回路や、異物の存在が透けて見えるような感覚。


 俺は、部屋の一角に目を止めた。普通の目にはただの壁棚だが、【解析】にはそこだけ違う情報が表示されている。厚さの違う壁、その奥の金属反応、魔導ロックの構造。


 ——隠し金庫だ。

 俺は軽く肩を回し、その部分の壁を軽く蹴り上げる。


「よいしょ」


 壁が陥没し、棚ごと吹き飛んだ。石膏と木材の破片が舞い、その奥から鋼鉄色の金庫が顔を出す。


 高さ一メートルちょっと。横幅も同じくらい。表面には複雑な魔術刻印と、最新式の電子ロックが並んでいる。


「やっぱりな」


 獣哉が父親に捨てられたのは想定内だ。だが、総帥からの宣戦布告は、想定以上の収穫だった。


 これで、遠慮なく叩ける。

 俺は金庫に目を向けた。力任せに一発拳を叩き込む。分厚い鉄の扉をぶち破り、そのまま扉ごと引き抜いた。


 金庫の中は、金銭類以外にも多数の書類にUSBメモリーやHDDなどの外付けストレージが所狭しと収納されていた。


 【解析】を使えば、一つ一つ読む必要がない。とてつもない情報の波が脳裏を走るが、高い知能パラメータが完璧に処理してくれる。


 金庫の中身は、事前に——倶蓮牙獣哉を敵と認識したときに【解析】していた通り、獣哉が父親を蹴落とし、自分がトップに立つために集めていた、財閥の闇の証拠たちだ。


 多種多様の物理データ、裏帳簿、音声記録、契約書に顔写真付きのファイル。これがあると分かっていたから、俺は正面から敵対するという暴挙に踏み出せたわけだ。


「わりとマメだな。よくこんなに集めたもんだ」


 蛇崩の力が強かったのかもしれない。あの認識をずらすスキルがあれば、諜報活動はお手の物だろう。


 財閥内の不正会計。裏口献金。違法アーティファクトの密輸ルートに違法ドラッグの流通ルート。政治家や官僚、海外の企業との黒い繋がり。ADAの内通者……。


 出るわ出るわ。倶蓮牙財閥どころか、日本経済の一角が吹き飛ぶレベルの爆弾だ。

 そして、その中には——獣哉の父、倶蓮牙財閥の父親の居場所も記されていた。


「……全部俺に預けてくれるとか、優しいな?」


 俺は倒れている獣哉の優しさに感謝しつつ、金庫の側面に手を当てた。

 インベントリを開く。「収納する」と意識すると、金庫全体が光に包まれ——すぽん、と視界から消えた。

 跡には、ぽっかりと空いた穴だけが残る。


「よし。じゃあ、宅配の時間だ」


 俺は気絶している獣哉の襟首を掴み、ずるずると引っ張り出した。

 あまり上等な扱いではないが、まあ、これでもまだ優しい方だと思う。


「親子水入らずで話もあるだろうしな」


 俺は苦笑しながら、窓の方へ歩いていく。

 夜風が吹き込んでくる。神戸の夜景が眼下に広がっていた。


 目指すは、六甲山。

 厳造がいる本邸だ。

 俺は窓枠を蹴り、夜空へと躍り出た。


 戦いはまだ終わっていない。だが、あと少しだ。桜の待つ「日常」に帰るための、最後の一仕事が始まる。



——あとがき

獣哉戦は決着しましたね^^;

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