第77話 「やったか」

 その光景は、まさに地獄絵図だった。

 19階層の広大なドーム空間が、紫電の嵐に包まれる。


 サンダー・ベル。

 十宮の最強魔法を喰らい、それを糧として活性化した怪物は、もはや災害そのものと化していた。


「ひっ……!?」


 十宮の情けない声が漏れる。

 次の瞬間、世界が白く染まった。


 耳を裂くような轟音。無数の触手が鞭のようにしなり、デタラメな破壊をまき散らす。


 空気が焦げ、岩盤が砕け、地面が裂ける。直撃を受ければ、人間など一瞬で挽き肉と消し炭になるだろう。


「総員、散開するな! 密集陣形、防御に徹しろ!」


 伊達の怒号が飛ぶ。

 彼はジャケットを脱ぎ捨て、前線へ飛び出した。その手には、警棒型の特殊魔導具が握られている。


「黒崎、右翼を固めろ! 三浦、全体に耐魔バフだ!」

「了解!」

「<全体障壁オーバー・シールド>! <対魔減衰マジ・ダウン>!」


 三浦——伊達と共に中衛を任されていたADAの隊員だ——が杖を掲げ、光の膜を前衛陣に付与する。その支援を受け、黒崎——治安維持部の屈強な男が、大剣を構えて触手の雨を受け止める。


「ぐぅぅッ! 重い……!」

「耐えろ! ここを抜かれたら全滅だ!」


 そして、伊達だ。伊達は正面から迫る極太の触手を、警棒一本で受け流していた。激突の瞬間、警棒が淡く光り、雷のエネルギーを霧散させる。


 伊達の恩恵ギフトは【適者生存】——あらゆる環境、状況に即座に適応し、最適解を【直感】で導き出すようだ。


 伊達は“雷撃”という環境に適応し、ダメージを最小限に抑える動きが分かっているようだった。


「チッ、数が多い……! 藤崎、左を!」

「分かってる!」


 レイナがハチェットを振るう。彼女のスキル<斧術・断罪>が発動し、迫りくる触手を数本、根元から断ち切った。


「やったか!?」


 甲田が叫ぶ。

 だが、次の瞬間。切断された触手の断面から、ボコボコと肉が盛り上がり、一瞬で元通りに再生した。それどころか、切断前よりも太く、鋭くなっている。


「再生だと……!?」

「魔法だけじゃない、物理ダメージも吸収して活性化するのか!?」


 伊達が苦々しく叫ぶ。攻撃すればするほど、敵は強くなるというわけか。

 現に、黒瀬の振るう大剣が触手を斬り払う。しかし金属と金属がぶつかるみたいな嫌な音がして、火花が散った。斬れきれていない。


 サンダー・ベルの本体が、ゆっくりと震えた。

 鐘の縁の内側——あの巨大な内壁全体に、十宮の雷がまだ残っている。さっきの一撃を「食べた」せいで、全身が金色に近い光を放っていた。


「ぐっ……!」


 レイナが、雷撃に巻き込まれて吹き飛んだ。当たる直前に俺の【光魔法】でずらしたが、衝撃は消しきれなかったようだ。


「藤崎! 後衛に下がれ!」

「問題ないっ、大丈夫だ!」


 即座にレイナは前線ラインまで上がる。

 一方、十宮はというと。


「や、やめろ……来るな……!」


 完全に腰が抜けていた。

 膝をついたまま後退ろうとしているが、足が言うことを聞いていない。星羅が背中にしがみついて「カズキ様ぁ!」と叫んでいるけど、彼女も半泣きだ。


 甲田は、震える手でカメラを構えたまま固まっていた。

 どうやら【テンペスト】側で戦えるのは、レイナ一人のようだ。


 ——そして、俺は。


 その様子を、少し離れた位置から静観していた。

 逃げているわけじゃない。サボっているわけでもない。


 観察していた。

 サンダー・ベルの反応を。


 ……やっぱり。

 さっきの十宮の攻撃を吸収したところを見た瞬間から、嫌な確信があった。

 サンダー・ベルにとって、こちらの攻撃は、完全に「ご馳走」だ。


 十宮の魔法を食らって、さらに【進化】したあの怪物。今のあいつは、魔力に対して異常なほど貪欲だ。外部からの攻撃エネルギーを、すべて自身の成長リソースに変換している。


 つまり。

 ——俺の魔力を与えるのは、最悪だ。


 もし俺が、ここで下手に手を出していたら?

 俺の魔力は、量も質も自分で言うのもなんだが規格外だ。


 中途半端な魔法や、魔力を纏わせた斬撃を放てば、あいつに極上の「餌」を与えることになる。そうなれば、今の比じゃない。手がつけられない化け物に進化しかねない。


 今の時点でこれだ。

 さらに【進化】なんかされたら、もしかしたら俺の手には負えなくなるかもしれない。


 だから、待った。

 伊達さんたちが体を張って作ってくれた時間で、見極めるために。

 再生の速度。魔力の流れ。核となる部分の位置。


 そして——「何」なら通じるのか。


 伊達さんたちの攻撃。

 レイナの斧。黒瀬の剣。三浦の魔法。全部見て、全部比べて。その反応を【解析】を交え確認していく。


「第二波が来るぞ! 防御優先!」


 伊達さんが声を張り上げる。

 レイナが「了解!」と叫び、前に出た。彼女は大盾を構え、黒瀬と肩を並べる。

 黒瀬は剣を逆手に持ち替え、盾代わりに構えた。


 三浦の障壁が再び輝きを増す。さっきよりも、光が薄い。魔力の消耗が激しいんだ。

 十宮が、膝をついたまま、それを見ていた。


「なんで……なんで、効かねぇんだよ……」


 震える声で呟く。星羅が必死に背中をさすっている。


「カズキ様、だいじょうぶ、だいじょうぶです……次は絶対効くから……!」

「効くかよ……!」


 十宮の顔が、自嘲で歪む。


「俺の雷でダメなら、もう何やってもムダだろ……!」


 その言葉に、少しムッとした。

 何やってもムダって、お前、それが前で戦ってる人間に向かって言う言葉か。


 しかし怒りとは別のところで、冷静に状況を分析している自分がいる。


 ——魔法はダメだ。魔力を乗せた物理攻撃も、吸収されるリスクがある。なら、答えは一つ。


 俺は木刀——【天地無用】を握りしめる。魔力など込めない。ただの、圧倒的な質量と速度による、純粋な物理破壊。再生する暇すら与えない、一撃必殺の暴力。


「三浦さん、バフは、あとどれくらい持ちます?」


 三浦が、唇を噛みながら短く答えた。


「次、持つかどうか……! これ以上は、魔力切れで昏倒します!」

「分かりました。じゃあ、バフを切ってください」

「……は?」


「——後は、俺がやります」





——あとがき


すみません……

次回こそ決着します! 多分!

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