第75話 相性最悪

 翌朝。

 18階層のキャンプ地に、張り詰めた空気が流れていた。ADAが用意した簡易テントの前で、俺は温かいコーヒーを啜りながら、出発の準備を整えていた。


 正直コーヒーは苦くて美味しくないが、大人な俺を演出するために頑張って美味しそうな表情を作っていた。せめて砂糖があれば……!!


「……おはよう、ヒロユキ」


 隣のテントから、藤崎レイナが出てきた。目の下にうっすらと隈がある。

 昨日の夜から俺のことをヒロユキと呼び始めていたが、ハーフな外見もあってスゴく自然に呼んでいる。

 俺は名字でなく名前を呼ぶことが苦手なので、心底羨ましい。


「おはよう……眠れなかったの?」

「ああ。カズキがな……遅くまでセイラとヨロシクやっててな。テントが一緒じゃなくて本当に良かったよ」


 レイナは呆れたように肩をすくめ、自分の頬をパンと叩いた。


「ま、いつものことだ。気にするな」

「大変だな、保護者役も」

「全くだ」


 心底呆れたように頷くレイナ。

 しかし、ダンジョンの中でおっぱじめる十宮と聖羅には驚きを通り越して尊敬の念すら感じるぞ。

 命を懸けた戦いの前だというのによくやる……いや、逆に命を懸けた戦いの前だからこそ、か。命がけの行動は、欲求が高まるって言うしな。


 そんな会話をしていると、主役のお出ましだ。十宮和輝が、テントから這い出してきた。

 髪はばっちりセットされ、装備の汚れも拭き取られている。メイクも完璧だ。昨日の醜態など無かったことのように、彼は鏡を見て自分の顔を確認している。


 だが、その瞳の奥には焦燥の色が濃く滲んでいた。昨日のシャドウリザード戦での失態、そして俺に見せつけられた実力差。それが彼のプライドを内側から削っているのだろう。魅せるキャラクターでいなければならないのは、大変だな。


「甲田、バッテリーは? 星羅、魔力コンディションは?」

「満タンっす」

「いつでもいけますぅ、カズキ様!」

「よし……行くぞ。今日こそ、俺の独壇場だ」


 十宮が鼻息荒く宣言する。それを待っていた訳ではないだろうが、伊達が全員を集めて最終ミーティングを開始した。


「これより19階層へ突入します。即座にサンダー・ベルとの戦闘になる可能性が高い」


 伊達さんが地図を広げる。


「敵は広範囲の雷撃を使用してきます。絶縁装備のチェックを怠らないように」


 そこで、俺はふと気になっていたことを口にした。


「あの、十宮さん。ちょっといいですか?」

「ああん? なんだよ、今更ビビったか?」


 十宮が不機嫌そうに視線を向けてくる。俺は首を横に振った。


「いえ、そうじゃなくて。単純な疑問なんですが……十宮さん、雷魔法以外の攻撃手段って持ってますか?」

「は?」


 十宮が眉をひそめる。


「何言ってんだ? 俺は『雷光の貴公子』だぞ? 雷以外使う必要ねーだろ」

「いや、そこが心配でして」


 俺は、ごく真面目な顔で続けた。確信があるわけじゃないから、あんまり言いたくない。けど黙ってて後で大変な目に遭うのも嫌だから仕方ない。


「魔物の名前、サンダー・ベルですよね? 名前からしても、見た目からしても、バリバリの雷属性じゃないですか。ゲームとかだとよくある設定ですけど、同属性の攻撃って無効化されたり、最悪の場合、吸収されて回復されたりしませんか?」


 RPGゲームの常識だ。炎の魔物にファイアを撃っても効かないし、アンデッドに即死魔法は効果がない。現実のダンジョンでどこまでゲームの理論が通じるのかは分からないけど、ゲームやアニメなどの創作物と通ずる部分の多いダンジョンだ。リスクとしては考慮すべきだと思う。


「だから、もし雷が通じなかった時のために、物理攻撃とか、別の属性魔法とか、サブプランはあった方がいいんじゃないかと」


 俺としては、リスクを勘案した上での、純粋な作戦上の提案だった。

 だが。その言葉は、十宮の逆鱗——いや、地雷原のど真ん中を全力で踏み抜いたようだった。


「……はぁ?」


 十宮のこめかみに、青筋が浮かぶ。


「ゲーム? アンタ、命懸けの現場でゲームの話してんのか?」

「いえ、あくまで可能性の話として——」

「ふざけんなッ!!」


 十宮が激昂し、俺の胸ぐらを掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ってきた。レイナが慌てて割って入る。


「カズキ、よせ!」

「離せレイナ! コイツ、俺を愚弄しやがった!」


 十宮は顔を真っ赤にして叫ぶ。いやいや愚弄なんてしてないよ、とは思うが声には出さない。


「いいかオッサン! 俺の<雷光境地ライトニング・ステージ>はなぁ、そこらの半端な雷魔法とは格が違うんだよ! 概念ごと焼き尽くす、最強の光だ! 相性なんて関係ねぇ! 火力で押し切るのが俺の流儀なんだよ! これまでも通じなかった相手はいねぇッ!! これからもだ!!」

「いや、今まではそうでも、今回の敵は——」

「うるせぇ! 昭和のゲーム脳が! 現実とゲームの区別もつかねぇのかよ! 笑わせんな! これだから素人は!」


 唾を飛ばしてまくし立てる十宮。成瀬星羅も、俺を汚物を見るような目で睨んでくる。


「サイテー。カズキ様の魔法が効かないわけないじゃん。常識なさすぎ」


 ……いったい常識とは。俺が困惑していると、伊達が静かに口を開いた。


「——いえ。柴田さんの懸念はもっともです」


 その一言で、場が凍り付いた。十宮が、信じられないものを見る目で伊達を凝視する。


「……あ? 伊達さん、アンタまでコイツの肩を持つのか?」

「肩入れではありません。事実としてのリスク管理です」


 伊達は淡々と言った。


「サンダー・ベルの魔力は、高濃度の雷属性を帯びています。外部からの雷撃をエネルギー源として取り込む可能性は、ADAの分析班からも指摘されていました」

「なっ……聞いてねぇぞ、そんなの!」

「可能性の一つとして報告書には記載してありましたが……読んでいませんか? それとも東京支部が隠蔽したか」

「チッ……!」


 十宮がバツが悪そうに視線を逸らす。読んでないな、こいつ。


「ですので、十宮さんの魔法が通用しない最悪のケースを想定し、陣形を変更します」


 伊達さんは、俺の方を見て頷いた。


「柴田さん。もし魔法が無効化された場合、あるいは効果が薄いと判断した場合は——即座に貴方が前衛に出て、物理打撃による制圧をお願いします」

「了解です。木刀で叩き割ればいいんですね」

「はい。メインアタッカーをスイッチします」


 それが決定打だった。

 十宮の、何かが切れる音がした。


「ふざけんなよ……!」


 ギリギリと歯ぎしりをする音が聞こえる。


「俺が……この俺が、こんなオッサンの予備扱いだと!? ふざけんな! やってられるかッ!」

「十宮さん! まだミーティングは——」

「知るかよ! そんなに俺が信じらんねーなら、結果で見せてやるよ!」


 十宮は踵を返し、19階層への階段へと走り出した。


「行くぞ甲田! 星羅! レイナ!

 俺一人で片付けて、ADAの連中に土下座させてやる!」

「ちょ、カズキ! 待て!」


 レイナが慌てて追いかける。甲田も「マジかよ……」とボヤきながら、重いカメラを担いで走り出した。星羅だけが「待ってぇカズキ様ぁ!」と嬉々としてついていく。


 あっという間に、テンペストの面々は階段を降りていってしまった。残されたのは、俺と伊達さんたちADAのメンバーだけだ。

 よくアレでトップギルドを名乗っているな。


「……行ってしまいましたね。すみません」


 俺が言うと、伊達さんは深いため息をついて、こめかみを押さえた。


「……想定の範囲内ですが、ここまで沸点が低いとは。仕方ありません。総員、追撃! 十宮さんが死ぬ前に追いつくぞ!」


 ADAの隊員たちが慌ただしく装備を整え、駆け出す。俺も木刀を肩に担ぎ直し、苦笑しながら後に続いた。


「やっぱり、相性最悪だな」

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