第74話 拾わないんですか?

 15階層を過ぎたあたりから、さすがに十宮の消耗が隠せなくなってきた。

 移動距離はすでに200キロを超えている。しかも、ずっとハイテンションで魔法を撃ちっ放しだ。


 星羅からの魔力供給も追いついていないのか、魔法の威力が落ちている。彼女の顔色も青白い。


「ハァ……ハァ……! くそっ、次から次へと!」


 十宮がイライラした様子で剣を振る。目の前のオークを雷撃で焼くが、倒しきれない。黒焦げになりながらも突進してくるオーク。


「チッ、手間かけさせやがって!」


 悪態をつく十宮の前にレイナが割って入り、ハチェットでオークの首を刎ね飛ばす。


「カズキ! 前に出すぎるとカバーしきれないぞ! 少し休め!」

「うっせぇ! 俺が主役だぞ! 前衛張ってんのはファンサだ! 大体、後ろがトロいから時間がかかってんだよ!」


 十宮が矛先を俺に向ける。


「おいオッサン! 何チンタラ歩いてんだよ! 荷物が重いなら置いてけ! 足手まといなんだよ!」


 八つ当たりもいいところだ。俺は隊列から遅れてなどいない。だが、反論するのも面倒だ。


「すみませんね、寄る年波には勝てなくて」

「チッ……使えねぇ。ランクワンとか吹かして恥ずかしくねーのかよ」


 十宮が毒づく間に、別のオークが死角から迫る。レイナも、甲田も、そちらへの反応が遅れた。


(……やれやれ)


 やれやれ系の主人公のように俺はため息をつきながら、指弾を飛ばした。

 見えない弾丸が、オークの眉間を正確に撃ち抜く。オークは悲鳴も上げずに仰け反り、そのままどうと倒れた。


「えっ?」


 甲田が、カメラ越しに倒れたオークを見て目を丸くする。


「今、誰か何か撃ったか……?」


 誰も気づいていない。

 魔法の発動もコンマ一秒もかかっていない動きだ。十宮は俺を睨んでいる最中で、聖羅は下を向いて荒い息を吐いている。


 ADA側は別の魔物の相手をしていて——しっかり連携を取りながら制圧しつつあるので手助けは不要だろう——だから手を出す余裕はない。

 レイナが、バッとこちらを振り返った。俺は何食わぬ顔で、汗を拭うフリをする。


「……」


 レイナは釈然としない顔で前に向き直ったが、その背中からは「絶対に何かある」という確信めいた警戒色が滲み出ていた。


 そして、18階層——【断崖と強風の荒野】。目指す安全地帯は、このエリアの最奥、19階層への階段の手前にある。あと少しだ。


 だが速いペースのせいで、全員の疲労はピークに達していた。特に十宮は、足元がおぼつかない。魔力切れと肉体疲労で、自慢のセットした髪も乱れている。


「あと少しです。気を抜かないでください」


 俺を除くと、唯一体力に余裕がありそうな伊達さんが注意を促すが、十宮は肩で息をしながら手を振った。


「分かってるよ……うるせぇな。どうせ雑魚しかいねぇんだろ。さっさと休ませろよ」


 その油断が、致命的な隙を生んだ。

 岩陰を曲がろうとした瞬間。俺の【解析】が、敵影を捉える。数は3。気配遮断に特化した、この階層の暗殺者。


 ——来る!


 俺が声を上げるより早く、死角から黒い影が飛び出した。【シャドウ・リザード】。闇に紛れる黒い蜥蜴が、音もなく十宮に肉薄する。


「ガアアッ!」


 先頭を歩いていた十宮に、鋭い爪が迫る。

 反応が遅れた。

 魔力が底をつきかけていて、自慢の<自動防衛障壁オート・バリア>が発動しない。


 これまで散々と自慢してきた<自動防衛障壁オート・バリア>。

 顔や身体に傷がつかないよう、無意識に展開される高強度の魔力障壁らしい。

 アイドルの命である顔を守るためのパッシブスキルのようだが、魔力が底を尽きかけている今、スキルの発動がキャンセルしてしまったのだ。


「しまっ——!?」


 十宮が目を見開き、硬直する。聖羅は甲高い悲鳴を上げる。レイナが反応するが、彼女も位置が悪い。


「カズキッ!」


 斧を振るうが、距離が足りない。

 爪が十宮の喉元に届く——そのコンマ数秒前。


 ドンッ!! と、重い衝撃音が響いた。十宮の目の前で、リザードの頭が弾け飛んでいた。


「……え?」


 呆然とする十宮の前に、俺が立っていた。手には、使い慣れた木刀。振り抜いた切っ先からは、まだ硝煙のような魔力の煙が立っている。感じる既視感デジャヴ。昨日も同じようなことをした気がする。


「ボーッとするな。まだいるぞ」


 俺は静かに告げる。残りの二体が、同族を殺された怒りで襲いかかってくる。左右からの挟撃。レイナが「くっ!」とカバーに入ろうとするが、それより速く俺が動いた。


 一歩も動かない。ただ、木刀だけを走らせる。


 右からの爪を、木刀の腹で受け流す。流れるような動作で手首を返し、そのまま胴を薙ぎ払う。左からの噛みつきに対し、カウンターで柄頭を鼻先に叩き込む。


 二体のリザードは、悲鳴を上げる間もなく地面に叩きつけられた。致命傷だ。三体の魔物は、痙攣した後、光となって消滅した。


 一瞬の出来事だった。


 シーン……と、場が静まり返る。風の音だけが響く中、俺は木刀をシュンと一振りする。

 時代劇で敵を切った後にするアレだ。実際は刀についた血糊を払うための動作だから、木刀でしてもあまり意味は無い。だが、気にしちゃ負けなのだ。


 十宮と聖羅は腰を抜かして座り込み、パクパクと口を開閉させている。甲田はレンズを向けていることすら忘れて呆然と固まっていた。レイナだけが、目を見開いて俺を凝視している。


「……マジかよ。あの速度、見えなかったぞ」


 ADA側の誰かがぽつりと呟いた。


「……助かった、のか?」


 十宮が震える声で呟く。自分の命が、一番馬鹿にしていた「オッサン」に救われたという事実が、まだ飲み込めていないようだ。


「危なそうだったので、勝手に手助け入りました。すみません」


 と、十宮に伝え、俺は消滅したリザードの跡地を見下ろした。そこには、キラリと光るアーティファクトが落ちている。


 【影蜥蜴の皮】というもので、高品質な鎧の素材になるようだ。俺がこっそりと【ドロップ調整】で確定させておいたものだった。


 俺は十宮を見下ろし、口角を上げた。


「——拾わないんですか?」

「……っ!」


 十宮の顔が、屈辱で真っ赤に染まる。道中、散々「俺の獲物だ」「カメラに映せ」「オッサンは荷物でも持ってろ」「俺が倒してるんだから、オッサンはドロップくらいしっかり拾えよ」とイキっていた彼に対する、これ以上ない痛烈な皮肉。

 気っ持ちいい!


「い、いらねぇよ! んなゴミ!」


 十宮は叫び、乱暴に立ち上がった。だが、その足取りは生まれたての子鹿のようにふらついている。レイナが黙って肩を貸そうとするが、それも振り払った。


「行きましょう。キャンプ地は目の前です」


 俺はドロップ品を拾い、伊達さんに合図を送った。伊達さんは、小さく頷き、十宮には聞こえない声で言った。


「……見事です。やはり、貴方にお願いして正解でした」


 18階層の奥。19階層への階段手前に広がるドーム状の空間。そこには、偵察隊として先遣したADAの部隊が設営したテント村があった。今日の宿だ。


 十宮はテントに入ると、誰とも口を利かずにふて寝してしまった。星羅が心配そうについて入っていく。俺はADAの隊員たちと焚き火を囲み、温かいスープを受け取る。


「……あんた、何者なんだ?」


 スープを飲んでいると、レイナが近づいてきた。手には缶ビール——さすがにノンアルコールだった——を持っている。隣には、カメラを抱えたままの甲田もいる。


「アイツがずっと言ってたでしょ? ただのオッサンですよ」

「嘘をつけ。あの木刀捌き、ただもんじゃない。……まあ、いい。カズキを助けてくれて、礼を言う」


 レイナはぶっきらぼうに言うと、缶を掲げた。


「あいつ、口は悪いし性格もクソだが、ギルドの看板なんだ。死なれると困る」

「藤崎さん、でしたっけ。苦労してるんですね」

「レイナで構わない。私も丁寧語は苦手だから、かしこまるな……義理がある。給料分は働かないとな」


 レイナは苦く笑って、ごくごくと喉を鳴らした。

 何かしらの歴史があるんだろう。レイナの言動を見ていると、十宮についているのが不思議なほど常識と強さを持っている。


 甲田も、ボソリと言う。


「あの映像……あとで編集大変そうっすわ。カズキさんのビビり顔、どうやってカットしようか……」

「プロの腕の見せ所ですね」

「勘弁してくださいよ……それより、アンタの映像使っても良いですか?」

「いやー……勘弁してください」


 ネットに顔が出るのは怖いんだぞ。ネットリテラシーというやつですよ。

 まぁ、どうやら、彼らなりに十宮には手を焼いているらしいということがよく分かった。少しだけ親近感が湧いた気がする。


 夜が更ける。早めに休みましょうという伊達の声で、各々がテントに戻っていった。

 俺はテントの中で、スマホを取り出した。ダンジョン内でも通じるADA回線で、桜にメッセージを送る。


 『無事にキャンプ地に着いた。明日は勝って帰る。入学式の準備、ちゃんとしとくんだよ』


 すぐに既読がつく。


 『待ってる』


 短い返信に、猫のスタンプ。次いで大福の不細工な寝顔の写真が送られてきた。それだけで、心の芯が温かくなる。


 俺はスマホを横に置き、目を閉じた。明日は決戦だ。生意気なアイドルと、怪物。いろいろと心配だけど、まぁやるしかない。

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