第73話 ライトニング・ステージ

 ゲートをくぐると、ダンジョンの空気を感じる。

 一階層の洞窟エリア。ここから十九層まで、徒歩での長征が始まる。本来なら数日かけて進む道のりを、一日で踏破するという強行軍だ。


「甲田、カメラ回せ! ここからが俺のステージだ!」


 そんな過酷な行程など微塵も感じさせない明るい声が響いた。十宮が先頭に立ち、派手なアクションで進行を開始する。

 彼の周りには、重い機材を担いだ甲田と、杖を持った成瀬星羅が張り付いている。俺と伊達さんたちADAの部隊は、少し距離を開けてその後ろについた。


 既に隊列など無いに等しい。まぁ、5階層までは敵らしい敵は出ないので、それで良いんだろうけど。


「出たな雑魚ども! 俺の雷光にひれ伏せ! <雷光境地ライトニング・ステージ>!」


 五階層、草原エリア。草むらから現れたゴブリンの群れに向けて、十宮が華麗に装飾された剣を振るう。必要以上に激しい閃光と爆音が炸裂した。ただの雷撃ではない。着弾した瞬間に花火のように七色の光が散り、周囲を煌びやかに照らし出す。


 夜空に輝く花火のようだが、込められた魔力は高い。威力は申し分なく、ゴブリンたちは一撃で黒焦げになった。だが、そこまでの攻撃が今必要なのか。


「はいカット! 今の撮れた? 俺の横顔、決まってたっしょ?」

「バッチリですカズキさん。照明の入り方も完璧でした」


 甲田が淡々と答える。その横で、成瀬星羅がうっとりとした声を上げた。


「きゃああっ! カズキ様かっこいい♥ 今の雷、ハートに直撃しましたぁ♥」

「だろ? 星羅、魔力頼むわ」

「はいっ! <魔力譲渡マナ・パス>!」


 聖羅が十宮の背中に手を当て、魔力を送り込む。どうやら彼女の持っている魔力を他者に譲渡するスキルらしい。


 なるほど。彼女が「電池」代わりになっているから、あんな乱暴な魔法の使い方ができるわけか。だが、これから十九層まで歩くというのに、最初からこんなペースで大丈夫なのか?


 確かに聖羅の魔力は、他の探索者と比較しても潤沢にある。魔力ステータスが高いため回復力もある。だが、このペースで進むと回復が間に合わなくなりそうだけど……。


 十宮が振り返り、最後尾を歩く俺を指差した。


「おいオッサン! もっとキビキビ歩けよ!

 カメラの画角に入り込むと絵面が汚れるからさ、なるべく端っこ歩いててくんない?」


 ニヤニヤしながらの暴言。

 俺の背中には、ADAから支給された予備バッテリーや救急処置セット、虎の子のポーション類が入った巨大なバックパックがある。


 本来は運び屋ポーターが担うはずの荷物だが、少数精鋭でのアタックのためポーターはいなかった。結果として、「人手が足りない」「オッサンなら力仕事くらい役に立てろ」と十宮に押し付けられたものだ。


「……はいはい。気をつけるよ」

「返事は元気よく! ったく、これだから素人は。ランクワンだか何だか知らねーけど、体力作りからやり直した方がいいんじゃねーの?」


 十宮は鼻で笑い、再び前を向いて歩き出した。こいつ、どんだけランクワンにこだわってんだよ、と思わなくもない。

 隣を歩く伊達が、申し訳なさそうに俺を見る。


「すみません、柴田さん。あんな荷物まで……」

「いいえ。トレーニングだと思えば悪くないですよ」


 実際、ステータスのおかげで重さはほとんど感じていない。


 そもそも荷物を持つことに関しても伊達は止めてくれたが、円滑運営のために俺は率先して十宮の希望に沿ってやることにしていた。もちろん心の中の恨み手帳には全て書き残している。いつか倍返ししてやろう。


 ◇


 岡山ダンジョン10階層は、沈んだ聖堂だ。


 ここまで休憩なしのハイペースで進んできた。何人かのメンバーの額には汗が浮かび、息も上がり始めている。だが、十宮のパフォーマンスは止まらない。聖羅の魔力回復があるとはいえ、やはり地力はあるようだ。


「おっ、ガーゴイル発見! ここはクールに決めるぜ!」


 石像のふりをしたガーゴイルが動き出す前に、十宮のスキルが炸裂する。相変わらずの必要以上に派手な爆発音と閃光。ガーゴイルが破片となって飛び散る。


「見たかよ今の反応速度! 神速ってやつ?」


 カメラに向かって決めポーズ。そしてまた、飽きもせず俺の方を向いて煽る。


「オッサン、今の見えてた? 速すぎて見えなかったか?

 ま、荷物持ちには関係ない話か。ちゃんとついてこいよー? 置いてってもいいんだぜ?」

「……ういっす、必死についていきますよ」


 俺は棒読みで返す。レイナが「カズキ、無駄口叩いてないで進め」と窘めるが、十宮は「ファンサだよファンサ」と聞き流す。何がファンサだよ。これで喜ぶファンとか民度が低すぎるだろ、とは思っても口にしない。それよりも。


 ——無駄が多いな。

 俺は小さくため息をついた。


 魔力の消費量もそうだが、精神的な消耗を軽視しすぎている。ずっとカメラを意識して、テンションを上げ続け、俺を煽って優越感に浸る。その「演技」を、19階層まで続けるつもりなのか?


 10階層、11階層、12階層。

 階層が進むにつれ、魔物の数も強さも増してくる。だが、隊列は一度も止まることなく、驚くほどスムーズに進んでいた。


 ——表向きは。


(……っと、そっちは行かせられないな)


 俺は隊列の最後尾を歩きながら、こっそりと指先を動かした。

 右手の崩れかけた水路の陰に半魚人マーマンが二体、水面から顔を出し、奇襲をかけようと息を潜めている。全身をほぼ水中に入れているためか、気づいている人は誰もいなかった。


 俺は指先から、極小の光弾——<ライト・バレット>を放つ。威力は抑えめ、殺傷力よりも「衝撃」を重視した特製弾だ。


 誰にも気づかれないほどの小さな音と共に、光弾がリザードマンの足元の岩を弾いた。突然の衝撃に驚いたリザードマンたちが、ビクッとして身を引く。その一瞬の隙に、俺はほんの少しだけ「殺気」を混ぜた視線を送る。


 ——来るな。

 野生の勘か、マーマンたちは「ヤバい」と判断したようで、すごすごと水底の奥へ潜っていった。


「……」


 ふぅ、と一息ついたところで、振り向いていた伊達と目が合う。愛想笑い日本人的スマイルで場を濁す。


 俺の仕事は、これの繰り返しだ。天井から落ちてきそうな蜘蛛の魔物には、威圧を飛ばして落下を防ぐ。進行ルート上にいる魔物は、十宮たちが気づく前に小石を投げて注意を逸らし、別の方向へ誘導する。


 十宮が「俺の覇気で魔物がビビって出てこねぇな!」と調子に乗っているが、全部俺が裏で処理しているおかげだ。まあ、彼が機嫌よく進んでくれるなら、それでいい。


 だが、全員が鈍感なわけではなかった。


「……なるほど」


 中衛にいた伊達さんが、小声で呟くのが聞こえた。彼は時折、こちらを振り返り、何か納得したように頷き前を向く。そして、前衛の藤崎レイナも。


「……おい、カズキ。少しはおかしいと思わないか?」

「ああん? 何がだよ」

「接敵数が少なすぎる。この階層なら、もっと横槍が入るはずだ。特に背後からの奇襲が一度もない」

「へっ、俺の実力にビビってんだろ。もしくは、後ろのオッサンが加齢臭撒き散らして魔除けになってんじゃねーの? ギャハハ!」


 十宮は下品に笑うが、レイナの目は笑っていない。彼女はチラリと、最後尾の俺を見た。探るような、鋭い視線。 俺はわざとらしく肩で息をするふりをして、疲れたオッサンを演じてみせた。

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