第72話 ブリーフィング② 十宮の自信
「では、本題に移ります」
空気が、引き締まった。冴葉が指先で操作すると、立体ホログラフの表示が切り替わる。
青く光る湖面。その下に広がる、逆さに映る世界。
19階層、逆さ湖。あるいは【水空】。その全体像が、立体的に映し出されている。空に貼り付いたような海のような水。その中にひとつ小さな赤い点が表示されている。それは、先行して潜っている偵察隊が設置したビーコンの位置らしい。
「こちらが、現時点での19階層全体図です」
冴葉が説明を始める。
「斥候班によるログと、設置された観測ビーコンのデータを基に、現在の環境変化を可視化しています」
そう言って、指先でスライダーを動かす。すると、ホログラム上の湖面が、ゆっくりと上下に波打ち始めた。
「ご覧のように、水位が一定周期で変動しています。通常の潮汐とも違いますし、風によるものでもありません」
「この変動周期は?」
伊達が口を挟む。
「約四分二十秒ごとに、最大で三十センチほどの水位変化が確認されています。加えて、このタイミングで層全体の魔力密度が急激に上昇する傾向が見られます」
ホログラムには、魔力密度を示す波形グラフも重ねて表示される。水位の山と、魔力の山がほぼ一致している。
「まるで……呼吸してるみたいですね」
ADA側の誰かがぽつりと呟いた。その表現が妙にしっくりくる。巨大な何かが、層全体を肺みたいに使って呼吸しているようだ。
「次に、サンダー・ベル本体の活動です」
冴葉が、別の映像をモニタに映し出す。
「こちらは、斥候班が接近した際の最新の記録映像です」
モニタに、暗い水中の映像が映る。ヘルメットについたカメラからの視点らしい。ライトの光が、濁った水の中を照らし出す。
最初は、何もない。ただの黒い水と、遠くに揺れる岩影だけだ。
だが、数秒後。カメラの前方に、ぼんやりと光が現れる。
「なにか……見えるか?」
映像の中で、誰かの息を潜めた声がする。ライトの光が、その何かを照らし出した。
そこには、巨大な鐘のようなものが浮かんでいた。鐘の下から出ている無数の触手が、青白い光を走らせながら水中でゆらゆらと揺れていた。
サンダー・ベル。
前回の救出作戦でも見た姿だが、印象が違う。以前は、もっと淡い光だった気がする。今目にしているそれは、まるで怒りを溜め込んだかのように、ぎらぎらと輝いている。
触手の一本が、ゆっくりとこちらに向かって伸びてきた。
「距離、200……。おい、これ、近づきすぎじゃないか……?」
映像の中の声が、焦りを帯びる。
その瞬間。画面いっぱいに、白い光が弾けた。
バリバリバリッ、と、耳障りなノイズ。雷鳴のような轟音。カメラの映像が一瞬で焼き切れ、画面には真っ白なノイズだけが残り、ぶつっと映像は途切れた。
会議室に、静寂が落ちる。
「この雷撃は、先日のサンダー・ベルよりも、少なくとも一・八倍の出力があると推定されます」
冴葉が淡々と続ける。
「さらに、斥候班が撮影した別の映像です」
別の映像が再生される。
同じく水中。今度は、サンダー・ベルの触手の部分がクローズアップされている。その端が、何かに裂かれたように欠けていた。
それが、ゆっくりと、しかし確実に再生していく。切れていた部分が、粘土のように盛り上がり、元の形に戻っていく。その表面を、青白い光が走り抜けるたびに、組織が再構築されているのが分かる。
「再生速度が、異常です」
冴葉が言う。
「欠損部位の再生に要した時間は、およそ15秒。以前の個体と比較して、再生速度は約3倍以上に跳ね上がっています」
「3倍……」
藤崎レイナが、思わず息を呑む。
「さらに、触手一本一本の独立制御が強化されている兆候も見られます。斥候班の報告によれば、今までは見えなかった、目のようなものが、全身に増えているとのことです」
「それは……」
「つまり、先日の状態よりも成長した状態であると考えれます」
冴葉の言葉に、会議室の空気がまた一段階、重くなる。
「【進化】か」
伊達が、静かに口を開いた。
この前のロックホッパーと同じ状態ってことだ。今回は更に、ネームドと変異種の重ねがけ。より凶悪になったってわけだな。
「おそらく、サンダー・ベルは【王獣の牙】メンバーを捕食し【進化】を遂げたと思われる。これ以上、ヤツに『餌』を与えるわけにいかない。そのため、今回は少数精鋭で潜る」
伊達の視線が、ホログラフのサンダー・ベルへと向けられる。
「そこで、岡山支所単独ではなく、外部戦力としてギルド【テンペスト】、そして——ランクワンの柴田さんに協力を依頼しました」
その言葉に、十宮が、ふっと口角を上げる。
「まあ、オレが呼ばれた時点で、勝ちは見えてるって感じだけどね」
軽い調子で言ってくる。もう周りはスルーだ。
「では、隊編成について説明します」
冴葉が、スクリーンを切り替える。そこには、簡略化された隊列図が表示されていた。
「前衛、十宮 、藤崎、黒崎」
前衛に十宮と黒崎の名前が並ぶ。黒崎——岡山支所の職員だ——の顔に、一瞬だけ複雑な影が差したが、すぐに引き締まった表情に戻る。
「中衛、伊達、三浦」
三浦もADA側の人間だ。そして、伊達の名前が呼ばれ驚く。てっきりダンジョンには潜らず指揮に専念すると思っていた。
「後衛、成瀬、甲田。【テンペスト】側の要請により甲田氏は撮影業務が主となります」
「まっかせてー!」
ゴスロリ成瀬が元気よく手を挙げる。
「最後に、柴田さんには遊撃をお任せします」
「分かりました」
遊撃ということは、ある程度自由に動いて良いってことだよな。
パーティーで活動したことがない俺からすれば、この配置は助かる。前衛だ後衛だと役割を振られても、正直その役割に沿った動きを担える自信はなかった。いや、それを考慮してこの配置にしてくれたのか。
「現場での指揮系統は、伊達。以上が基本的なパーティー構成です。何か質問はありますか」
「はーい」
もちろん真っ先に手を挙げるのは十宮だ。
「伊達さんが前線に出るってツッコミどころ満載なんですけど、まぁそれは置いておいて。万一伊達さんに何かあったときは——」
「指揮権は柴田さんに移ります」
十宮の言葉を遮るように、伊達が断言する。
「ふぁっ!?」
「はぁ? 意味わかないんすけど。俺らプロを差し置いて、なんで——」
「これが決定です。私に与えられた権限で決定しました。この作戦に参加する以上、必ず遵守してください」
十宮が苛立ちを隠しきれない声で不満を言うが、伊達は静かに言葉を紡いだ。
だが、その言葉には有無を言わせない強さがあった。
俺としてはそんな責任感満載なことイヤですけど、とは言えない雰囲気だ。
それは十宮も感じたようで、チッと舌打ちして深く椅子に背を預けた。
「では、ここからは実働について。まず、目指すは19階層の手前、十八層にある『
「移動は迅速に行います。通常の探索ペースの倍以上で進むと考えてください」
冴葉の説明を伊達が引き継ぐ。その言葉に、十宮が鼻を鳴らした。
「倍? ヌルいね。俺なら三倍でもいけるぜ」
「……十宮さん。今回は連携が期待できない、新設の即席パーティーです。安全かつ最速を勘案した結果、通常の倍が適切と判断しました」
「へいへい。ま、レイナと甲田ならついてこれるっしょ。聖羅は最悪俺が運んでやるよ。お前ら、遅れんなよ?」
十宮が振り返ると、レイナは無言で頷き、甲田は「へいへい」と気のない返事をして機材のチェックを続けた。成瀬だけはキラキラとした熱い視線を十宮に向けている。どうやら、彼らも十宮の扱いには慣れているらしい。あるいは、諦めているのか。
「——それでは、各自準備が整い次第、【門】前に集合お願いします」
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