第69話 配信
無事に5階層から帰還し、くるみたちを家まで送り届ける車中。後部座席のカップルは、行きの時のギスギスした空気とは打って変わって、興奮冷めやらぬ様子だった。
というかタクミは自分の改造原付でADAまで来ていたのに、なぜ俺の車で一緒に帰っているんだ。また今度原付は取りに行くらしいが、もう送迎はしないぞ。
「いやマジでビビったっすわ……先生があんなに強いなんて」
「だから言ったじゃん! 桜の見る目は確かなんだって」
「いや、そうだけどさ! まさか木刀一本でゴブリン瞬殺とか、漫画の世界だろ」
タクミが身を乗り出してくる。その目は、完全に「憧れのアニキ」を見る少年のそれになっていた。
「先生、やっぱ何か武術とかやってたんすか? 古流剣術とか」
「いや、やってないよ。というか古流剣術ってなんだ?」
「何もやってなくてできるわけないっしょ! 隠さないで教えてくださいよー」
「本当だって」
俺は苦笑しながらハンドルを握る。嘘ではない。本当に武道の心得なんてないし、やっていたのは草野球のための素振りくらいだ。ただ、ステータスが規格外なだけである。
「でもさ、先生。あの強さなら、もっと上の階層も余裕なんじゃない?」
くるみが尋ねてくる。
「まあ、行けるとは思うけど。どうせなら、まったり楽しみたいからなぁ」
先日19階層まで行っていたことはわざわざ言う必要はない。なんか自慢しているみたいになりそうだし。
「そこがまたシブいっすねぇ! 俺も先生みたいになりてぇ!」
タクミが感嘆の声を上げる。数時間前まで「冴えないオッサン」扱いしていたとは思えない変わり身の早さだ。まあ、素直なのは良いことなんだろう。
そんな和やかな空気の中、信号待ちで車が止まった時だった。くるみのスマホが、ポロンと通知音を鳴らした。
「あ、そうだ。カズキの配信、始まるじゃん!」
「え、カズキって、
「いいじゃん! 探索者の先輩として、【
そういえば、昨日のニュースで言っていたな。明日の討伐作戦についての生配信を行うと。
「先生、音、出してもいい?」
「ああ、いいよ。というか、こっちで出してあげるわ」
俺が同意すると、桜が手慣れた手つきでナビ画面を操作し、Dtubeアプリを起動させる。
『——イェーイ! みんな見てるぅ? 十宮和輝でーす!』
車のスピーカーから、やけにテンションの高い声が響く。
画面の中の十宮は、高級そうなホテルの部屋のソファに座り、リラックスした様子でカメラに手を振っていた。
なぜかフル装備で、今ダンジョン探索中ですって言ってもおかしくない格好をしている。
画面の中に「待ってた」「きたー」「カッコイイ!」といったコメントがいくつも流れる。
『今日の配信は、明日決行される「サンダー・ベル討伐作戦」の前夜祭ってことで!
みんな、心の準備はできてるかーい?』
>カズキくん頑張って!
>絶対勝てる!
>岡山行きたい!
>抱いて!
>サンダー・ベルとかヤバすぎw それに立ち向かうカズキ△
>マジぱねっす
画面を、コメントが猛烈に流れていく。黄色い声援が文字となって溢れていた。
『正直さ。今回の作戦、楽勝ムードなんだよね。ADAのお膳立てとかいらないし、俺一人で十分って感じ?
まあ、大人の事情でチーム組まなきゃいけないんだけどさー』
>さすがカズキ!
>ネームドって言っても所詮19層だしなぁ。カズキなら余裕でしょ
>ADAジャマよねw
>大人の事情kwsk
>カズキくんのジャマしないでよね→ADA
>大人なカズくん素敵!抱いて!
十宮がカメラに向かって髪をかき上げる。キザな仕草だが、ファンにはたまらないらしい。だが、後部座席のタクミは「ケッ」と小さく舌打ちをした。
「なんかコイツ、鼻につくな……」
「あんたが言う?」
「いや、俺は実力不足を痛感したからいいんだよ! でもコイツ、口だけじゃねーの?」
どうやらタクミは、十宮の軽薄さが目につくらしい。
画面の中の十宮が、コメントを拾う仕草を見せる。
『おっ、詳しいこと知りたい? しょーがないなぁ。
今回、岡山ダンジョン19層で【
>岡山支所w
>大都会wwwの支所がしゃしゃり出てくんなし
>身の程知らず乙
>そもそも不手際起こしたの岡山支所じゃね?
>リターナー発生したのって、あそこ管理ミスったからでしょ
『そうそう! それな!
ぶっちゃけ、今回の発生って岡山の不手際じゃね? って俺も思ってんのよ』
>言っちゃったw
>さすがカズキ
>忖度ゼロ
>そりゃそう
>岡山支所、マジで一回解体した方がいい
>会見もなんかごまかしてる感じだったしなぁ
『なのに手に負えなくなって、結局俺のギルド【テンペスト】に泣きついてきたってワケ』
>うわぁ……ダサ……
>カズキくん尻拭いさせられて可哀想w
>岡山県民として恥ずかしいわ
>助けてあげるカズキ優しすぎ!
>やっぱ頼られるのはカズキさん
>そりゃそうでしょ
>ADAよりカズキの方が信用できる不思議
好き勝手言っているな。伊達さんや資源探査部の人たちが聞いたら血管が切れそうだ。
『ま、依頼が来たからにはやるしかねーっしょ。俺がいないと始まんないし? 』
>漢
>惚れた
>やるしかねーっしょ
>このために生まれてきた男
>サンダー・ベルよりカズキのが強そう
>配信で討伐とか胸熱
>もう映画じゃん
>スポンサー「やれ」
コメントの速度がさらに上がる。賛同と賞賛の声が大半だ。
たまに「危なくない?」とか「無茶はしないで」みたいな慎重派もいるが、すぐに流れていってしまう。
『でさ。ここからが、ちょっと面白い話なんだけど』
>まだあんのw
>本題こっからか
>もっと言ってけ
>裏話プリーズ
>今日の配信濃度高いな
『岡山側も、“完全に外部に丸投げはマズい”って思ったらしくてさ。一応、向こうの探索者も、討伐隊として参加することになってんの』
>まぁそりゃそうか
>全部丸投げしたら叩かれるもんね
>ポーズ大事w
>人数合わせ部隊w
>どうせ足手まといでしょ。カズキのジャマすんな。
>現地ガイドくらいにはなるんじゃね
『で。その参加予定メンバーの中にさ——』
カズキが、わざとらしく溜める。コメント欄に「誰?」「え、まさか」「分かった」といった文字が踊る。
『——今話題の”ランクワン”がいるらしいんだよね』
>キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
>ランク1wwww
>えっマジで!?
>あの謎の1位?
>H.Shibataだっけ? シバタ?
>俺の知り合いにシバタがいる件について
>ついに顔出しか!?
>岡山の英雄(笑)
十宮が声を潜め、ニヤニヤと笑った。コメント欄の速度が一気に上がる。
後部座席で『シバタ……って……』、『ウソ、マジ……?』とカップルから動揺した声が聞こえた。
『いやー、これ言っちゃっていいのかなぁ。名前しか公表してないけどさ、ぶっちゃけ俺らプロの間じゃ結論出てるんだよね。アレ、絶対チート野郎だって』
>だよなー
>キャー言っちゃった
>そりゃそう
>一気にランキング圏外からトップは無理ゲー
>普通に考えてバグ
>バグ利用乙
>運営(神碑)仕事しろ
>一夜にして世界一とか草
>なろう主人公かな?
>現実にチート持ち込みすぎ
車内の空気が、一瞬で凍り付いた。桜が膝の上で拳を握りしめている。
『だよねー。あり得ないっしょ。あ、コメントで「ランクワンに会った?」って来てるけど。まだ会ってないよ。でもさ、俺に入った情報によると——なんか、ただの冴えないオッサンらしいぜ?』
>オッサンwww
>夢なさすぎw
>おっさんがチート使って1位とか痛すぎる
>カズキくんとの格差よw
>加齢臭しそう
>ダンジョンじゃなくて競馬場行けよ
十宮が大げさに肩をすくめる。
『オレ達みたいに、配信で顔出して、現場で戦ってる映像を見せてるわけでもないでしょ?』
>透明性ゼロ
>数字だけ盛ってるタイプ
>ちゃんとやってる人が損するやつ
>こういうのがいるから業界が冷める
『真面目にやってる俺たちからするとさ、こういうのが一番迷惑なんだよね』
>わかる
>イメージ悪くなる
>こっちは命賭けてんのに
>カズキ、もっと言って
『明日の現場でもさ、ビビって足引っ張る未来しか見えないわー』
>それな
>コツコツ積み上げるのが探索者
>ちゃんと頑張ってる探索者に謝れ案件
>カズキくんの邪魔しないで!
>オッサンは家で寝てろ
>明日、カズキくんが公開処刑してやって!
『装備もさ、なんか素人丸出しで。木刀一本持ってるだけらしいぜ?
ふざけてんのかって話だよな。ま、足手まといにならないように、後ろで震えててくれればいいよ。美味しいところは全部、この俺がいただくからさ!』
>木刀www
>修学旅行生かよw
>舐めプ乙
>カズキくんがんばえー!
「……え、これ」
くるみが、恐る恐る俺を見てきたのが、バックミラー越しに分かった。
「ランクワンって……先生のこと?」
「……まあ、そうだな」
俺は前を向いたまま、淡々と答える。
否定する要素がない。「オッサン」「岡山」「名前」「木刀」。先ほど見せた実力も相まって、俺とランクワンと結びつけるなという方が難しいだろう。
『ま、そんな感じで。オレと、例のランクワンさんも、明日の討伐には一応同じチームで参加するっぽいです』
>共演きた
>これは見るしかない
>絶対気まずいw
>カズキが本当のランクワンでしょ
>バチバチしてほしい
『と言っても、オレのやることは変わんないけどね。ちゃんと配信して、ちゃんとみんなに“何が起きてるか”見せるよ』
>いつも通り暴れてくれ
>視聴者数えぐいことになりそう
>透明性大事
>それがプロ
>ADAより信じてる
>政府より配信者信じてるとか世も末だけど草
『ADAの会見なんて、言葉選びまくって、肝心なところ何も出てこないじゃん? オレは、良いところも悪いところも含めて、ダンジョンのリアルを見せるから』
>ほんそれ
>カズキの配信は全部見せてくれる
>編集なしのガチ
>信じた
>一生ついていきます
>スパチャ投げとこ
>命張ってる配信者には払う価値ある
『明日は俺の配信チームも同行するから!
俺の勇姿と、偽物の化けの皮が剥がれるところ、期待して待っててね!』
>配信クルーも命張ってるからな
>カメラマンまじで尊敬してる
>裏方にもスパチャあげたい
>明日会社早退してリアタイするわ
>アーカイブ残してください(土下座)
>神回確定
>歴史の証人になれる
>生きて帰ってきてね(真顔)
>サンダー・ベルさん、震えて眠れw
>偽物w 終わったなw
『盛り上がりスゴ! それじゃ、おやすみー!』
十宮が高笑いをして、ウインクを決める。そこで、ブチッと音がする勢いで、桜がナビ画面を連打して、Dtubeアプリを終了させていた。
「……見なくていいよ、こんなの」
桜の声は低く、怒りに震えていた。膝の上で握りしめられた拳が、白くなっている。
「ひろくんは……ひろくんは、すごく強いのに。何も知らないくせに、あんな……!」
いつも穏やかな桜が、ここまで感情を露わにするのは珍しい。それだけ、俺のために怒ってくれているのだ。
「桜、落ち着け」
「でもっ!」
「ふざけんなよ、あの野郎!」
後部座席から、タクミの怒声が響いた。バンッ、とシートを叩く音がする。止めて! 俺の大事な車! 物は大切に!
「何も知らねーくせに! 先生がどれだけスゲーか、目の前で見せてやりてぇよ!」
「そうだよ! ムカつく! あのコメント欄の人たちも、何も知らないくせに!」
くるみも加勢する。他人事なのに一生懸命に怒ってくれる。その熱量が、少しだけこそばゆくて、温かかった。でも、車に当たらないで。
「はは、ありがとうな」
俺は苦笑しながら、信号待ちで車を止めた。
「でも、いいんだよ。言わせておけば。 俺たちの目的は、サンダー・ベルを倒して、被害を食い止めることだ。あいつと口喧嘩して勝つことじゃない」
「先生……大人っすね……」
タクミが感心したように呟く。
「それに」
俺はフロントガラスの先に広がる夜空を見上げた。雲の隙間から、月が冷たく光っている。
「実力は、現場で証明すればいい。言葉よりも、結果でな」
俺の言葉に、車内の三人が静まり返った。そして、次の瞬間。
「……かっけぇ」
タクミがボソリと言った。
「先生、マジかっけぇっす! 俺、一生ついていきます!」
「だから、一生は重いって」
車内が、再び笑いに包まれる。その空気は先ほどまでとは違う。「やってやろうぜ」という、確かな連帯感と熱気が満ちていた。
二人を駅の前まで送り届けると、彼らは車を降りる際に力強く言った。
「先生! 明日、頑張ってください! ニュース絶対見ますから!」
「先生、大事な前の日に本当ごめんね! 応援してるから!」
「おう。ニュースは見なくて良いぞ」
「うん、ありがとう!」
二人が手を振って見送る中、俺は車を発進させた。
助手席の桜が、静かに口を開く。
「ひろくん」
「ん?」
「明日……絶対、勝とうね。あいつにも、魔物にも」
「ああ」
俺はアクセルを踏み込む。
十宮の言葉なんて、ただの雑音だ。
大切なのは、隣にいる相棒と、信じてくれる人たちの期待に応えることだ。
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