第67話 ダブルデート

 免許センターに到着すると、二人は戦場に向かう兵士のような顔つき——ただし手には参考書——で車を降りていった。


 俺は近くのコンビニで黒烏龍茶を買い、車内で時間を潰す。スマホでニュースをチェックすると、相変わらず十宮和輝の話題で持ちきりだ。


 『アイドル探索者、岡山の英雄となるか!?』 『独占インタビュー! 【テンペスト】のエース!』『飾られた虚像。ランクワンの真実とは』等々……胃が痛くなりそうだ。俺はそっとブラウザを閉じた。


 数時間ほどのんびり待っていると、正面玄関から、満面の笑みを浮かべた二人が飛び出してきた。

 その手には、真新しい免許証が掲げられている。そこから見せびらかせなくても良いのに……。俺じゃなきゃ見えもしないと思うぞ。


「ひろくーん!!」

「先生ー!!」


 桜とくるみが、手を振りながら駆け寄ってくる。結果は聞くまでもないな。


「おめでとう。二人とも合格か」

「えへへ、一発だよ!」

「あたしなんて満点だったかも! 天才すぎ!」


 車に乗り込むなり、二人はハイタッチを交わす。若いって素晴らしい。エネルギーが爆発している。


「よっしゃ! これで第一関門突破!

 次はタクミ呼び出すわ!」


 くるみがスマホを取り出し、慣れた手つきで通話ボタンを押す。


「もしもしタクミ? あ、起きてた?

 うん、受かった! 桜も受かったよ!

 でさ、約束通りダンジョン行こ! 今から!

 ……ん? 大丈夫だって、超強力な助っ人がいるから!

 うん、いつものファミレス集合ね! じゃ!」


 怒濤のような通話を切ると、くるみはニカっと笑った。


「オッケー! 近くの『ゴスト』で待ち合わせになったよ!」

「了解。じゃあ、行くか」


 俺は車を発進させる。目的地までは20分ほど。車内は再び、「初めてのドライブどこ行く?」談義で盛り上がっていた。


 ◇


 ファミレスの駐車場に車を停めると、入口付近に一人の少年が立っていた。


 少し長めの髪をワックスで遊ばせ、シルバーアクセサリーをつけた、いかにも「今時の高校生(卒業済み)」といった風貌。くるみの彼氏であるタクミくんだ。


 俺たちが車を降りると、彼はこちらに気づいて手を振った。


「おーい、くるみ! こっちこっち!」

「タクミ!」


 くるみが駆け寄り、二人は仲良さそうに言葉を交わす。

 そして、俺と桜が追いつくと、タクミの視線が俺に向けられた。値踏みするような、少し生意気そうな視線だ。


「え、あれ? 柴田……先生?」


 こいつ、普段俺を呼び捨てにしてるな。とってつけたような『先生』だった。


「ああ。久しぶりだな」


 俺は大人の余裕で挨拶をする。タクミは俺の頭のてっぺんからつま先までをジロジロと見て、鼻を鳴らした。


「助っ人って……まさか先生っすか? なんかスゴい探索者が来るってくるみから聞きましたけど?」


 どうやら、俺の見た目は彼の「凄腕探索者」のイメージとはかけ離れていたらしい。

 言葉の端々に「本当かよ?」という疑念が透けて見える。


 まぁ、無理もないよな。俺の見た目は、どこにでもいる——ちょっと若返ったおっさんだ。歴戦の猛者には見えないだろう。着ているのはユニクロのパーカーだし、武器も持ってないしな。


「まあ、ぼちぼちやってるよ。よろしくな、小野田」

「ふーん……。あ、一応、ランキングには載ってないっすけど、才能はあるって言われてるんで」


 親指で自分を指すタクミ。才能がある、か。まあ、若い子が自信を持つのは良いことだ。


「……で、くるみ。マジで五階層行くの?」


 タクミがくるみに向き直り、声を潜める。


「当たり前じゃん! そのために先生呼んだんだから!

「いや、でもさぁ……。この人、本当に大丈夫なの? 装備とかも持ってきてないみたいだし、なんか頼りなさそうじゃん。5階層のゴブリンって、結構凶暴らしいぜ?」


 声、聞こえてますよ。俺の聴覚ステータスを舐めてはいけない。まあ、装備はインベントリに入ってるから手ぶらに見えるのは仕方ないけど。


「ちょっとタクミ! 失礼でしょ!」


 くるみがタクミの脇腹を肘でつつく。


「大丈夫だって! 桜が太鼓判押してるんだから!」

「えー……だって桜ちゃんも、どっちかっていうとおっとり系じゃん?

 男を見る目があるかって言われると……」

「むっ」


 桜が頬を膨らませて一歩前に出た。


「タクミ君。ひろ——先生は強いよ。私が見た中で、一番強いんだから!」


 真剣な眼差しで断言する桜。その迫力に、タクミはたじろぐが……。あまり親しくない友人の前で、ひろくん呼びは恥ずかしいらしい。


「お、おう……桜ちゃんがそこまで言うなら……。ま、いざとなったら俺が守るし?」


 タクミは腰に手を当てて、虚勢を張るように胸を反らした。その手が、微かに震えているのを俺は見逃さなかった。口では強がっているが、本心ではビビっている。可愛いもんだ。


「じゃあ、行こうか。ADAで手続きしなきゃな」

「ですね! 俺の愛車、あっちなんで」


 タクミが指さしたのは、改造された原付バイクだった。なるほど、あれで来たのか。


「私は先生の車に乗せて貰うね」

「お、おう……」


 くるみの冷たい一言に、寂しそうなタクミ。でも、原付の二人乗りは法令違反なので、仕方がない。


「じゃあ、現地集合で」

「了解っす。先生、遅れないでくださいよー?」


 タクミはニヤリと笑って、バイクに跨った。

 エンジンをふかして、爆音と共に走り去っていく。あの五月蠅くするエンジンの何が良いんだろうか。耳が痛くなりそうで、メリットを感じない。


「……あいつ、調子乗ってんなぁ」


 くるみが額を押さえてため息をつく。


「ごめんね先生、あいつバカだから。後でシメとく」

「はは、いいよ。元気があって良いんじゃないかな」


 俺は苦笑しながら、自分の車に戻る。


「でも、ひろくん。過信は命の危険につながるよ」


 助手席の桜が、心配そうに言う。


「そうだな。まあ、今回きっと良い勉強になると思うよ。敵を知り、己を知ることが探索者の第一歩だ」


 俺はエンジンをかける。バックミラーの中で、くるみが「早く行こー!」と手を振っている。


 さあ、ダブルデート(引率)の始まりだ。楽しめそうな気がしないのは、俺の思い過ごしであってほしい。

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