第66話 女子は二人でも姦しい
翌朝。雲ひとつない快晴の下、俺は愛車のハンドルを握っていた。
今日のミッションは、桜とその友人を免許センターへ送り届けることだ。
助手席には、勝負服——と言っても清楚なブラウスだが——に身を包んだ桜。そして後部座席には、先ほど駅前でピックアップした桜の親友——有栖くるみが乗り込んでいた。
丸い瞳が印象的な可愛らしい顔立ちに、顎のラインで切り揃えられた茶色のボブカットがよく似合っている。どこか猫のように気ままな空気を漂わせる女の子だ。
バタン、とドアが閉まった瞬間から、俺の愛車は女子高生——正確には卒業したてだが——のエネルギーで満たされる密室と化した。
「いやーっ! それにしても先生! じゃなくて柴田さん! うわっ、言いづら!」
「いや、先生でもいいよ」
バックミラー越しに、くるみが身を乗り出してくる。茶色のボブカットが揺れ、好奇心という名の弾丸が装填された瞳が、俺と桜を交互にロックオンしていた。
「まさか桜と一緒に住んでるなんて、驚き桃の木ですよ! いや、サンショの木? どっちでもいいや!
とにかく! これってどういうことですかッ!?」
くるみの声量が、車内の空気をビリビリと震わせる。俺は苦笑しながらウィンカーを出した。
「誤解するなよ、有栖。あくまでギルドの拠点だ。セキュリティの問題とか、仕事上の効率を考えてのことだ。部屋も別だし、健全な仕事上のパートナーだよ」
「ええー? ほんとにぃ〜?」
くるみはニヤニヤと笑いながら、助手席の桜の肩を後ろからツンツンとつつく。
「桜、あんたこの前LIMEで言ってたじゃん。『毎日一緒にいれて幸せ〜』って!
あれ完全に新婚さんのノロケだったけど!?」
「ぶっ……!?」
桜が噴き出した。顔が一瞬で熟したトマトのように赤くなる。
「く、くるみっ! 言わないでよそんなこと!」
「だって事実じゃーん。
ねえねえ、朝ごはんは? やっぱり二人で向かい合って『いただきます』するの?
エプロン姿の先生が出てきて『桜、味噌汁の味はどうだ?』とか聞かれちゃうわけ?」
「み、味噌汁は……私の担当だし!」
「そこ!? 否定するとこそこなの!?」
くるみが爆笑し、バンバンと俺のシートの背もたれを叩く。振動が背中に伝わってくる。 俺はため息交じりにハンドルを切った。
「……桜、余計なことは言わなくていいぞ」
「だってぇ……ううっ、こんなことなら一緒に来るんじゃなかった! ひろくんの方にいくと思ってたのに……」
「ひろくん!」
くるみが過剰に反応した。
「出た! 『ひろくん』呼び!
先生、生徒に『ひろくん』って呼ばせてるの!? 背徳的〜!」
「俺が頼んだわけじゃない。自然とそうなったんだよ」
「自然と! いやらしいわー!」
言いがかりも甚だしい。だが、後部座席のテンションは上がる一方だ。
「で、で、どうなの桜? 一つ屋根の下なんでしょ?
夜とかさ、リビングで二人きり……ちょっと照明落として映画とか見ちゃったりして……ふと手が触れ合って……キャーッ!」
くるみが一人で妄想を爆発させて顔を覆う。桜はおろおろと手を動かしながら、必死に弁解しようとしていた。
「ち、違うよ! 夜は……そう、昨日はピザとお寿司食べて、テレビ見てただけだし!」
「ピザとお寿司? パーティーじゃん。何のお祝い?」
「えっと……それは……」
桜がチラリと俺を見る。ダンジョンの成果については、どこまで話していいか迷っているようだ。
俺は目線で「構わない」と合図を送る。有栖なら口は堅いだろうし、下手に隠そうとしても、くるみの追求を桜が躱せるとは思えない。
「……ダンジョンで、欲しかったアイテムが手に入ったから、そのお祝い」
「へぇー! 桜、本当にダンジョン潜ってるんだ。話には聞いてたけど、ガチ勢?」
「うん、まあ……ガチ、かな?」
桜が少し照れくさそうに笑う。
「どこまで行ったの? 私とタクミ——あ、彼氏ね。先生、覚えてる?」
「小野田だろ?」
背の高いバスケ部の子だ。陽キャグループの中心にいながら、意外と礼儀正しかった、隣のクラスの男子。小野田匠くん。
「そう! 覚えてるんだ」
「ふふ、ひろくん、ちゃんと覚えてるんだね。先生だ」
「一応、元教師だからな」
「もう、いちゃらぶはいいから! こないだタクミとやっと3階層まで行けたんだけどさ、あそこジメジメしててキモくない?」
くるみが顔をしかめる。
「というか、お前らも探索者資格取ってたの?」
「うん。タクミが行きたいって言うからこの前一緒に行ったんだ。てか、みんな行ってるよ! 世はダンジョン時代なのだ!」
「そ、そうなのか……」
それにしても3階層か。まあ、初心者のカップルなら妥当なラインなんだろう。環境は良くないけど、魔物は地味で危険は少ない。
「うん、4階層まではちょっとね。
でも、5階層からは、景色がすごいよ!
6階層は風がすごくて大変だけど、7階層は光るキノコがいっぱいで、すっごく幻想的だった!」
桜が目を輝かせて語る。その瞬間、車内の空気がピタリと止まった。
「……は?」
くるみが、ポカンと口を開けている。
「え、いま何て? 6? 7階層?」
「うん。昨日は7階層まで行って、そこでレアモンスター倒したんだ」
「7階層ぅッ!?」
くるみの絶叫が車内に響き渡った。鼓膜がビリビリする。
「ちょっと待って待って! 情報量が多い!
岡山の7階層ってアレでしょ? ちゃんと探索者してる人とかが行くレベルじゃん!
私たち、4階層に降りる階段見つけただけで『疲れた』って引き返したんだよ!?」
「えっ、そ、そうなの?」
桜がきょとんとする。どうやら桜の中で、俺とのダンジョン攻略の基準が「普通」になってしまっているらしい。
これは少し教育が必要かもしれないな。「俺たちが異常なんだ」という自覚を持たせる教育が。
「桜……あんた、ひょっとしてメチャクチャ強いの?」
「うーん、私はそんなことないよ。全部、ひろくんのおかげだし」
桜が助手席から、信頼しきった視線を俺に向けてくる。くるみが、恐る恐るといった様子でバックミラー越しに俺を見た。
「……先生。学校にいた時は、虫見てギャーギャー言ってる弱キャラだったのに……。まさか、羊の皮を被った狼キャラだったとは……」
「狼ってほどじゃないよ。ただ、桜を守れる程度には、準備してるだけだ」
俺が言うと、後部座席から「ヒューッ!」という冷やかしの声が飛んできた。
「聞いた!? 今の聞いた!? 『桜を守れる程度には』だって!
キャーッ! 言われてみたーい!」
くるみがバタバタと足をさせる。桜はもう、耳まで真っ赤にして縮こまっていた。
「もうっ、ひろくん! 変なこと言わないでよぉ!」
「事実を言っただけだろ」
「それが恥ずかしいの!」
ポカポカと肩を叩かれる。痛くはない。むしろくすぐったい。
「あーあ、いいなぁラブラブで。こりゃ今日の試験、桜は余裕だね。愛のパワーで」
「関係ないし! ……でも、絶対受かるよ。だって、ひろくんとドライブ行きたいもん」
最後の方は、蚊の鳴くような小さな声だったが、俺の強化された聴覚は聞き逃さなかった。
……まったく。この子は、時々不意打ちでクリティカルを放ってくるから油断ならない。
「はいはい、ごちそうさま。じゃあさ、先生。今日、お願いがあるんだけど」
くるみが身を乗り出して、本題を切り出してきた。
「なんだ?」
「あのね。今日の試験、もし私も受かったらさ。タクミとダンジョン行こうって話してるの」
「ほう」
「でも、正直二人だけだと4階層から先が怖くて。
で、こんな凄腕カップルが一緒にいてくれるなら、百人力だと思った次第でございます。だから……ダブルデート、しない?」
「ダブルデート……?」
何だ、その甘酸っぱい青春がひたす詰まった強ワードは。俺が眉をひそめると、くるみは両手を合わせて拝むポーズをとった。
「お願いします! 5階層の草原! あそこに行くのが夢なんです!
先生と桜がいれば、絶対行けると思うの!
あわよくば、ゴブリンの一匹くらい倒して『ウェーイ』ってしたいの!」
なんとまあ、軽い動機だ。
だが、その軽さが、今の俺たちには少し眩しくもあった。命のやり取りや、国や大手ギルドの陰謀なんかとは無縁の、普通の高校生のダンジョン探索。
俺は隣を見た。桜も、期待のこもった目で俺を見上げている。
「……ひろくん、だめ?
私も、くるみと一緒に冒険してみたいかも」
「……はぁ」
二人にこう見つめられて、断れる男がいるだろうか。いや、いない。
それに、桜が同年代の友達と遊ぶ機会も大事だ。俺とばかり一緒にいて、世界が狭くなるのは良くない。
「分かったよ。試験に受かったらな。合格祝いに、ゴブリン討伐ツアーと行くか」
「やったー! さすが先生! 話がわかる!」
「ひろくん、ありがとう!」
車内が再び歓声に包まれる。俺は苦笑しながら、ハンドルを切った。
目の前には、免許センターの看板が見えてきた。まずは学科試験。そしてその後は、俺たちの実力を——いや、桜の成長を、彼女の親友に見せつける機会になりそうだ。
まあ、たまにはこういう「普通」の休日も悪くないか。俺はバックミラーの中で大はしゃぎするくるみと、恥ずかしそうに笑う桜を見て、そう思った。
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