第65話 黄色い声援

 拠点——というか、家に戻ったのは、日が完全に落ちてからだった。

 アプリでシャッターを開け、ローディングベイに車を滑り込ませる。地下駐車場って、何かドキドキするんだよな。


 リビングに上がると、すぐに戦利品の確認会が始まった。

 無垢材のテーブルの上に、丁寧に置かれた戦利品の数々。


 その中で一際目を引く【大股に歩くための靴ストライダーシューズ】。 家の明るい照明の下で見ると、改めてその作りの良さが分かる。

 縫い目ひとつひとつに魔力が通っているのが、俺の目には見えた。


 ダンジョンから戻ったのが結構遅かったため、今日売却するのはやめておいた。

 明日も予定が詰まっている以上、そこまで時間をかけるメリットはなさそうだったからだ。


「これ、売るのがもったいなくなっちゃいそう……」


 桜が名残惜しそうにブーツの革を撫でる。確かに、性能は一級品だ。

 桜が装備すれば、ダンジョン探索の安全性は飛躍的に高まるだろう。


「性能いいからな。自分で使ってもいいんだぞ? 車の資金は、また別の方法で——」

「ううん!」


 桜は首を横に振った。


「これは売る! 車にするの! それが最初の目標だったから」


 決意は固いようだ。初志貫徹。その潔さは、立派なものだと思う。可愛い。


「分かった。じゃあ明日、さっそくADAの買取カウンターに持って行こうか」

「白雪さん、またびっくりするかもね」

「マージンの計算始めるかもしれないけどね」


 二人で顔を見合わせて笑う。

 夕食は、桜のリクエスト通り、デリバリーのピザにチキンにポテトに寿司という、欲望に忠実な炭水化物パーティーになった。完全にカロリーの暴力事件だ。


「なんか、頼みすぎたな」


 テーブルの半分以上を埋め尽くす出前の箱を前に、俺はちょっとだけ後悔する。

 さっきまではテンションアゲアゲで「両方頼めばいいさ」とかカッコつけていたが、実物を目の当たりにすると、さすがに多い。


「お祝いだからカロリーはゼロだよね!」という、どこぞのお笑い芸人もびっくりな桜の謎理論に、俺は頷くだけしかできなかった。


 リビングの大型テレビでバラエティ番組を流しながら、俺たちはささやかな祝杯を挙げた。もちろん、二十歳未満の桜もいるので、飲み物は果実炭酸水と黒烏龍茶だ。


「ぷはーっ! 働いたあとのジュースは美味しい!」


 桜がグラスを掲げて、豪快に言い放つ。


「おっさんくさいぞ、桜」

「いいの! 今日は特別な日だから!」


 桜がピザを頬張りながら、とろけるような笑顔を浮かべる。口の端にソースがついているのを、俺はティッシュで拭ってやった。


「えへへ、ありがと」


 自然な動作。こんな些細なやり取りが、妙に心地いい。


「【豪運】スキルをゲットして、ストライダーシューズを手に入れて、跳岩兎ロックホッパーのレア個体も倒して……盛りだくさん過ぎだったなぁ」

「ね。なんか、マンガ三話分くらいのイベントを一日で詰め込んだ感じする」

「どれくらいの量か想像しづらいな」


 桜がにこっと笑う。その笑顔には、疲労と興奮と、達成感がぎゅっと詰まっていた。


「……ひろくん、本当にありがとう。ひろくんがいなかったら、こんな経験できなかった」

「俺もだよ。桜がいなかったら、こんなに楽しいダンジョン探索なんてできなかった」


 それは、紛れもない本心だった。

 ただお金儲けするだけなら、一人でもできた。でも、こんなふうに笑い合って、誰かのために頑張って、成果を喜び合うことはできなかっただろう。


 孤独な無双ライフなんて、きっとすぐに飽きていたはずだ。

 やっぱり、どうせなら誰かと笑い合いながらまったり過ごしていきたい。


「これからも、よろしくな。相棒」

「うん! こちらこそ、よろしくね! 相棒!」


 グラスを軽く合わせる。カチン、と涼やかな音が響いた。


 ◇


 俺たちのリビングは、祭りのあとのような幸福な満腹感に包まれていた。


 テーブルの上には、空になったピザの箱と、きれいに平らげられた寿司桶。チキンやポテトはまだちょっと残っているが、もうお腹は悲鳴を上げていた。


 既に冷蔵庫から出されたケーキが並んでいるので、もう彼らに光が当たることはないだろう。南無。

 俺と桜はカフェオレを飲みながら、ぼんやりとテレビを眺めていた。


「……食べたなぁ」

「食べたねぇ……」


 桜がお腹をさすりながら、幸せそうなため息をつく。

 テレビの大画面には、夜のニュース番組が流れている。キャスターが神妙な顔で原稿を読んでいた。


『——続きまして、岡山ダンジョンに関するニュースです。ADAは岡山ダンジョン十九層にて、【王の帰還リターナー】が発生したと認定。それに伴い、近日中に大規模な討伐作戦を決行すると発表しました。探索者には、それまで厳重な警戒と注意を呼びかけています』


 空一面が海のようになっている幻想的な光景——19階層を撮影した映像が流され、右上には「ダンジョン特集」「岡山D19階層【王の帰還】」といったテロップが出ている。


『——そして、この【王の帰還リターナー】現象に対し、ある人気探索者が名乗りを上げました』


 画面が切り替わる。


 映し出されたのは、ADA日本支部の前で囲み取材を受けている青年の姿だった。

 整えられた茶髪に、甘いマスク。最新鋭の装備をファッションのように着こなしている。人気アイドル兼探索者、十宮和輝だ。


 囲み取材の外側には、ファンであろう女子達の姿が見える。空港で韓流アイドルが来日した時におば——淑女達が集ってキャーキャーするアレだ。


『今回の作戦には、東京からギルド【テンペスト】の十宮氏も参加を表明しています』


 マイクを向けられた十宮が、白い歯を見せて笑い、手を振る。


『どうも。十宮です』


 周りを取り囲むファンから、わっと拍手と歓声が上がる。


『【王の帰還リターナー】ね。正直、騒ぎすぎって感じですよね。結局誰がどうするか、しかないじゃないですか』


 十宮が、カメラに顔をぐっと近づける。


『——ま、オレが、なんとかしますよ。岡山の方々には悪いけど、主役はいただきって感じですかね?

 ドカンと終わらせます。期待しててください』


 ウインクを一つ。黄色い歓声が上がるなか、インタビュアーが乗っかる。


『十宮さんが、ですか?』

『そう。だってさぁ、今謎のランクワンがいるでしょ? 

 アレ、オレらの間ではもう知れ渡ってるんだけど、岡山の探索者なんだよね。

 そいつが今回岡山から出てくる探索者——って、あっ、これ言って良かったっけ? まぁ、いっか。ソイツ、ちょっと怪しいんだよね』


『怪しい、とは?』

『普通に考えてさ。ランキング外から一気にランクワンなんてあり得ます?

 無理でしょ。何らかの裏技チートでやったんじゃないかってのがオレらの結論です。皆からしたら、そんなヤツに頼れないじゃないですか』


 十宮が、胸をドンと叩く。


『だから。岡山ダンジョン19階層の【王の帰還リターナー】——オレが、責任持って攻略します』


 再び拍手と歓声が鳴り響く。一方でそれをテレビ越しに見ている俺の心は冷え冷えだ。こいつ色々とヤバくないか。


『詳しくは、明日の夜のDtube生配信で、がっつり話しますんで! 時間は18時から! 岡山ダンジョンの裏事情とか『本当のところ』とか、いろいろ聞きたいでしょ? というわけで——』


 プツン。桜がリモコンでテレビを消した。


「もうっ、何アレ!? ひろくんのことバカにして!」


 桜が本気で怒っているから、俺は逆に冷静になれる。

 周りに怒ってくれる人がいると、自分は冷静になれる現象、これって何て言うんだっけか。


「まぁ、強い言葉が好きなんだろうね」

「気にしてないの?」


 桜がじっと俺を見る。


「全く気にならないと言ったら嘘になるけど」


 俺を馬鹿にするのは、まぁ気持ちは分かる。

 訳の分からないおっさんが突然ランキングトップに躍り出たら、これまで命がけで努力してきた人達からすれば『何それ』ってなるだろうし。


 でも、個人情報をばんばん明かしていくのはヤバいよな。しかも、まだランクワンが俺とか、公には確定もしていないのに。


 確かに関係者から見れば、ランキングが更新された同時期に【光魔法】のスキルオーブ持ってきたり、サンダー・ベルから簡単に要救助者を助けたりと、やっていることから結びつけるのは容易だろうけどさ。公の場で言っちゃ駄目だよね。


 俺は少しだけ考えてから、言葉を選ぶ。


「どっちかというと、あいつが何をしでかすかの方が気になるな」

「……だよね」


 十宮は、自分の腕に必要以上に自信を持っているし、多分、実際それなりに強いんだろう。

 でも、サンダー・ベルに単独で敵うほど強いかと言うと、かなり怪しい。


 自分を客観的に見えていないタイプが、視聴者の期待を背負って危ない場所に突っ込むと、ロクなことにならないと思う。


 だからと言って、今ここで何かができるわけでもない。俺は最後の一口を飲み干し、立ち上がった。


「ま、明日のことは明日考えよう。 桜は明日、大事な試験だろ?」

「うん! 免許センター、一発合格してくる!」

「その意気だ。早めに寝て、万全にしとかないとな」

「そうだね……あっ! 忘れてた!!」


 片付けを始めようとしたら、桜が突然大声を上げる。


「どうした?」

「あのね。明日の試験、くるみと一緒に行こうってなったんだけど……くるみも乗せて貰っていいかな?」


 くるみ——有栖くるみは、桜の親友だ。俺が担任をもっていたクラスの生徒でもあったから、よく知っている。


「なんだ、そんなことか。全然大丈夫だよ」

「ありがとう! 良かったぁ。頼まれてたんだよね。ひろくんの話が聞きたいって」

「ん? 俺の話?」

「あっ、いや、うん、大丈夫ダヨ! 片付ケシナキャ」


 なぜか片言になった桜は、あわあわと片付けを始める。これは、明日、大変そうだな……。

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